離縁を告げられた初夜
サリア王国は、小さな国土ながらもその歴史と文化で大陸内での地位を確立し、最大の強国エザリアにも一目置かれる名門国家。
その王都の中心に位置するサリアの王宮に、金細工の飾りが目を惹く優美な馬車が到着した。
開かれた扉から降りて来たのは、黒髪碧眼の青年と、金髪に翠の瞳の美しい少女。
サリア王国の新王太子夫妻だった。
◇◇◇
「エレナ姫様、そんな険しい顔をしていたら王太子殿下が困ってしまいます。どんな時でも笑顔を忘れてはいけません」
「そ、そんな事言われても……」
「落ち着いて下さい、それに固くなり過ぎても駄目です」
「無理よ!」
これからアレス王太子との初夜だというのに、落ち着いていられる訳がない。
「無理でもやらなくては。カーナ公爵家の姫君がそんなにおどおどとしていてどうするのですか?」
乳母は強い口調で言いながら、エレナの夜着の乱れを整える。
(何て言われても無理。だってアレス様が相手なんだもの)
艶やかな黒髪、青みを帯びた瞳、長身で均整のとれた身体。
数刻前の婚礼の儀で顔を合わせたアレスは、遠目で見るよりもずっと凛々しく、まともに目を合わせられない程魅力的だった。
物語から抜け出して来たような華やかで凛々しい王太子に幼い頃から憧れていた。アレス王太子との結婚が決まった時は、自分は世界一の幸せ者だと思ったものだ。
それから夢見心地で婚礼の日を待ち望み、やっと願いが叶ったばかり。
その上、これから本当の夫婦になると思うと落ち着いてなんていられない。
喜びと、初夜の不安と、様々な想いで身体が震えてしまう。
「姫様、王太子殿下がおいでです」
知らせの声が聞こえて来て、エレナは身体を強張らせる、緊張のあまり鼓動が早くなる。
その直後、寝所の両開きの扉がゆっくりと開いた。
侍女達がひれ伏す中、アレスは堂々とした態度で部屋の中に足を進める。
銀糸の刺繍が施された夜着を纏うアレスは、昼とは違った艶やかな魅力に溢れている。エレナの心臓はこれ以上無いくらい高鳴った。
アレスはエレナの前で足を止めると、周りで跪く侍女達に向けて言う。
「お前達は下がれ」
アレスの言葉には圧倒されるような威厳が有る。侍女達は命令に従い部屋を出て行った。
二人きりになると、アレスはエレナに目を向けてきた。長身のアレスは自然とエレナを見下ろすようになる。
アレスの青みを帯びた切れ長の目は、とても美しくて魅力される。エレナは熱に浮かされたような想いで告げた。
「あの……アレス様今日からよろしくお願いします……私、良い妃になるように努力します」
心からの言葉だった。
アレスだけを愛し、どんな努力でもすると誓える。彼に相応しい妃になりたい。
けれどアレスからの返事は、エレナの心を凍り付かせるものだった。
「その必要は無い。時が来たらお前とは離縁するのだからな」
「り、離縁?!」
アレスの発言が信じられずに、エレナは高い声を上げた。
今日、婚礼の式を挙げたばかり、これから二人の初めての夜を過ごすはずなのに。
まだ何も始まっていない。それなのにいきなりの別れを告げられるなんて信じられなかった。
「どうしてですか?!」
礼儀作法も忘れ、夢中でアレスに詰め寄った。
「俺はお前を妻と認める気は無い。今もこの先もだ。王太子といえカーナ公爵家の娘を追い返す事は出来ないが、一年の間お前に懐妊の気配が無ければ離縁は認められる」
「まさか! そんな話聞いた事がありません」
「サリアの法で決まっている。我が国では側室が認められていない代わりに、子の出来ない妃を容易に離縁する事が出来る。今まで聞いた事が無いのは実際には子が出来なくても簡単に離縁にはならないからだ」
「でも……私は簡単に離縁されるのですか?」
震えながら言うエレナに、アレスは感情の浮かばない目を細めて言った
「そうだ。俺がお前を抱く事は無い、子は出来ないのだから一年後には離縁になる」
「そんな……」
アレスの身体中から拒絶の意志を強く感じる。
何も言えないエレナを一瞥すると、アレスは背中を向けて部屋を出て行った。
一人きりになったエレナは、フラフラと広い寝台に近付いた。
王太子夫妻の初夜の為に整えられた寝台の皺ひとつない白い上掛けの上には、清楚な薄紅色の花が撒かれている。それらが乱れるのも気にせずに寝台に倒れこんだ。
あまりの事に起き上がる気力が湧かない。初夜にこんなに酷く拒絶されるなんて、信じたくない。
(アレス様の良い妃になろうと思ってたのに)
『俺はお前を認めない』
アレスの冷たい声が脳裏に蘇り、胸が痛くなる。
(子供の頃からずっと憧れていたのに……)
恋が叶ったと舞い上がっていたのに、何も出来ない内に突き落とされた。
「アレス様……」
次々と涙が溢れるのを止められなかった。




