第一章1 『魔女と最強の戦士』
「よく来たな、最強の戦士よ」
開口一番に彼女はそう言った。
大きな帽子に黒い服と彼女はいわゆる魔女のような格好をしている。顔は帽子の影でよく見えないが年は14歳くらいだろうか。長い黒髪は腰ほどの長さにまで伸ばされている。
なんだここは……。
辺りを見渡すとたくさんの本や見たことのない道具が散らばり、部屋の奥には大きな釜が鎮座している。
どう記憶を遡ってもよく来たと歓迎される謂われはないがここに来た経緯はよく覚えている。つまらない日常に変化を起こすべくいつもと違う通学路を選んでみた場合、ブラックホールのようなものを発見し近づいてみたらこの有り様というわけだ。自分で言っていてよく分からない。
呆然とした表情を浮かべていると彼女は怒気の混じった声で話しかけてくる
「おい! 言葉が通じているんなら返事くらいしろ!」
「やはり失敗したのではないのですか? こんな何の力もなさそうな少年がエルガレシアのはずありません」
そう話すのは宙に浮かんだ本……。なんだこれは? やっぱり夢でも見ているのか? それとも──
「ワタシが失敗したとでも言いたいのかジジイ!」
異世界にでも来てしまったのだろうか。
「その通りでございますお嬢様。自らの失敗を見つめ直し、成功へ繋げることこそが素晴らしい魔法使いへの道なのでございます」
混乱する頭を一旦落ち着かせながら会話に参加する。
「俺はエルなんたらじゃない。樋口圭だ。ケイと呼んでくれ」
とりあえず名乗っておく。これからどうなるにしろ彼女とは良好な関係を築いておいた方がよさそうだ。
「名などはっきり言ってどうでもいいが名乗られたなら答えてやろう。ワタシはメルナ・レガルメントだ。これからはワタシの剣として働いてもらうぞ下僕」
下僕なのか俺は……
メルナが名乗ると先ほどジジイと呼ばれていた本が俺の正面に来る。
「私はお嬢様の執事をやっておる、バルダド・ソリュートスと申す」
少し見下したような態度で応対される。
執事って……本なのに何ができるのだろうか?俺の疑問をよそにメルナは話を続ける。
「挨拶はこんなものでいいだろ。早速お前の力を見せてもらうぞ」
そう言いながら彼女が指を鳴らすと何もない空間から突然真っ黒で小さい人の形をしたの生き物が出現した。ボーッとこちらを見つめながら立ち尽くしている。
これは魔法か? やべぇ超ファンタジー。
次々に起こる奇妙な体験に心臓の鼓動が激しくなる。
「無茶ですお嬢様! こやつはどう考えてもただの一般人です!」
戦わせても死ぬだけでしょうと執事。
「そこの執事さんの言う通りだぜ。俺は頭はちょっとばかし切れるが運動はからっきしだ」
具体的には運動会の徒競走で毎回下から二番目をとるくらいのレベルだ。
「案ずるな下僕。大魔法使いであるワタシが最強の戦士として召喚したのだ。こんな雑魚に負けるはずがなかろう」
最強の戦士? もしかしてこの世界に召喚されたときにチートボーナスかなんか貰ったのか? いや異世界に来たのだからこれくらいはデフォルトか。例えそうでなくともこんな最初の村に登場しそうな雑魚キャラに負けるほど俺も弱くないはずだ。
先ほどとは一転、闘志が沸き上がってくる。
「やってやるぜ魔法使いさん! 俺の真の力を見せてやらぁ!」
「人間まで血迷ったことを言うでない! 貴様には無理だと言っている」
「やる前から諦めてんじゃねぇ! 俺はこう見えても握力は35キログラムある!」
「知らぬわ! 貴様のためを思って言っているのだ。おとなしく聞くがよい!」
本と熱い論争を繰り広げているとメルナが会話に割り込んでくる。
「ジジイもケイも黙れ。ケイがやりたいと言っているのだからやらせてみるべきだ。コイツの自信満々な態度からして何か特別な力があるに違いない」
「ドラゴンだろうが魔王だろうがかかってきやがれってんだ!」
「もう知らん……。勝手にやるがよい」
遂に本のじいさんも折れた。
「話はまとまったようだな」
そう言ってメルナが手を叩くと先ほど呼び出した人形が動き出す。相手が突然臨戦態勢に入ったことに少し驚きながら俺も拳を構える。
さぁ記念すべき俺の異世界初バトルだ。喧嘩すらろくにしてこなかったので人生初バトルかもしれない。血沸き肉踊る俺の最強伝説が幕を開けるぜ!
そうして戦いの火蓋は切られた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「おーい、生きてるかー」
メルナが俺の体をつつく。体は全く動かない。
「だから無駄だと言ったではありませんか。どうするのですかこの小僧」
「……まあいい。ちょうど死にかけているしアレを試そう。ジジイ、龍の心臓を持ってこい」
「アレをこんな小僧に使うのですか? お考え直しください。お嬢様はすぐ思い付きで行動される」
「いいから持ってこい! 消し炭にするぞ!」
「はいはい、分かりましたから。少々お待ちを」
そう答えるとバルダドはそそくさと奥の部屋に消えていった
「これからは馬車馬のように働かせてやるワタシの盾としてな」
深く被っていた帽子のつばを上げ、魔法使いはキヒヒと笑った。
拙い文章ですが指摘などをいただければ喜びます
今後ともよろしくお願いします