表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/37

カーナ公爵家の秘密

 半ば強引にアレスの許しを得る事が出来た。

 エレナは、翌朝もその次の朝も、アレスの厩舎で待ち伏せた。


 アレスはエレナの姿を見つけると、あからさまに顔をしかめる。その態度に傷付いたけれど、そんな気持ちは隠してアレスに笑顔で近付いた。


「アレス様、お早うございます」

「……」

「今日も良い天気ですね」


 黙々と馬の支度をするアレスに話しかける。


「……今日も供を連れていないのか?」


 アレスはエレナをチラリと見ると、眉をひそめながら言った。


「はい。侍女達は乗馬が苦手なものですから」

「お前にも専属の護衛兵が居るだろう。なぜ連れて来ない?」

「それは……アレス様の供の方も居ますからそこまでは必要無いかと思って」


(それに護衛兵達はお父様の部下だから)


 アレスとの関係の実情を、父にも知られたくなかった。だから護衛は付けないで来たけれど、遠乗りと言っても王家直轄の領地内だし、問題は無いと思っていた。


 サリアの王都の治安の良さは有名で、大陸中に知れ渡る程だった。エレナもアレスに嫁ぐ前は比較的自由に外に出る事が出来たし、おかげで乗馬の腕もめきめきと上がった。


「サリアは本当に平和な良い国です」


 誇らしい気持ちにならながら言うと、アレスは一気に険しい顔になった。


「その平和もいつまで続くか分からないがな」

「なぜですか?」


 サリアから平和が無くなるなんて信じられない。アレスの言葉の意味が分からなかった。


「お前は本当に何も知らないんだな」


 呆れた様に言われ居たたまれなくなる。


(確かに私は政治の事は何も知らない)


 先行きが暗いとはいえ王太子妃になったのだから、もっと学ぶべきだったのに。


(私……アレス様との事ばかり考えて……)


 自分を省みると恥ずかしくなる。そんな思いを振り払う様に、アレスに言った。


「アレス様、教えて下さい。何か問題が起きているのですか? サリアに危険が及ぶ様な事が……」


 アレスは少しの間、エレナをじっと見下ろしてから口を開いた。


「エザリアとの関係が上手くいっていない」

「エザリアと? そんな……まさか」


 エザリアは大陸一の強国。そんな国ともし戦にでもなったらただではすまない。

 青ざめるエレナに、アレスは続けて言った。


「エザリアはサリアを恐れている」

「 どうしてですか? エザリアの方がずっと強いのに」

「サリアの歴史と古代から伝わる秘術を恐れている」

「秘術? そんなものがサリアに有るのですか?」


 初めて聞く話だった。


(一体、どんな術なの?)


 アレスはエレナの表情を見逃さないとでも言うように、強い視線を送って来る。


「お前の父親が使う術だ。神官達はその術で人を操り、王以上の権力を手に入れて来た」

「お父様が?」

「お前も知っているのではないか? カーナ家の娘なのだからな」


 冷たいアレスの声。


「知りません!」


 エレナが叫んでも、アレスの目に優しさが浮かぶ事は無かった。


「人を操るなんて……そんな事出来る訳が有りません」


 そんな恐ろしい事が有るだなんて信じられない。しかも自分の父親にそんな力が有るなんて思えない。


「サリアはお前が思っている様な国ではない。だがお前はそうやって事実から目を背けていればいい」


 アレスの言葉にハッとした。


(私、アレス様を否定してしまった)


 どんな内容だろうとアレスがエレナに何かを語ってくれる事は滅多に無い。それなのに頭から否定してしまうなんて。


「アレス様、私驚いてしまって……本当に初めて聞く話だったんです」

「……」

「でも私、調べてみます。お父様が本当にそんな事をしているのか」

「その必要は無い。お前に何かさせる為に話した訳じゃない」

「でも」

「少しは実情を知り警戒心を持て。一人で出歩くのは止めろ、分かったな」

「……はい」


 アレスはエレナを一瞥すると、馬に跨がり駆け出した。


 遠ざかって行くアレスの背中。けれど、エレナの下にはアレスの騎士数人が残り、エレナの護衛に付いた。



 アレスの話はあまりに突飛で、現実味が無い。それでもアレスが嘘を吐くとは思わなかった。


(アレス様には止められたけど、本当の事を知りたい)


