英雄の器と資質
英雄に必要な資質とは、まず一つに、類稀なる才能を持っている事だと思う。
武勇でも知略でも、突出しているか、或いはバランス良く持ち合わせている事が必要条件だと思う。
しかし、一方で必要条件はあっても、必ず英雄になれるかと問われれば否である。
例えば戦争では、一定以上の撃墜スコアでエースと定義していたが、実際に英雄と呼ばれる名声や地位を手に入れたのは、一部の恵まれた者たちだけだった。
航空関連で言えば、まずは『優秀な視力』と『健康的な肉体』が無ければ、そもそも飛行機に乗ることが認められず、空戦の主役たる飛行機乗りに成る事さえ叶わない。
次に、運もあるだろう。
戦争がなければ、そもそも『戦果』など挙げる余地も無い。戦後に優秀な者が生まれても、戦時中に功績を挙げた者より優遇される事は決してない。
敗戦すれば、恨みのある国からの戦争裁判により、エースと呼ばれた人物は戦犯として血祭りにされる。
時流、技量、処世術に至るまで、適度な塩梅が保たれなければ、宝の持ち腐れになる。
科学者も、武芸者も、求道者もそう。
人は、自分の天啓に出会った時、初めて才能が開花する生き物である。
故にその道に踏み出した時、人はそれを天職と呼び、今までの努力や才能を喜ぶのである。
或いは、自らの幸福は別にして、周囲の人間に喜ばれるのである。
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俺は、久しぶりに刀を持って歩いている。煌びやかな和装で、勝負服を着て歩いている。
「やっと、休みが取れたね」
ミナヅキは最近、とても成長したと思う。年頃の女の子が、酔っ払いのあしらい方を学ぶのを、成長と呼んで良いのかは分からないが、周囲をよく観察し、俺やミーシャの立ち振る舞いを見て、吸収していく速度は速かった。
「忙しかったね」
俺とミナヅキが酒場に入ってから、客の入りが激しくなったと店主は語っていた。看板娘が二人も現れて、女性との出会いに飢えた冒険者達が、押し寄せてお金を落としていくのだ。
俺が言うのもおかしな話だが、見目麗しい女の子を一目見たいと思うのが、男の性なのかもしれない。
男がお金を使う理由なんて、酒か女かギャンブルか。あるいは、妻に内緒で高価な釣竿を買う男性のような趣味もあるだろう。
俺は付き合いでしか飲まなかったし、お金を掛けるのは高性能なパソコンを買う程度で、デートにお金を使う機会なんてなかった。
そう考えると、一般的な娯楽の殆どを放り出して、俺はネットゲームを楽しんでいたことになる。
「三日の休み。やる事は『冒険者ギルドに行くこと』と『公衆浴場を探すこと』で良いかな?」
もし浴場を見つけても、俺は女風呂に入るのを躊躇っている。
テンプレのように、異世界に銭湯文化が無くて、風呂も一般には無縁であれば、それでも良いと考えている。
宿では、井戸で水浴びをする人たちが居て、男性は解放的な井戸の周りで、女性は水と手ぬぐいを持って部屋に行くのを目にしていた。
ミナヅキも手ぬぐいを持って体を拭いていたが、最後は回復魔法で汚れを落としていた。
着崩れた衣服から見える背中や脇が眩しくて、少しドキドキしたが、本人には気付かれていないと信じたい。
ちなみに、俺は着るのに手間取りそうな衣服は、ミナヅキに手伝ってもらわないと未だに上手く着れない。今朝は着せ替え人形みたいに、アイテムリストに入っていた衣服を着せられて、その度にミナヅキが目を輝かせていた。
「女性用の衣服や下着が売ってる所に行きたい。後は――」
女性の買い物は長い、
初日から、三日で足りるか分からない日程になりそうだと、商都の中を歩きながらに思った。
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商都ファフニールは、周囲を要塞のような厳重な城壁に囲まれている。
しかし、都市の中に入れば様相は変わる。
歓楽街、商店街、聞けばこの世界の主要な商品が集まっていて、お金さえ積めば何でも手に入るという。冒険者が集まる商都。物価は高いが、賃金相場も高く、利に聡い者が集まる商業都市でもある。
周囲が険しい森に囲まれ、辿りつくまでに敷居が高いだけに、良い人材も良質な商品も集まる好循環に恵まれていた。
冒険者ギルド 要塞商都ファフニール 支店。
