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第一章6 『魔女のダンス』

「うおおおおおおお! すげええええええええええ!」


 門を抜けた先の城下町の街並みは息を呑むほど端麗で感情の昂りを覚える。たくさんの人が行き来し屋台などが立ち並ぶ風景画のようなこの景色はまさしく自分が想像したファンタジーそのものだった。


「あまりはしゃぐな。とりあえず宿を取りに行く。お前もついてこい」


 先を急ぐメルナにあわててついていく。休日の大都市ほどではないが油断しているとすぐはぐれてしまいそうなほど人が多い。


「いつもこんなに人が多いのか?」


「いや、今はエルガレシアレビド開催前だから特に人が多い」


 エルガレシアレビド? なんか聞いたことあるような?


「前にも少し説明しただろ。エルガレシアを選ぶために開かれる大会だ。大会前はパレードが開かれたり国中から屋台が集まってきたりと毎年大いに盛り上がる」


「マジで!? 祭りじゃん! 遊びにいこうぜ!」


「ダメに決まっているだろう。遊びにきたんじゃないんだ」


 案の定俺の意見は通らないが今回だけは俺もここでは折れない。


「どうせ急いだって意味ないって! 今日くらいは遊ぼうぜ」


「貴様に決定権はない! いい加減黙れ! 目立ってしまうだろうが!」


「おや? 外国の方ですか?」


 メルナとの言い合いの最中、突然鎧を着た長身の男に話しかけられる。金髪で年は30を越えているかどうかといった印象だ。


「なんだ貴様は。横から首を突っ込むな」


 メルナが凄むがそれに全く動揺する様子もなく男は話を続ける。


「いやいや、観光客の方なら街をご案内しようと思いまして」


「ん? おじさん観光案内所の人なのか?」


 鎧姿を見る限りそんな風には見えないが。なんにしても高い店とか連れていかれるリスクを考えたらここで断るのが正しい判断だろう。


「ははは、ただの衛兵ですよ。暇していたんで道案内と称して適当にサボりたいだけです」


 軽い感じで男は言う。気さくで悪い印象は受けない。


「貴様の事情など知らん。宿に急ぐぞ」


 メルナは男を無視して先に進もうとする。


「宿なら任せてくださいよ。知り合いのやってるいい宿があるんです。安くするように言っておきますから」


「おじさんもこう言ってるしさー。任せようぜー」


「貴様は遊びたいだけだろうが!」


 こんなやり取りが数分続いた結果──


「わかったよ! 行けばいいんだろ!」


 おじさんの巧みな話術と俺の猛攻についに折れるメルナ。チョロいぜ。


「では自己紹介させていただきます。私はグリメリア・エンフォルトです。周りからはグリアと呼ばれています。しばらくの間よろしくお願いします」


「俺は樋口ケイだ。ケイって呼んでくれ。苦手な物は女の涙と医者だ」


「ははは! 変わった自己紹介ですね!」


「…………」


 メルナは警戒したような顔で黙っている。


「こいつはメルナだ。よろしくなグリアさん」


「おい! お前勝手に!」


 メルナに睨まれる。本当にそろそろ反抗的な態度として体が燃やされそうだ。


「ケイさんと……メルナさんですね。名前はヒグチではなくケイなのですね。どこの国の人ですか?」


「あ、えーと……」


 ヤバい。なんて答えればいいんだ。

 横目でメルナに助けを乞う。ため息をつきながらメルナは話した。


「アグナスの出身だ。こいつはまだ完全にこの国の言葉を使えないから変なことを言うだろうが適当に流してくれて結構だ」


「なるほど。変わった服を着ていらっしゃると思いましたがアグナスの民族服だったんですね」


「まあそんな感じです。ははは」


 俺のせいでアグナスという国の民族服を右袖のない学生服にしてしまったことをここで謝罪したい。


「そんなことより早く行くぞ! ワタシは暇じゃないんだ!」


 怒りをあらわにしながらメルナは先を急ごうとする。


「ケイさんはメルナさんと喧嘩でもしたんですか? ダメですよ、彼女さんは大事にしないと」


「誰がこいつの彼女だ!」


 メルナは振り返り鋭い目で睨む。


「おいおいそれはないぜメルナ。二人でずっと離れないでいようって約束したじゃないか」


「おや、もう婚約していたのですか。さしずめ婚約旅行といったところですかな」


 はっはっは、と笑うグリアさん。俺の隣ではメルナが怒りで唇をプルプルと震わせている。


「二人きりになったときが楽しみだな」


 先ほどまでの様子とは一転、突然顔をあげて浮かべるこれ以上のないほどの綺麗な笑顔に背筋が凍る。

 嘘は言ってないもん!


「はっはっは! お熱いですなあ」


 そんな俺の心情とは裏腹に豪快に笑うグリアさん。

 この世の地獄がここに誕生していた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「ここがソグラス城前広場です。今も何か催しが行われてますね」


 早く宿に向かいたくてイライラしているメルナを命がけで説得しながらグリアさんの案内で広場までたどり着いた。

 広場の中央には舞台が設置され、美麗な衣装に身を包んだ男女が躍りを披露していた。一つ演目が終わるたびに観客からの多大な拍手が鳴り響く。町の雰囲気も相まって俺はすっかり魅入ってしまっていた。


「それではここで未経験者様のダンス体験会を行いたいと思いまーす! 希望者の方は前に出てきてくださーい!」


 司会役の女性が声をあげる。体験会か……


「お二人で行ってきてはどうですか?」


 グリアさんに勧められる。こんな体験めったにできないし……せっかく異世界にいるんだ。よし!


