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居合いスキルで少女は無双する  作者: 冷水
第一章:竜ノ産声
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噂話と、お酒の味


 最近ミナヅキの様子がおかしい。

 夜に布団へ入ってきて、背中から抱きしめて離さない。


 寝たふりをしつつも、ミナヅキは頭を撫でるのが好きなようで、その心地よさに俺は早々に眠ってしまう。目覚めると寝苦しさを感じつつ、彼女を引き剥がすのに苦労するのが日課となっていた。


「最近、元気ない?」

「……何でもないよ」

 さり気無く質問するも、適当にはぐらかして答えてくれない。ミナヅキは、少しだけ寂しそうな表情をしている。


 この世界にやってきて、既に一ヶ月が経過した。

 そう考えると、単にホームシックかもしれない。俺も初めて親元を離れた時は、寂しさを感じた経験があるので、同じなのかもと思う。

 冷静で大人びた印象のミナヅキが、時折見せる子供っぽさと合わせて、愛おしく思える瞬間だった。



----

 鏡を見ると、薄着に身を包んだ寝起きの少女がこっちを見ている。腰の辺りまで伸ばした黒髪に、虹彩の色素が薄いのか、潤んだ瞳は赤い色をしている。

 窓から朝日が差し込んで、徐々にその姿がはっきりとしていく。落ち着いて姿を確認するのは、この世界に来てから初めてだった。


 浮き世離れして見えて、手に触れる鏡の冷たさがなければ、それが自分だと信じられない。

 こんな事ならキャラクターの見た目を、男前な美少年にすれば良かったと後悔している。


「おはよう……」

 日の出と共に起きる俺と違って、ミナヅキの朝は弱かった。しばらく呆然としながら、のろのろと起き上がって、着替えに移るのだ。


 俺は既に着替えを済ませ、冷たく濡れた手ぬぐいをミナヅキに渡す。

 冬が近づいてきたのか、布団から出ると肌寒さを感じるようになってきた。

 部屋から出るのが億劫(おっくう)なのか、顔を洗いに行かないミナヅキを見かねて、こうして濡れタオルを用意するのが日課になっていた。


「おはよう、ミナヅキ」

 生き直すという意味で、異世界の空気は新鮮だった。伸びをしながら、今日はどこに行こうかと、考えを巡らせていく。



---

「ドラゴンの卵?」

「ああ。この商都に、持ち込まれたらしい」

 相変わらず酒場で働く俺達は、酔っ払いのうわさ話に耳を傾けている。

 ミナヅキ目当ての常連が増えてきて、水商売と言われても否定できない有り様になってきた。


「ドラゴンって、強いんですか?」

「討伐したら、歴史に名の残る英雄だ。少数で群れを作っているが、手出ししなければ人を襲うことはない温厚な魔物。俺も近くで見たことが有るが、見上げるほどの大きさだった」

