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生家にて1


 都には多くの貴族の屋敷が有るけれど、その中でもカーナ公爵家の敷地と屋敷の広さは別格だった。


 エレナの部屋は屋敷の東側の棟の二階に有る。アレスに嫁いだ今でも部屋の様子は変わっていなかった。


「何もかも以前のまま。まるでエレナ様が離縁されて戻るのを知っているみたいですね」


 フィーアが怪訝な顔をして言う。


「まさか。結婚を決めたのはお父様なのよ。離縁されるなんて知ったら大騒ぎだわ」


 アレスの言う通りなら、父は権力が欲しい為にエレナを王太子妃にしたのだから、戻る事など望んでいる訳が無い。


「そうですけど……それでどうしますか? 神官長様は夕刻には戻るそうですから、急ぎませんと」

「そうね……」


 けれど調べると言っても何から手を付ければいいのだろう。この広い屋敷の中、限られた時間でどうすればいいのか。

 勢いで出て来たと言うのも有り、細かな計画が無い。


「とりあえず……書庫に行ってみるわ」

「分かりました。では急ぎましょう」


 久しぶりの実家の書庫に、エレナはフィーアと共に向かった。



 カーナ家の書庫は屋敷の西側の棟の1階に有り、両開きの扉を開けると、そこには想像以上に広い空間が広がっている。


 壁一面には高い本棚が配置され、数え切れない程の書物が整然と並んでいる。室内では二人の使用人が本の整理をしていて、エレナとフィーアに気付くと驚いた顔をして仕事の手を止めた。


「エレナ様? なぜこの様なところへ」


 王太子に嫁ぎ王宮に居るはずのエレナが、突然現れたのだから驚くのは当然だ。


「里帰りよ。夕刻迄には帰らないといけないのだけれど」

「そうですか。でも時間が無いのになぜ書庫へ?」


 使用人は怪訝な顔をする。それも無理無い事だった。嫁ぐ前のエレナは書庫に近寄った事がほとんど無かったのだから。


 エレナが書物に興味が無い事は、カーナ家に古くから仕えている人間ならだいたいが知っている事だった。だからこそ貴重な里帰りでわざわざ書庫に寄る行動は不自然で目立ち、使用人に疑問を与えてしまった様だった。


(どうしよう)


 カーナ家の真実を調べている事を、まだ父親に知られたくない。困りきったエレナを見かねたのか、付き従っていたフィーアが助け船を出してくれた。


「エレナ様は王太子妃になられ、今までの勉強不足を悔やまれているのです。このカーナ家の書庫は王宮に勝るとも劣らない数多くの貴重な書物が有ます。今のエレナ様にとって必要なものも有るでしょう」

「まあ、そうだったのですね。エレナ様がお勉強を……」

「はい。ですから大変申し訳御座いませんが、しばらく席を外していただけないでしょうか」

「は、はい勿論でございます。エレナ様ご立派になられましたね」


 使用人達は感心した目でエレナを見る。かなり複雑な気持になりながら、エレナは曖昧に微笑んだ。



「私って相当勉強嫌いと思われてるのね」


 フィーアと二人きりになった書庫で、エレナは小さなため息を吐いた。


「はっきり言えばその通りです」

「本にも勉強にも興味を持てなかったから。でももっと学んでおけばよかった」


 そうすればアレスに“何も知らないんだな”なんて言われなかっただろう。


「まあ、過ぎた事をくよくよ悩んでも仕方有りません。今から勉強すればいいんですよ」


 フィーアはそう言うと、壁一面の本棚に目を向けた。


「ここから目当ての本を探すのは一苦労ですね」

「そうね。書庫を管理している人達に聞けたらいいのに」

「無理ですね。《人を操る秘術について書いて有る本》が見たいなんて言ったら騒ぎになります」

「そうよね」

「私達で探しましょう」


 フィーアは覚悟を決めたのか、本棚に近寄り端から目視で確認をしていく。エレナもそれを見習って、フィーアと反対側から確認を始めた。



 どれくらいの時間が経ったのか、疲れ果てながらも全ての本の確認を終わらせた。


成果品は、フィーアの見つけて来た、【カーナ家の歴史】とエレナの見つけた【カーナ家の家系図】の二冊だった。


 フィーアと二人で本を慎重に読み進める。


【カーナ家の歴史】はカーナ家の始まりから記され、膨大な項目毎に綴られていた。


 フィーアが読み進め、気になる所を用意して有った白紙に書き移して行く。


 エレナは【カーナ家の家系図】を開き初代当主から現在までを辿って行った。


 カーナ家の始まりは今から五百年前。


「王家よりずっと古いわ」


 思わず口にすると、分厚い本に目を走らせていたフィーアがちらりと顔を上げた。


「おかげでこちらは大変です」


 不機嫌そうにそう言うと、フィーアはまた本を読む事に没頭して行く。


「ご、ごめんなさい」


 フィーアに比べ、エレナの調べている家系図はずっと薄いから気まずさにいっぱいになる。それでも効率を考えると交代する訳にもいかず、エレナは自分の担当の家系図の続きを丁寧に確認して行った。


