叙文 異世界転生
面白いゲームがある。
食事や睡眠も忘れて、倒れるまで楽しんだこともあった。そんなオンラインゲーム。
事前情報では、誰もが「クソゲー」と呟く内容だった。
最高レベルのプレイヤーでも、HPが500しかないのに、ラスボスの体力は500万あるという。しかも、一撃のダメージは200前後という偏ったバランス。
誰もが、もっとマシな説明は無いのかと思った。
しかし、PVだけは面白そうだった。
ひとりの戦士が、影分身のように残像を作って戦うのだ。雄叫びをあげれば影は数を増していき、時間が経過するほど、戦士の攻撃は苛烈になっていく。
そして、影が一つとなり放たれる一撃。これがまた格好良い。
斬られるモンスターと停止したプレイヤー。BGMすら止まった光景の中に、ひとりたたずむ主人公。
最期には、渋い声優がこう言った。
――時間を奪い合え。
――オンラインゲーム『バトル・トゥ・ロブ』(battle to rob)
このゲームでは特技の組み合わせを設定し、所持している『行動権』の数によって特技が発動する。順番の決まったカードゲームに似ている。
デフォルトでは、1ターンあたり7ポイント分の行動が設定できて、有利判定……回避やクリティカルが発生すると、5ターン続く行動権を獲得できる。
その保有上限は50ポイントまで.
つまり、ひとりの人間が多くの行動権を得ることで、与えるダメージや手数を増やしていける。結果として回復役や壁役、固定砲台としての魔法使いが協力し、強大なモンスターを倒す。
ただし、面白いのはここからで、敵が多いほど味方の有利が得やすい点にある。
戦闘には二種類あって、対モンスターとプレイヤー同士の争いがあるが、どちらも少数で多数と戦った方が強くなれる仕組みになっている。
強大なボスとの戦闘でも、付随するモンスターが群がってくるほうが、戦力が上がるように調整されている。
職業はたくさんあるが、専用スキルや共通スキル、武器固有スキルなど様々な組み合わせが楽しめる。行動権も、特技によって消費する値が変化する。
それでも、何パターンかは決まった組み合わせも存在している。
例えば前衛における定石なら、一番初めに盾を持たない戦士が、凶暴化というスキルを放つ。
これは、初回のみ3秒の硬直を必要とするが、体力の倍化、行動権の消費半減など多大な恩恵を得られるスキルである。7回に1回しかセットできず、二回目からは体力のみで行動権の効果は重複しない。それでも、有用なスキルには違いなかった。
戦士系の職業が使える、共通のスキルである。
特異なことと言えば、更に二つある。
一つ目は魔法使いにはクリティカル判定がなく、行動権を増やす手段が少ないこと。そこで、前衛などの行動が余りやすい味方から、取引できるスキルがあった。
魔法使いは、味方が居なければゴミでしかない職業だが、スキルの効果で火力や継続ダメージを増やせて、波に乗ると前衛の数倍から数十倍の威力を発揮する。特技の中に、魔法の攻撃力を増加させるスキルが豊富にあるのも特徴のひとつ。
二つ目は、召喚師という職業。
これは端的に、ボスやフィールドモンスターに対して、仲間を呼ばせることが可能になる職業。
装備や特技の組み合わせによって、回復特化にも準前衛にもなれる万能職。
戦闘用のスキルは、射程範囲内にいる攻撃してきた全ての敵に反応するものが多く、最大で50体の敵と『交戦状態』を保つことが出来る。例えば「通常攻撃(消費行動2)」をセットしておくことで、有効射程内にいる交戦状態の敵に、自動で攻撃してくれる。
召喚師や回復職は、能動的な行動の消費が可能で、余った分だけ味方にヒールが可能になる。
難しい条件もあるが、味方が少数で、敵が多数であるほど有利に戦闘ができるゲーム。
それが【バトル・トゥ・ロブ】である。
その中で、私はカウンター専門である「居合いスキル」を使っている。
残念なのは、居合いスキルを好むプレイヤーが少ないこと。初心者から上級者まで、扱いの難しさから敬遠されがちな戦闘スキルであった。
なぜなら、居合いを使う場合は前述した凶暴化が使えず、体力が後衛並に低くなること。
装備で一撃を耐えるようにし、カウンター率と回避率を極限まで上げて、初めて使い物になるスキル。重量を上げすぎると回避率に影響する為、装備の選定も大変だった。