 悩んだ末、エレナは王宮の大臣を呼び出した。


「妃殿下、いかがなさいましたか?」


 人の良さそうな大臣は、今日もにこやかな顔でエレナの前にやって来た。


「夕刻まで外出したいのです。許可を出して貰えませんか?」

「外出でございますか?」

「お友達のアルハルト男爵夫人が内輪のお茶会を開くのです。私もお忍びで参加したいと思っています」

「お茶会でございますか」

「ええ。問題ないでしょう?」

「アルハルト男爵家……あまり聞かない家名ですが」

「御当主はのんびりした方であまり王宮へは出仕していないから。でもカーナ家とは昔から交流しているちゃんとした家よ」


 エレナの行動は厳しく制限されている訳では無いけれど、城から出る時は大臣の許可がいる。


 アレスの遠乗りに着いて行くと言った時はあっさり許可が降りたけれど、今回の外出には大臣も慎重になっているようだった。


(でも、なんとか帰らないと……)


 カーナの屋敷に帰り、アレスの言った事を調べたい。


 カーナ家は代々、神官達の最高位で有る神官長を務める家柄。アレスの言う様に長い間人を操る様な秘術を使って来たのなら、必ず何か形跡が有るはずだ。


 大臣は迷いながらも、それ以上追求はして来なかった。


「かしこましました。妃殿下の外出の手続きを致します」

「良かった、お願いします」


 大臣の言葉にホッとしてつい笑みが零れる。


「手続きは定式的なものです。王太子殿下の許可が降りれば直ぐに済むのでしばらくお待ちください」

「えっ! アレス様の?」

「はい、何か問題がございますか?」

「い、いえ……」


(アレス様に知られたら……)


 お茶会に行くのではなく、生家に帰るのだと気付かれて止められるかもしれない。エレナが何かする必要は無いとアレスは言っていたのだから。


「アレス様にはもうお許しを頂いています。お忙しい中私の用で煩わせたく有りません。そのまま手続きをしてください」

「で、ですが……」

「大丈夫です。夕刻までには戻るのですから」

「……神官長は妃殿下とアルハルト家との交流の事はご存知ですか?」

「もちろん知っています」


 嘘だった。けれど大臣は疑う事なく引き下がり部屋を出て行った。


 許可は直ぐに下りた。


「フィーア、急いで!」


 慌ただしく支度をしながらフィーアを呼ぶ。


「もう用意出来ています。それにしてもあんな嘘を吐くなんて。アルハルト男爵家が私の生家で男爵夫人は私の母だと知ったら大臣は驚愕するでしょうね」

「う……」

「カーナ家の姫が嘘を吐くなんて許されない事です」

「し、仕方ないでしょ! そうしないとアレス様に内緒でカーナの家に帰れなかったんだから」

「そうやって言い訳して嘘を重ねていくんですね」

「だって……悪いとは思ってるわ。でもアレス様の言った事をどうしても調べたい、全て終わったら心から謝るから」


「誰にですか?」

「それは……皆に……ごめんなさい」


 エレナが言葉に詰まるとフィーアはニヤリと笑った。


「すみません、言い過ぎました。でもエレナ様が懺悔したそうだったから」


 確かに罪悪感で苦しくなった。幼い頃から嘘は言うなと言われて育ったし、人の良い大臣を騙すのはやはり胸が痛んだ。


「エレナ様は本当に純粋で正直ですね。私、前から不思議でした」


 フィーアがふと真剣な表情になり呟いた。


「不思議って……私が正直なのが?」


 それの何が不思議なのだろう。


「政治向きの性格とは思えません。王太子妃になったら政治とは無縁ではいられない。政治には駆け引きが必要ですがそれはエレナ様が最も苦手とするところです」

「確かに駆け引きは下手だけど」

「矯正する為の教育も無かった……神官長は初めはエレナ様を王太子妃にするつもりは無かったんじゃないでしょうか?」

「え?」

「いえ……余計な事を言いました、今のは忘れて下さい」

「フィーア……」


 フィーアはそれ以上話を続ける気は無いようで、話題を変えるように言った。


「馬車の支度も出来た頃です。出ましょう」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