「依頼ですか?」
「冒険者になりたいです」
木造建築で、優雅な見た目の家具が配置されている。
どちらかと言えば、不動産屋か銀行に来た時のような、ちょっと場違いな感じを受ける建物だった。
「……」
少しの間があり、驚いたような表情をしている受付の女性は、しかしすぐに立ち直る。
「あ、すみません。新規登録なんて、ここに来て初めてなので」
「そうなのですか?」
「はい、ここ商都は良質な冒険者が集まる都市。入るにも護衛を雇うか、腕に自信がある旅人ですので、既に登録を終えた方しか来ないのです」
「ここでは、新規の登録は出来ないのですか?」
酒場で聞いた話によれば、冒険者になるには、ただ冒険者証明書というものを発行してもらえば良いらしい。
それは、冊子になっていて、何時どんな依頼を受けて、達成できたのか。実績を登記する為の手帳になっていて、その内容に沿って依頼の仲介が行われる。
技能を記述する所は、冒険者から聞き取った内容を吟味して、冒険者ギルドが加筆する。
冊子には特殊な魔法が掛けられていて、ギルドが記入する場所には、簡単に偽造できない仕組みになっているらしい。登記出来る場所が無くなると、内容によって一般冒険者、優良冒険者用の冊子に更新されるという。
まるで、運転免許証のようであると思ったのは、俺だけだろうか。
発行に、銀貨30枚という額が必要らしく、簡単には得る事が出来ない。もちろん、敷居を低くする為の救済措置『仮登録』があるらしく、その場所限定で依頼を受ける事も出来る制度はあった。冒険者に憧れる新人が利用する制度らしい。
一般冒険者、優良冒険者用の冊子は、似顔絵も追加される。その為、一部の都市を除いて身分証明書の代わりにもなるという。
「新規登録できますよ。お二人でしたら銀貨60枚が必要となりますが、用意できますか?」
「はい、可能です」
「それでは、手続きに入りますので、あちらの部屋にお願いします」
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「何ができますか?」
「えーっと……」
似顔絵を描く人が居て、冒険者ギルドには絵師が常に一人はいるのだと言う。
銀貨30枚はそこそこ高いハードルみたいで、新規が多いギルドでも登録者で溢れることは滅多に無いらしい。
「腕には自信があります。料理や野宿は得意です」
「失礼ですが、あまり強そうには見えませんね……。一応、後で戦闘テストもありますが、大丈夫ですか?」
暗に『嘘を着いたら痛い目を見ますよ』と言っているが、この世界の基準が分からないので、むしろ助かっている。
「ええ、問題ありません」
「では、年齢を聞いてもいいですか? 参考程度ですので、何歳でも登録できない事はないのですが」
隣でミナヅキも同じような質問を受けているが、年齢は聞かれていない。確かに、見た目が子供であるのは否定しないが、この体が何歳なのか、実のところ自分でも分からない。
「ええ、問題ありません」
「では、年齢を聞いてもいいですか? 参考程度ですので、何歳でも登録できない事はないのですが」
隣でミナヅキも同じような質問を受けているが、年齢は聞かれていない。確かに俺は、見た目が子供であるのは否定しないが、この体が何歳なのか、実のところ自分でも分からない。
30歳と答えたら嘘のように聞こえるし、かといって0歳と答えたら馬鹿にされるのが目に見えている。
どちらと答えても、良い事はなさそうで無難に答える。
「18歳です」
本当ですか? と何度か聞かれてしまったが、頑なに頷いておく。こういうのは、自信あり気に言えば、嘘とは思われない場合が多い。
「18歳……、世の中には若く見える方がいると言いますが、12歳くらいだと思ってました」
「ははは……、よく言われます」
適当に流すと、質問はそこで終わり、似顔絵も出来たという。
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戦闘技能測定。
俺はスキル構成を、相手を無力化するものに切り替えている。
事前に測定中に怪我をしても、文句は言わないという同意書にサインをし、試験官の前に立っていた。
「長いこと、ここの支店で働いているが……、新人テストなんて初めてだよ」
「よろしくお願いします」