「行こうぜメルナ! きっと楽しいぜ!」


 立ち上がりメルナに手を差しのべる。しかしメルナはその手を取ろうとはしない。


「なんだ貴様、男のくせに踊りが好きなのか? ワタシはやらんぞ」


 ここまで半ば無理やり連れてこられたメルナは頑として憮然とした態度を崩そうとしない。


「男のくせにとかジェンダー論的に時代遅れだぜ? それに俺一人じゃ参加できねえじゃねえか」


「お一人様での参加も大丈夫ですよー!」


「…………」


 余計なこと言わないでくれお姉さん。


「だそうだ。一人で行ってこい」


 そうじゃないんだよ……


「俺はメルナと一緒に踊りたいんだよっ!」


「誰がなんと言おうがやらん! 本当にそろそろ知らんぞ貴様!」


 くそー……どうやってもダメか……こうなれば最後の手段。


「さてはメルナ……踊るのが下手なんだろ」


「あぁっ!」


 挑発。プライドの高そうなメルナには有効であろうということは最初から分かっていたが……思った以上に効いているな。

 ここまできたら殺されるのは覚悟して挑発を続ける。


「いやいやいいんだ。悪かったよ。そんな恥ずかしい思いをさせたいわけじゃなかったんだ。ただ純粋な気持ちで誘っただけなんだ」


「貴様……ワタシがその程度のこともできないと言いたいのか……」


 単純すぎて逆に少し不安になる。


「無理しなくていいんだ。俺はメルナに嘘をつかせてまで踊らせる気は全くないんだ。とても責任を感じるよ……」


 悪気はないアピール。


「いいだろう! ワタシの実力を証明してやる! 行くぞ下僕!」


 そう言い放ち立ち上がると俺の手を引っ張りながら舞台まで歩いていく。舞台には他にも何組かのカップルや子どもたちが既に上がってきていた。


 さて、ここまでうまく乗せたはいいものの……


 自分も別にダンスが得意なわけでも好きなわけでもなく、更に言えば人前に出ることも苦手なことに思い至る。


 やべえ、なんでここにいるんだ俺。


「どうした? 落ち着かない様子だぞ? あれだけ言っておいて貴様は踊るのが苦手なんてこともないだろう」


 図星をつかれる。


「なっ、そんなことねえし! 俺踊り超得意だし! ダンシングマスターケイって呼ばれてたし!」


「それは楽しみだ」


 馬鹿にするように言うメルナ。完全にバレてるなこれ。


「はい! 参加者の応募をこれで締め切ります!」


 司会のお姉さんが元気よく声をあげる。舞台の上の全員がペアになってることを確認しだいダンスに関する説明を始めた。


 ……なるほどな。


 どうやらこれから行われるのは貴族の間で行われてきた伝統的な踊りだそうだ。俺の世界で言うところの社交ダンスみたいなものなのかな?


「それでは! 型を組んでみてくださーい!」


 え!? もう!?


 考え事をしていてあまり真剣に聞いてなかった……ヤバい……


「やるぞケイ、近くに来い」


 メルナにも急かされる。とりあえず見よう見まねで型を真似してみる。


「違う。もう少し手は背中に。体をもっとつけろ。背筋を伸ばせ」


