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居合いスキルで少女は無双する  作者: 冷水
第一章:竜ノ産声
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戸惑いと生活と


「ゲームみたいに、アイテムリストが使えるんだね。あ、持ち物に色々入ってる」

 ミナヅキは機嫌が良さそうだった。

 出来ることを楽しそうに追求しながら、発見の内容を俺に教えてくれる。

 言われるがまま、自分のステータスや持ち物を確認していくと、資産として持っていた片手剣や斧、競売にかけるつもりだった素材類が目に入る。


「ん? 見覚えないのがドロップにあるね」

「本当だ」

 確認していく中で、いくつかの見慣れないアイテムが並んでいた。

 それは戦闘が終わり、魔物が落としたアイテムを分配する為の保管場所。誰が獲得するかを決める機能の中に、三つのアイテムがあった。

 灰幻狼(はいげんろう)の爪、灰幻狼の牙、灰幻狼の皮という素材アイテム。説明欄には簡素に、灰幻狼が落とした爪としか書かれていない。


「日が暮れる前に、水辺を探そうか」

 分からないことは置いといて、ミナヅキを先導する形で歩き始める。

 今では考えられないが、子供の頃はよく祖父と二人でキャンプをしたり、狩猟の手伝いをしたこともある。その為、自分ではサバイバル能力は高いと自負していた。

 そうはいっても、二十歳を超えてからは部屋に引きこもりがちで、休日に外出など滅多にしなかった。


「ミナヅキは、17歳の高校生か」

「カンナは?」

 ミナヅキは思いのほか、(しゃべ)るのが好きそうだった。最初はゲームの話題から始まって、どのような生活を送ってきたのか、休む間もなく語りかけてくる。

 それでも不思議と心地好くて、世間擦れしてなく変に気を使わないところが良かった。


「私は……」

 こんな時でも、"私"なんて一人称を使って、嫌われないように取り繕ってる。男であった事実を、ミナヅキから隠そうとしている。

 俺はそんな自分が嫌いだった。容姿も名前も、性格すらも。だからゲームに傾倒して、自分を偽って生きていた。

「歳は29歳、恋人はいない。名前は……好きじゃないから、今まで通り『カンナ』でお願い」

「分かった。カンナは年上だとは思ってたけど、想像してたより上だった」


 アイテムリストで先ほどドロップした『灰幻狼の皮』を選択してみると、綺麗に処理された皮が出てきた。

「これ、凄い綺麗に処理されている」

 話すこともなくなってきたので、隣りを歩くミナヅキにも見せる。

「ふわふわ。匂いは……臭くないね。それに高そう」


 俺はそこで、ミナヅキが本当に女性であったのだと思った。ふとした仕草や、歩き方などが女の子らしかった。

 一方の俺は体格の違いが大きく、歩くにも違和感が強かった。目で見た距離感と歩幅に違いがあって、転びそうになる。

 幼女然とした身長で、ミナヅキに比べて歩き方がぎこちないと思う。そのミナヅキの方は、体形の差異が少ないのか自然に歩みを進めている。


「今の見た目だと、カンナは子供っぽいね」

「そう?」



 そこで少し、寒気さむけがした。


 さっきのように、身の危険を感じたのではない。ましてミナヅキに対する嫌悪感でもない。

 ただ……お手洗いに行きたくなっただけ。つまりトイレだった。


「どうしたの?」

 このミナヅキという少女は、かなり洞察力が鋭い。少しの変化も見逃さないし、今の状況を冷静に分析するから、頭も良いのだろう。

 不意に止まった俺に、(いぶか)しげな視線を向けてくる。


「あ、あの……ちょっとトイレに行きたくなって」

「ああ、うん。分かった。ここに居るから、その辺で」

「うん。行ってくる……」


 茂みに入り、トイレがしたいのは良いが、俺は戸惑っていた。

 だって、体のつくりが違うのだ。男であった頃とは、勝手も違うだろう。



 数分後、俺は涙目になりながらミナヅキに近づいていく。

「ミナヅキ……回復魔法おねがい。何も言わずに」

 はっとして、何かに気付いた様子のミナヅキだが、何も言わずに回復魔法をかけてくれた。



----


 草原をしばらく歩くと、周囲が森のようになってきた。

 さらに運が良いことに、早々に川を見つけることができた。

「キャンプしようか」

 持ち物に"キャンプセット"というアイテムがあって、ゲームではフィールド内で休憩する為の道具であった。

 内容はテントや、鍋のような小道具の集まり。さすがに、テントを自動で組み立てたり、料理をしてくれる機能はついていない。


「よいしょ。これでオッケーかな」

 地面に杭を打ちつけて、テントを張る。

 見慣れない『魔除けの石』と呼ばれる物があって、確認すると説明書があり『使い捨ての魔物除け。周囲に敵を寄せ付けない』とあった。

「ゲームと現実の違いかな」


 ゲーム時代、キャンプセットは確かに使い捨ての道具だった。説明書には『一度使うと消滅する』とも書いてあり、これが使い捨ての所以(ゆえん)なのかと、舞台裏を知った気分になりながら魔除けを設置する。


