ドラゴンの産声、その先にある未来
歴史を見ると、残虐な殺戮を行ったのは、常に敗戦国だと語り継がれる。
政治家や為政者、独裁者や貴族、或いは世襲国家の頂点に座る存在が、そんな妄想を作り出す。
最も怖いのは、同じ人類であるはずの隣人が、国家理性や国益と称して、昨日まで100円で売ってくれたパンを、今日から1000円積んでも売らないと拒否されることである。
その陰湿なところは、倍の値段を払うと言っても、三軒先のパン屋も、更に遠くに足を運んで小麦粉を買おうとしても、事前に示し合わせて誰も売ってくれない所にある。
そこに、人類の残虐性が隠れている。
では、国家にとっての国益とは何か。
あの国は、存在していて欲しい。
だけど、あの国は消えて欲しい。
『商売の邪魔だ、目障りだ、私の取り分が減ってしまう』
最初は、そんな些細な動機から経済的な戦争に発展し、物理的な殺し合いに至るのである。
では、ドラゴンの卵を売った勇者達はどうであろうか。
彼らは、祖国で王家の人間である。
何よりも、国益を優先する人種である。
幼少の頃より英才教育と政治を学ぶ彼らは、例え身分を平民に落としても、祖国以上に優先すべきことは存在しない。
ドラゴンの卵にどれ程の価値があるのか、分からない程の愚者ではない。
歴史上、存在を確認されていない未知に出会ったならば、国家の理性としての在り方は、持ち帰り調査する事の方に利益を見出すはずである。
だが、彼らはそれをしなかった。
それは『知っていた』からだ。
ドラゴンの卵がどのような結果を生み出すのか。
貴族や王家、宗教などに共通するのは、存続させる上で知りえた『膨大な知識』を、誰の目に触れることなく蓄えている所にある。
その中で『ドラゴンの卵』とは、孵化すればどのような結果になるのか。
それを勇者が知らない訳ではなかった。
「あの商都、地図から消えてしまえばいい」
どんな情勢下でも、誰にでも商品を売る『パン屋』など、国家にとって邪魔でしかない。
大軍で攻めても意味が無いなら、その懐に爆弾を忍ばせれば良い。
壊せなければ、壊れてもらえば良いだけの話だと。
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ある日、商都の一角でドラゴンが孵化した。
『ピギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ』
商都に響き渡る、ドラゴンの産声。
その声は魔力を纏い、遠く離れた親鳥にまで響き渡る。
だが、その時は誰も、本当の恐怖に気付かない。
一体でも、数万の軍勢と渡り合うドラゴンが、群れを成して近づいていることに。
国家の斜陽か、英雄の誕生か。
生き残る道は、諸行無常の理から外れない。
一つだけ、この世界において確かなことがあった。
神様が全ての行いを見ていること。
森羅万象、未来も過去に至るまで。
この世界の神は、人類の神。
人類に繁栄を願う神だからこそ、一つの賽を振ったのだ。
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