 懐かしそうに語るのは、俺によく話しかけてくる中年の冒険者で、様々なことを教えてくれる。


「あれは人が(かな)うレベルを超えている。近づいただけで、死の予感が頭を()ぎった。過去には数万の軍勢で攻めて、返り討ちに()った国があると聞く」

 目を細めるように、強めのお酒を煽りながら冒険者は語る。

「逆に、歴史上で竜殺しの英雄は何人か居るが、どれ程の怪物なのか想像もできない。あんなのと渡り合える人間がいたら、そいつは既に人間じゃない」


 話を聞かせてくれた男性は、そこそこ名の通った優良冒険者だ。その彼が恐怖を語るのだから、並の相手ではないのだろう。


「でも、そのドラゴンの卵が持ち込まれたって事は、それを産んだ親が襲って来ませんか?」

「どうだろうな。俺もドラゴンの卵なんて代物、今まで聞いた事がない。本当かも分からないから、今は様子見だろうな」


 そこで、店主から呼び出しがかかる。話に夢中で、忘れていた仕事を思い出す。

 注意されてしまったので、話はここまでと、業務の中に戻っていく。


「お話、ありがとうございました」

「良いよ。嬢ちゃんと話すの、楽しいからな」

 美味しそうにお酒を飲んでいて、そこそこ格好良いのに、その冒険者は独身だと言う。稼ぎは良いと聞くし、容姿も悪くないのに、所帯を持たずに生活をしている。

 踏み込んだ内容は聞けないが、周囲が放っておくとは思えないし、一途な恋でもしているのか。

 本当のところは、分からない。



----


 金を積めば何でも手に入る商都、ファフニール。

 一方で、珍しい商品を持ち込めば、いくらでも金を積む物好きがいる場所でもある。


 ドラゴンの卵が持ち込まれた。

 その速報は、瞬く間に商都を駆けて、商人を通じて隣国にも情報が渡る。


 持ち込んだのは、三人の冒険者だった。

 一人はある国の王子でありながら、国を出て旅をする冒険者となり、祖国では今生の『勇者』と期待される英雄らしい。


 曰く、単独で国を荒らした魔物を討伐した豪傑である。

 曰く、魔王を倒す旅をしている。

 現代の英雄として、冒険者の間でも噂になる人物の一人であった。


 そんな彼らが、ドラゴン討伐の偉業に挑戦しようと『竜の住処』へ足を踏み入れた時の事、そこにドラゴンの姿が無く、代わりに『巨大な卵』があった。それを持ち帰り、売る場所を求めて商都に立ち寄った。

 ドラゴンを研究する学者に見せると、間違いなく『ドラゴンの卵』と鑑定された。

 そして、今に至る。


 人々は知らない。

 これから、そのドラゴンの卵を巡って、争いが起こる事を。

 人々は知らない。

 これから、ドラゴンの卵によって、災いが起こる事を。



----

「お酒、飲んでみる?」

「少しだけ」

 明日は、酒場の定休日。

 俺は久しぶりに、お酒を飲みたい気分になった。

 ジュースに近い、水で薄めて果汁を混ぜたものを買ってある。


「まずい……」

 ミナヅキは興味本位で口を付けたものの、アルコールの風味が合わないらしい。普通のジュースに手を伸ばしていた。

 俺もあまり得意ではないが、冒険者の一人に感化され、久しぶりに飲みたいと思ったのだ。


「うん、美味しい」

 お酒の香りが広がって、果汁の甘さが口当たりを良くしている。

 仕事で飲むお酒は美味しく感じないけど、プライベートで飲むお酒は嫌いじゃない。


「カンナって、お酒を飲む人だったんだね」

 この商都では、未成年に対する禁酒の法律は存在しない。子供の場合は、飲酒を避ける風習はあるけど、働き始める年齢になれば自然と認められる。

 もちろん、成人の基準は国や地域によって違うし、この世界では15歳を超えたら一人前と扱われるようになる。


「普段は飲まないんだけど、今日はちょっと特別でね」

 気分が良くなってくるが、この体は、アルコールに強くなかった。

 弱いお酒を少し飲んだだけで、酩酊感(めいていかん)を感じるのがその証拠だった。


「良い事でもあったの?」

 酒のおつまみに買った『から揚げ』を食べながら、ほろ酔い気分でグラスを傾ける。


「この世界には、ドラゴンが居るらしい」

 酒場で聞いた話を、ミナヅキにも聞かせる。

 この世界には、ドラゴンと呼ばれる魔物がいて、その卵がこの商都にあること。

 子供の頃に好きだった物語を思い出して、口元に笑みが浮かぶ。竜に立ち向かう英雄の物語が好きで、あの頃からゲームの趣味も、ファンタジーな王道に移っていったと思う。


「ドラゴン討伐、してみたいな」

 普段より口の滑りが良くなっていて、考えるより先に言葉が漏れてしまう。本当はこの世界に来てから、積極的に魔物と戦ってみたいと思っていた。


「私も、ドラゴン退治は興味ある。カンナが行きたいなら、私も行く」

「その時は、よろしくね」

 一杯のお酒しか飲んでないのに、眠気で意識が飛びそうだった。

 やっぱり、この体は子供なのか。だとしたら、飲酒は控えた方がいいのだろうか。


 混乱するように、考えがまとまらなくなっていき、机に伏して眠りに落ちる。



「おやすみ、カンナ」

 ミナヅキが運んでくれたのか、薄く目を開けると布団の中に居た。

 暖かく包まれる心地よさに酔いながら、耳元で規則正しい寝息が聞こえた。


 相変わらず抱き枕になっているが、今はその状態が気持ちよかった。

 何を悩んでいるのか分からないが、ミナヅキの寝顔は幸せそうだった。今のところは心配いらないだろうと結論付ける。


 そして、夜は明けていく。



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