 ミナヅキは最初、キャンプセットに気付くまでは良かったが、上手く組み立てられずに戸惑っていた。

 高校生だったというミナヅキは、キャンプの経験は皆無で、慣れていなかったのだろう。

「私が代わりにやるから」

 そう言って組み立てたのが、目の前にある大きなテントだった。


「勿体無いから、一つで良いんじゃない?」

 更にもう一個のテントを組み立てようとして、ミナヅキに止められた。一人用のテントではあるが、二人で寝られるくらいの広さはあったので、当然の反応かもしれない。

「え? あー……」

 だが俺は、どうしようか迷った。今の体は確かに女性であった(・・・・・・・)ものの、精神的にはアラサーの男なのだから。

 いくら体が変化しても、その事実を知らせないまま一緒に寝るのは、不誠実な気がした。



----


「ねえ、ミナヅキ。大事な話があるんだけど」

 周囲を散策しながら、落ちている木や枝を集め、一箇所にまとめる。そして、付属の『着火剤』を振りかけた。

 この着火剤は良く燃えるようで、湿気が残っていた太い木の枝を使っても、十分な焚き火を起すことが出来た。

「なに?」

 木を切る為に、アイテムリストから予備の武器である斧を取り出し装備する。勢いを付けて振り切ると、その手ごたえの無さに驚いて、見れば樹木を両断していた。

 それを適度な大きさにカットすると、焚き火を囲うように即席の椅子を作った。


「あのさ、ここに来る前の話なんだけど……」

 歯切れが悪くなるのを自覚しながら、この世界に降り立って数時間、ミナヅキに話していなかった真実を語る。


 俺が男であったこと。どういう生活をしていて、どんな名前だったのか。

 ミナヅキはその話を、落ち着きながら聞いていた。

 

「なんとなく、気付いてたよ」

「!」

 キーボードがあったら、同じようにびっくりマークを押していただろう。

「大丈夫、そんな事じゃ嫌いになったりしない」

 言葉を選ぶようにゆっくりと、ミナヅキはそう口にする。俺が不安に思うことを、この少女は気付いていたという。


「気付いたのは、さっきだけどね?」

 そこでお互いに安堵の吐息が漏れた。ゲームのような文字のやり取りではなく、相対(あいたい)して分かる雰囲気のようなもので、少女の温かさが感じられた。

 同時に、悪戯っぽい微笑みを浮かべたミナヅキを見て、その綺麗さにトキメいていた。


 ただし、気付いた理由に思い当たると、恥ずかしさで顔が上げられなくなった。



----


 キャンプセットには、食材としてカレー粉が同封されていた。他にも米と水はあったが、具材となる野菜や肉は入っていなかった。

「肉類か野菜か、欲しいな。取りに行ってこようか」


 俺は半日を過ごし、この体が無駄に高性能である事に気がついた。

 木を両断した時もそうだが、見た目に似合わず筋力が備わっている。跳躍すれば、人の高さなんて簡単に飛び越えられる。

 周囲の気配にも敏感で、違和感のある方向に目を向ければ、鹿のような(けもの)の姿が見えた。前まではメガネをしていたが、その状態よりも格段に視力が良くなっている。


「ちょっと行ってくる。待ってて」

「分かった」

 一人で川沿いを走りながら、音を立てないように注意して、獲物の近くまで忍び寄る。

 幸いなことに、川が近いので獲物の処理がし易くて助かる。


 衣装は煌びやかな勝負服ではなく、ちょっと地味なものに着替えてある。

 俺は和装しか持ってなくて、今回は"忍び装束"という動きやすい格好になっている。露出は控えめで、足に強靭なタイツをはき、黒い軽量な服と鎖帷子(くさりかたびら)を組み合わせた衣装である。

 武器もメインに取り回す『黒鋼(くろはがね)』ではなく『忍刀(しのびとう) 霧斬守(きりぎりす)』という刀を持っている。


 霧斬守は直刀(ちょくとう)のような見た目をしており、反りがそれほど無い。飾りは少なく地味な見た目で、攻撃力は低くなく高くもない。

 ゲーム内での『コスプレ』に使っていたが、今はその動きやすさで選んでいる。


 戦闘プログラムを、対フィールドモンスター用に切り替えて、気軽に戦えるように変更している。驚いたのは、この世界でもスキル構成を自由に変更できたことだった。


「ッ!」

 目の前にいるのは普通の鹿(しか)だった。ニホンジカのような見た目をしており、幼い頃、祖父と一緒に狩りをした記憶が蘇った。

 掛け声も無く一閃、気合を入れながら、背後を取って首のあたりを勢い良く切り裂いた。鹿は声を上げることもなく、血を流して絶命したいた。



----


 鹿を川に放り込み、冷やすように血抜きを行う。地方によって方法は変わるだろうが、血抜きと一緒に獲物を冷やす事が重要だと、祖父からは教えられていた。肉を美味しく食べる為に必要だと、細かい理由までは知らない。


 ナイフを持っていなかったので、霧斬守(きりぎりす)を使って解体していく。ファンタジーな世界なら、そのくらい『ドロップしても良いじゃないか』と思ったが、ゲームのようには行かなかった。