 色々と指示がかかる。メルナと体をつけると今までより更に緊張が増して顔が赤くなる。


「はい! それでは音楽をかけまーす!」


 お姉さんの掛け声とともに舞台の隣にいる音楽団が演奏を始める。同時に周りのカップルたちも説明された通りに踊り始める。えーと確か……


「ワタシの動きに合わせて右足を下げろ」


 メルナが小声でそう言った後、体重をこちらに預けてくるのに合わせて右足を下げる。


「そのまま右足を軸にして右に回れ」


 曖昧な指示でもメルナの動きに合わせればどのくらい動けばいいか把握することができた。メルナのダンスはゆったりとしていたがキレがあり、他の参加者とは比べ物にならないほど卓抜していた。


「はい! 参加者の皆様に拍手をお願いしまーす!」


 約3分ほどの演目が終わり、観客から拍手が送られる。俺の体は緊張から解放されて一気に疲れを感じていた。


「なかなか悪くなかったじゃないか。ダンスマスターもあながち嘘ではないんじゃないか?」


 勝ち誇ったような余裕の笑みを浮かべながらこちらの目を覗き込んでくるメルナ。


「うるせえ。それよりなんだよ、絶対経験したことある動きだったじゃねえか」


「経験したことがないなど一言も言ってないであろう」


 馬鹿にしやがって。せっかく間抜けなメルナを拝めるかと思いきやとんでもなくかっこいいところを見せられちまったじゃねえか。


 舞台から降りていくところをグリアさんに迎えられる。


「いやー、素晴らしい踊りでしたよ。息もぴったりでしたね」


「ふん! ワタシと踊るのだから当然だ」


 強気に胸を張るメルナ。

 まあ……色々と目的とは違ったが……


「また踊ろうぜ! メルナ!」


 俺の顔を見てメルナも笑みを浮かべる。


「ワタシが踊るにふさわしい男だと判断したら考えてやってもいいぞ」


「ははは、精進させてもらうよ」


 うんうんといった感じでグリアさんがうなずく。


「やっぱり夫婦はこうでなくてはいけませんね。結婚式はいつ頃挙げられるご予定ですか?」


 メルナの顔が凍りつく。


「アグナス人ならランドス教の結婚式ですよね。なにも決まってないならおまかせください。教会に親友がいるんですよ。お安くするよう言っておきますので、それから──」


「あのー……グリアさん?」


 次々と話を進めようとするグリアさん。怖いほどに笑顔のメルナ。ヤバい……


「俺たち実は恋人とかじゃないんですよ……」


「またまた~照れちゃって。どうせそのうちくっつくんでしょ。僕にはバレバレですよ。思えば僕と妻もそうでした──」


 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……今にもメルナが何をしだすか分かったもんじゃない。


 グリアさんの誤解を必死に解き続け、相互理解に至ったのはそれから10分後のことだった。

次回更新は明日水曜日の予定です

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