扱いづらく装備も高くつくので、ロマンスキルと成り下がっていた。
デメリットは多いが、【居合い】と相性が良いスキルが豊富にあって、遊びの幅だけは広かった。
トッププレイヤーでは特に人数が少なく、仲間を集めた大規模な戦闘では個人の熟練度が高くないと呼ばれない。呼ばれても二人は必要なく、回復役の負担が増えるので嫌われがちだった。
なぜなら、優先的に回復しないと、戦線が崩壊するのである。
救いとしては、後衛に次ぐダメージの高さから比較的ソロプレイ向きであり、見た目の格好良さはダントツなので、全く使われない訳ではなかった。
「パーティー募集します」
「君、戦闘スキルは何?」
「【居合い】です」
その一言で、チャットが一瞬だけ停滞する。
「……ごめん、他を探すわ」
どうしても、こんな声が聞こえてきてしまう。
「斧【凶暴化】の前衛です。ラスボス行きたいです」
「杖、魔法使いの後衛です。金策誘ってください」
こんな人は割とすぐ仲間を集められるし、パーティーにも誘われる。
前衛と後衛が偏っても駄目、少なすぎても駄目なゲームバランスから、プレイヤーの分布は理想に近い割合で存在していた。
「ねえ、カンナ。今日はどこに狩り行く?」
声を掛けられると、私はしばしの回想から目が覚めた。
このゲームの素晴らしさは、言葉を尽くしても語りがたい。厳密に言ってしまえば、まだ制限や例外事項はたくさんある。
「ん……、今日は昨日のアップデートで追加されたマップ……。いや、混みそうだから、どうしようか」
「攻略パーティーが多いみたいだから、今日はやめとこうよ。それに、人目に付きそうだし」
「前のミナヅキなら、迷わず突っ込んでたよね」
私こと、ゲームで使用しているキャラクターの名前は、カンナという。
画面の中心には、幼女然とした黒髪で赤目のキャラクターが居る。腰に刀を差した【侍】という職業で、居合いの達人としてトッププレイヤーに名を連ねている。
「じゃあ、普段は混んでるあそこ行く? 殿の撤退戦」
「賛成。行こうか」
私とよく遊ぶのは、ミナヅキという女性プレイヤー。彼女は召喚師という職業で、このゲームでは引く手が多い職業であるのに、二人でよく遊んでいる。
金髪でスレンダーな見た目をしていて、胸は控えめの少女。
彼女は【仕込み杖】という特殊な装備をしている。
後衛特化でも前衛特化でもなく、中途半端な性質を持つ装備で、使っている人は少ない。
【杖】として、魔法にプラス補正が掛かるが、抜刀時は【刀】という扱いになる為、居合いなどのスキルが使える。
ネットゲームである限り、ミナヅキの中身が女性だとは限らない。
そういう私は……、いや俺は……、一般的に「ネカマ」と呼ばれる女性を装う男性である。
ミナヅキは女性と公言しているが、私の場合は質問されても性別に関して答えていない。その為か、ギルドと呼ばれる集まりでは、女性であると認識されているらしい。
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このゲームも例に漏れず、ボスのような戦闘では一人よりも、ある程度は徒党を組んで戦った方が良い。
推奨としては、パーティーの限界である8人。前衛が3、中衛が3、後衛が2といった割合が理想とされている。
それでも、このゲームのユニークな所は、少数でも専用のプログラムを組むことで、極論では一人か二人でボスを倒せる。もちろん、高価なアイテムを湯水のように使う必要はあるし、崩れたら立て直すのは厳しい。
逆に、そこまで高度なプログラムは、ギルドや個人が非公開にしている事が多い。友達で教えあったり、研究するにも、協力してくれる仲間が必要になるのが大きな理由である。
オンラインゲームではあるものの、最低限の人付き合いは必要となる。オンラインゲームのボッチほど、現実よりも寂しいことはない。
生産職の知り合い、あるいは仲介してくれる友人。同じ時間帯にログインできて、目的を一緒にして助け合える仲間の存在が、なによりゲームを面白くする。
「私は【居合い】【弐式】【連鎖】で行く。後半は強めの敵意集中と自己回復付けとく。中盤は回復少なめで良いよ」
「そう。私は開幕から、敵意低下と行動余らせ気味、召喚メインで行く。戦闘スキルも入れるから、討ち漏らしてもこっちで処理しとく」
「分かった。じゃあ、行こうか」