 灰幻狼の素材はドロップしたのに? とも思ったが、肉はドロップしなかった事を思い出す。もしかしたら条件があったり、時間経過や放置しておくと、勝手にドロップする仕組みがあるのかもしれない。

 あるいは、ランダムで決まるとしたら、肉などは自力で取れるなら、取っておくべきだと思った。


「ミナヅキー。回復お願い」

 キャンプに戻り、鹿の肉を持参して帰る。解体作業で服が汚れたので、ミナヅキに頼んで回復魔法を使ってもらう。

 体力が減った訳ではないが、衣服を含めて全身を清潔に出来るので、とても便利な魔法である。


「お帰り、どうだった?」

 他愛ない会話をしつつ、肉を捌いてカレーを作っていく。野草の知識はないので、味気ないが具材は肉だけで我慢してもらう。

 キャンプセットに付属した道具で、米を炊いてカレーを作り、てきぱきと料理をしていく。


「そういえば、ミナヅキは料理はできるの?」

「……料理は苦手なの」

 意外にも、ミナヅキは料理が苦手らしい。

 短時間であるものの、お互いに打ち解けた雰囲気になっている。少なくとも、俺にはそう思えたが、気持ちを敏感に察するほど洞察力は高くない。


「美味しい。野生の(けもの)って、もっと臭み? があると思ってたけど、美味しいんだね」

 ミナヅキが意外そうにしながら、カレーに入れたお肉を味わっていた。少し大きめに切って、弱火でよく煮込んだので、柔らかく食べ応えのある食感が楽しめる。

 具が少ないので、少し工夫をしてみたのだ。

 二人で食事を終えた後、一緒のテントに入り、そして何事もなく一日目は過ぎていった。



----

 家庭的に思われるかもしれないが、俺は自炊は出来たし、遊び歩く為のお金を作る為に、家計に優しい方法を考えていた。矛盾することだが、無駄遣いするために、節約をしていた。

 

 インドア派ではあるものの、ずっと引きこもっていられるのは、食生活がしっかりしていたからだと思う。無職でいるあいだの半年や一年、並みの引きこもりなら体調を崩すか、極度に太ってしまうだろう。


 数年働き、数ヶ月引きこもる生活というのは、体が資本と言っても過言ではない。何を偉そうに? と思うかもしれないが、事実だから仕方ない。


「カンナって、家庭的だよね」

 朝食を食べている時に、ミナヅキに言われた。

「家庭的?」

「だって、最近はずっと、昼夜問わずログインしていたから。引きこもりかニートだと思ってた」

「確かに、引きこもりだけど、自分で稼いだお金で引きこもってたから、ニートじゃない……」


 野営(キャンプ)をしていて思うのは、テレビやパソコンがないと、娯楽が少ないことだった。今のところ、食事と会話が唯一の楽しみで、俺としてもミナヅキのような美少女と話せるのは、嬉しくもあった。

 外から見れば、俺も美少女に見えるかもしれないが、鏡を見るまでは現実逃避をしたって、許されるはずだ。我ながら、男だという自覚が強いことに驚いている。


「戻りたいと、ミナヅキは思わないの?」

 ふと気になって聞いてみた。

 ミナヅキが一瞬だけ顔を(しか)めた気がしたが、すぐに元に戻った。何か地雷を踏んでしまったのか、聞いていた範囲では、ミナヅキは満たされた生活を送っていたように思えるのに。


「カンナはどうなの?」

 スルーされて、そのまま質問が返される。


「俺は……」

 括りで言えば『俺っ娘』になるのだろうが、仕事やゲームでは『私』を使っても、素に戻ると『俺』を使ってしまう。


 一瞬だけミナヅキと目が合う。

 その視線は、どこか(すが)るように思えたが、俺の気のせいか分からない。それでも、答えは変わらない。


「戻らなくても良いかな」

 生きる上で、日本は(しがらみ)が多すぎた。まだこの世界の住人と会ったことはないし、人類を見ていないので居るかも怪しいが、それでも良かった。

 生きることは『柵と付き合うこと』ではあるが、俺は定期的に逃げる生活をしていたので、今のような生活が嬉しくもあった。

 働かなくても掛かる税金や、生きる上で必要なお金は、数年で貯めたお金を一年で散財(さんざい)できる程度には、重く()し掛かって来るものだ。


 ありえない現実で、まだ夢だと疑っているけど、むしろ感謝していた。この世界のことは知らないけれど、それでも良いと思えた。


「まだ一日目だけど、こういう生活、悪くないなって。気軽に話せる友人が居て、一緒に冒険できるなら、幸せだと思える」

「……(良かった)」

 聞き取れないくらい、小さく(つぶや)くミナヅキは、笑顔を浮かべて朝食を食べ始めた。それが、質問への答えに思えた。


「夜、燻製を作ったけど、食べる?」

 鹿肉で作った燻製をあぶって、それをミナヅキに渡す。

「美味しい」

 このひと時は、確かに幸せに感じられた。



---

 二人が、この世界の騒乱に巻き込まれて行くのは、もう少し先の話である。


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