「特に変わった所は無いけど」


 現代。エレナの父親である現サリア神官長ガルダまで辿ると、エレナは小さく首を傾げた。


 家系図は整然と記載され、不審な点など一つも無い。代々の当主達には妻とその間に出来た子がおり、現在のカーナ家の血筋には何の問題も無い様に見えた。家を継がなかった長子以外の人間の行先も明確だった。


 アレスはカーナ家が古くから秘術を使い裏でサリアを操っていたと言っていたけれど、系図で見る限りはカーナ家は野心の無いサリアの一貴族にしか見えない。

権力を得る為、王家と縁組をした形跡も無かった。


(何の手がかりもなかった)


 落胆しているとフィーアが疲れた声で言った。


「エレナ様、終わりましたか?」

「私は終わったわ。フィーアも終わったの? 何か気になる事は書かれてた?」

「はい、何点かは。記録はしっかりと取ったのでそれは後で報告します。エレナ様の方はいかがですか?」

「私の方は何も無かった。ほら、見てみて? おかしな所は無いでしょう?」


 机の上に開いたままの家系図をフィーアの方に押しやる。フィーアはチラリと視線を走らせ、次の瞬間、顔を曇らせた。


「どうかしたの?」


 何もおかしなところは無かったはずなのに。エレナが再度系図を覗き込むと、フィーアは一番新しい箇所を指で指した。


「エレナ様のお名前がありません」

「え?」


 言われて良く見てみれば父ガルダの子と記されているのは、エレナとは年の離れた兄のメンデルのみだった。


「お兄様の後、書き足すのを忘れたんだわ」

「そんな事有る訳無いじゃないですか! これはカーナ家の正式な系譜なんですよ?」

「そ、そうだけど……」

「可能性はもの凄く低いですけどエレナ様の言う通り、書記官がここ十年年以上うっかり書き忘れていたとしますよね」

「ええ」

「それならセーラ様のお名前が記載されている事はどう説明するんですか?」

「セーラ姫?」


 呟きながらエレナは再び家系図に視線を向けた。


 セーラはエレナの兄のメンデルの娘で、メンデルの名の下に、確かにセーラの名前が有った。


「セーラ様は17歳。エレナ様と同い年です」

「そうよね……私はセーラ姫が生まれた一月前に生まれたそうだから」


 セーラは兄の一人娘。エレナにとっては姪に当たる関係だ。けれど年が一緒と言う事も有り、二人の関係は世間的な叔母姪とは違っていた。


 かと言って友人の様に親しいわけではない。このカーナ家の屋敷で共に育ったのに、なぜか触れ合う機会は無く、エレナにとってセーラは馴染みの薄い存在だった。


 最後にセーラを見たのは、エレナがアレスに嫁いだ日だった。貴族の姫に相応しい豪奢な正装姿で婚姻の儀に参列していた。エレナと違ってサリア人そのものの艶やかな黒髪に黒水晶の瞳のセーラはとても美しかった。ただその表情に笑顔は無かったけれど。


「セーラ姫はどうしているのかしら? 最近顔を見ていないけれど」


 疑問をそのまま口にすると、フィーアは依然家系図に視線を落としたままで答えた。


「居室でお過ごしでしょう。セーラ様はエレナ様と違って物静かな方ですし屋敷から出る事も好まないそうです」

「それで退屈しないのかしら?」

「本をご覧になっているそうですよ。この書庫にも度々通っている様です」

「そうなの」


 やはりエレナとは正反対だ。アレスに嫁ぐ前、エレナは時間が空けば外に出て馬を駆って出かけていて書庫に近付く事など無かったのだから。


「それにしても、この書庫の本全て読んだとしたら、驚く程の知識を身につける事が出来るでしょうね」


 フィーアは改めた様子で書庫を見回しながら言う。


「そうね。私には無理そうだけど」

「はい。それは分かっていますけど」


 遠慮なく本音を言うフィーアに恨みの視線を送ると、エレナは気を取り直す様にもう一冊の本に目を向けた。



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