元冒険者らしく体格の良い試験官は、訓練用の刃引きしてある武器を持つ。
「私は、無手です」
「……良いけど、見た目に似合わず格闘家とは。最後の確認だけど、怪我しても知らないからね? 大丈夫?」
「大丈夫です」
構え方も拘りはないので、俺は澄ます事なく自然に立っていた。
目の前の人物からは、攻撃態勢に入った為か、自分に対する害意が感じられた。
この世界での敵意の感じ方は、方向と強さ、およそゲームの時に目算で計算していた全てが感じられた。引きの強さを感じれば、味方に対して害意が向かないよう調整もできると思う。
踏み込む。
試験官は片手剣を、両手で持って踏み込んでくる。
横なぎに力を溜めると片手を離し、両断する勢いで打ち込んでくる。
もちろん、試験官にとってそれは全力ではなかった。良くて腕か胴に当たれば、骨折は免れないだろうが、死ぬことは無い一撃。
「【白刃取り】」
体術のスキル、彼我のステータス依存で、一定確率で斬撃を防ぐ技。相手と自分のステータス差で確率が決まり、斬撃を素手で取り、無効化する荒業である。無手でのみ使える回避技の一つ。
まさか、現実で真剣白刃取りのような技をする事になるとは、生きていると面白いこともある。
一歩、今度は俺から距離を詰める。
体がなんとなく、どういう技が使えるのかを覚えている。
大の大人を、それも武の嗜みのある者の重心を崩すのは容易な事ではない。
まずは膝蹴りを放ち、足という重心を支える要を狙う。
次に、衣服の襟を掴み上げ、そのまま足を払って転ばせる。
「【足払い】」
ゲームであれば少しの時間だけ、相手の動きを止める技だった。
回避行動が決まった後からの、確定足止め技ではあるが、決まった後は一定時間は技に耐性が着き、使えなくなる。
「【追従締め】」
柔道の突込締に近い、襟を持ったままの締め技である。
地面に叩きつけるようにし、首周りを押さえ込む。
自身の起こした状態異常を、延長する為の技である。
「そこまで!」
どんな縛りプレイだと思わなくもないが、ダメージの通らない方法を考えるだけで、一晩かけている。
普通だったら、状態異常からの大ダメージ技を叩き込んで、連続技を決める為の定石に嵌めるのが、体術スキルの基本だった。ここから、コストの重い確定クリティカル技を、前半の回避とカウンターからの追撃で決めて、手数を増やす戦いをすべきである。
しかし、それをやれば、確実に相手を殺す。
疑問に思ったのが、物語にあるような不殺系主人公は、どうやって解決しているのか。
相手とのステータス差が大きいと、通常攻撃でさえ、並の相手なら一撃で死にかねない。
峰打ちだって、立派な打撃技である。骨折なり、悪ければ重傷を負っても不思議ではない。
さて。
ミナヅキも終わったようで、こちらは魔法を使っての無力化で決めていた。
この世界、魔法は珍しいようだが、冒険者には使える者も居るらしい。特に不審に思われる事もなく、冒険者への登録は無事に済んでいた。
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買い物を済ませ、一日目の休日は無事に終わった。
二人で、寝る前に冒険者証明書を見て、この日は眠りに落ちていた。
冒険者証明書
名前: カンナ
性別: 女 (似顔絵有り)
技能: 無手格闘、剣術に適正あり。
戦闘技術(格闘)は、優良冒険者並みである。
剣術については、本人曰く手加減できないとのこと。
料理、野営などの生活能力があり、
長期の依頼もこなせるものと思う。
ギルド備考欄:
本人曰く、登録時(xx年xx月)の時点で18歳。
高い戦闘力を有する事もあり、見た目で判断せず、
魔物の討伐依頼を仲介しても構わないと考える。
依頼: (未記入)
更新: 0回
冒険者証明書
名前: ミナヅキ
性別: 女 (似顔絵有り)
技能: 魔法技能有り。
眠りを誘う魔法、相手を拘束する魔法が使える。
戦闘技能については、前述した魔法により、
高い戦闘技能を持つと思われる。
ギルド備考欄:
魔法使いだが、近距離での接近戦も出来るらしく、
特に依頼の仲介で、留意すべきことはない。
依頼: (未記入)
更新: 0回
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