生家にて2
「それでフィーアが見つけた気になる事って何?」
「それは城に帰ってから話ます」
「どうして?」
「安全の為です」
フィーアはそう言うと素早く二冊の本を書棚に戻し、腑に落ちない表情のエレナを促して来た。
「今日はこれで終わりにして帰りましょう。遅くなり王太子殿下に不審に思われたら、困った事になりますから」
「分かったわ。後で必ず聞かせてね」
エレナは頷き席から立ち上がると、フィーアと共に書庫の出口に向かった。
扉の前に立つと、思いがけず部屋の外側から扉が開いた。
「え?」
扉を開こうと手を伸ばしていたフィーアが、動きを止める。エレナも思わず身構えた。
(誰? 人払いしてあったのに……)
王太子妃である、エレナの意向を無視出来る人間は限られている。王城ではサリア国王とアレス。カーナ家では父と兄。
(まさかお父様?)
緊張しながら立ち尽くしていたエレナ達の前で、扉が重い音を立てて完全に開く。
姿を現したのは、黒髪の美しい姫。エレナの兄の娘セーラだった。
「セーラ姫?」
つい先程まで、フィーアと話題にしていた姫が目の前に現れたものだから、驚いてしまう。
「エレナ様。お久しぶりです」
対してセーラは落ち着き払っている。
「セーラ様。エレナ様のご命令で、書庫への立ち入りは禁止だったはずですが」
フィーアも負けないくらい冷静だった。エレナより早く口を開き、セーラの態度を窺う様に見据える。
「その事は書庫の管理の者に聞きました。けれどエレナ様にお会いしたかったので」
「私に会いたかった?」
エレナは不思議な気持ちで首を傾げた。セーラが自らエレナに近付いて来た事なんて今まで一度も無かったから。
(どういう心境の変化? それにセーラ姫は、前と印象が変わった気がする)
もう一度改めてセーラを見つめる。
外出する予定は無いのか、装飾を抑えた着心地を意識した柔らかそうな青い生地の衣装を身に付けている。供の侍女は一人しか連れておらず華やかさは無い。
けれど醸し出す雰囲気は、王太子妃のエレナよりよほど堂々としていた。
(セーラ姫ってこんなに堂々としてた?)
セーラの思い出はあまり無いけれど、もっと大人しく、社交性も無かったような印象がある。
「ところでエレナ様はこちらで何を?」
「え? あの、勉強の為にいろいろ調べものを」
セーラの追求に焦りながらも、先程フィーアが使っていた言い訳を思い出し真似する。すると使用人達と同様、セーラも疑いを持つ様子は無かったので、話題はまた別の方向へ移って行く。
「エレナ様は王太子妃としてどのような努めを果たしているのですか?」
「えっ、それは……」
胸をはって報告出来る様な事は何もしていない 。
「王太子殿下とはどの様なお話をされるのですか?」
「話?」
主に離縁の話で、よく言われる言葉は“俺に近付くな”。
(い、言えないそんな事)
カーナ家の皆に祝福されて、盛大に見送られて王家に嫁いだのに。
「エレナ様? どうかしましたか?」
「いえ、ええと……」
(なんとか話題を変えなくちゃ)
「あの、私の事より、セーラ姫はご結婚されないのですか?」
都合悪い質問をあやふやにしようと、適当に口にした言葉だったけれど、その瞬間フィーアがぎょっとした様に目を剥いた。
「エレナ様! セーラ様に失礼です」
「え? どうしたのフィーア」
フィーアは怪訝な顔をするエレナからセーラに視線を移すと、主人の非礼を詫びる為とでも言った態度で深く頭を下げた。
それから早口に「申し訳ございませんが、エレナ様は王宮に戻らないとなりませんので失礼致します。」と告げると呆気に取られるエレナに書庫を出る様に促した。
「もう本当に時間が有りません。直ぐに王宮に戻らないと、王太子殿下に外出先が嘘だとばれてしまうかもしれません」
フィーアにそう言われ大急ぎで王宮から乗って来た馬車へ乗り込むと、エレナはほっと一息ついた。
「ああ、疲れた。こそこそ動き回るのって大変ね」
馬車の中、エレナと向かい合わせに座ったフィーアは機嫌の悪そうな顔で応える。
「全くこそこそ出来ていませんでしたけどね。セーラ様に見つかったのは失敗でした。神官長様に知られるのは時間の問題ですね」
「そう言えばセーラ姫に口止めするの忘れてたわ。話の途中だったのにフィーアが急に帰るって言い出すから」
「あれはエレナ様が無神経な事を言い出すからです!結婚はまだですか?なんて年頃の貴族の姫君に面と向かって言って良い言葉では有りませんよ。デリカシーに欠けています」
「そ、そうなの? だってセーラ姫ならお相手はいくらでも居そうだから失礼とは思わなくて」
「それはそうですけど、未だにセーラ様に縁談の話が全く無いのは不自然です。きっと表向き分からない理由があるんですよ」
「そうなの?」
「カーナ家の侍女達の間ではそういう噂です」
「そう……分かったわ。次から気をつける。セーラ姫に結婚の話はしないわ」
エレナがそう言うとフィーアは少し考える様にしてから言った。
「どちらにしても神官長への報告を阻止するのは無理でしょうね」
「セーラ姫が言うから?」
「それだけでなく、セーラ様が連れていた侍女が問題です」
「侍女?……ああ、あの暗い感じの人ね」
書庫で会ったのは、何人か居るセーラ付きの侍女の一人だ。エレナは直接話した事は無いけれど、いつ見ても無表情で笑った顔は一度も見た事は無かった。
「あの侍女はカヤと言って、一番古くからセーラ様に仕えている侍女です。経歴は一切不明なんですけど、なぜかセーラ様の父君のメンデル様からの信頼が厚くカヤもメンデル様に忠誠を誓っています。だからカヤを口止めする事は絶対に無理です」
「そう……メンデル兄様に知られたら父様にも知られるわよね。アレス様にも報告が行くかしら」
「分かりません。でもエレナ様が外出した事は大臣も知っている事ですし、知られる可能性はいくらでも有ります。元々この計画は穴だらけなんですよ、エレナ様が思いつきで行動するから」
フィーアは相変わらず機嫌が悪く、イライラとした口調で言う。
「どうしてそんなに怒ってるの?」
「……すみません。カヤに会ったからだと思います。正直言うと私あの人が苦手なんです」
「そうなの? フィーアがそんな事言うなんて珍しいわ」
しっかり者で頭の回転が早く、誰とでも上手く交流出来るフィーアにしては珍しい。
「カヤと何か有ったの?」
「いえ、そうでは無いんですけど、ただあの人の側に行くと落ち着かなくなんるんです。不安になると言うか原因が自分でも良く分からないからイライラしてしまうんです」
「そうなの」
カヤの事をもう一度思い浮かべる。
サリア人らしい黒髪。どこか影の有る雰囲気。印象はそれ位でなぜかはっきりとした顔の印象が無い。
(今度会ったら話しかけてみようかしら)
王宮へ帰る馬車の窓から流れる景色を眺めながら、そう思った。