これが、普段の会話である。
居合い・弐式・連鎖というのは、スキルや特技を組み合わせた呼び名。
序盤は居合いスキルで、カウンターや回避を狙って手数を増やす。中盤は【弐式】という自己強化・攻撃力増大の効果で爆発力を高め、後半でさらに攻撃回数を増やしていく。味方の負担を減らす為に、自己回復を織り込んである。
ミナヅキと二人で遊ぶ為、お互いのスキルを確認しながら構築した、自慢の専用プログラム。
「うりゃあああああ!」
激しくぶつかり合うボスモンスター。
落ち武者の格好をしていて、設定ではプレイヤーを道連れにしようと、地獄から蘇ったモンスターである。
強さは最高レベルで、生産用の素材が多くドロップする。程よい難易度と、金策としても優秀な為、人気が高い。
常に狩場の取り合いがある激戦区でもある。
『居合い・回避・カウンター・カウンター・カウンター・カウンター・カウンター』
カンナの戦闘ログには、膨大な数の『カウンター』表示がされる。
居合いスキルは、発動条件の一つが「相手からの攻撃」という受身なスキル。効果はカウンター率を上昇させ、発動時にダメージを与えること。
カウンターは相手からの攻撃を無効化し、反対に大ダメージを与える。
カンナは装備で四割、スキルを合わせて九割の確率でカウンターが発動する。回避率が高い装備でもあり、カウンターが失敗しても高確率で回避に発展する。
これが、居合いスキルの特徴である。
『居合い・居合い・カウンター・カウンター・カウンター・カウンター・カウンター・カウンター・カウンター・カウンター・カウンター・回避・回避』
『従者ヒコザエモン123を倒しました。従者ヒコザエモン126を倒しました』
『ミナヅキの回復、カンナの体力が400回復しました。従者が3体召喚されました』
『受け流し・カンナにダメージ53』
「カンナ、今のポイントは?」
「30になった」
「オッケー」
行動権が30を超えると、カンナのスキルは勢いを増す。前半のカウンター重視な戦い方ではなく、自分から仕掛けるスキルが増えていく。
『弐式・袈裟切り・兜割』
クリティカルヒットを狙い、手数を増やしながら、割合で攻撃力増加が発動する。そして、相手の防御を崩すための弱体攻撃も入り始める。
『連鎖・連鎖・連鎖・連鎖』
連鎖はダメージを与えると、一定確率で連続攻撃となるスキルで、最大で5連撃が可能となる。
『召喚速度増加』
ここに来て、ミナヅキの召喚速度が増加して、ボスの周囲にモンスターが絶えることなく召喚される。戦場を埋め尽くす勢いで、モンスターの最大上限を維持し続ける。
これが、このゲームの真骨頂であった。
常に有利を取り続けると、行動リソースも上限値で固定される。カウンターからの連撃が決まり、ボス以外のモンスターは一瞬で溶けていき、カウンターによって無数の影が敵を襲う。
定石にはまってしまうと、そこから抜け出すことは難しい。
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都内某所、一人の少女がディスプレイに向かって、忙しなく操作している。
歳は17歳。彼女がカンナの相方にして、ミナヅキというプレイヤーの正体。
「やっぱ、凄いな。カンナ」
学生であるものの、学校から帰ると夜遅くまでゲームを楽しんでいる。
学校では居眠りをしている事が多いが、テストでは満点に近い成績を取る為、周囲からは何も言われない。困った生徒だった。
彼女は平日に9時間、休日に至っては18時間近くを、ゲームに費やしている。
確実に廃人の領域であり、ゲーム『バトル・トゥ・ロブ』では最古参に数えられる一人である。
複数のアカウントを持っており、最近は召喚師としてひとりの少女と遊んでいる。
うっとり眺めながら、操作する手を止めることはない。
手が止まれば、精一杯の戦線が崩壊してしまう。少数ゆえに、余裕のない立ち回りが要求されている。
「ふぅ……」
気付けば、敵の体力はゼロを示していた。余韻を残して消える光と、ファンファーレが鳴り響く。
『お疲れ』
カンナからチャットが飛んできて、私も『お疲れ様』と返す。
この瞬間が、ミナヅキにとって一番の幸せだった。
「いつか、カンナとオフ会したいな」
チャットに乗せることはない呟き。
ミナヅキはしっかり、心地よいゲーム仲間という関係と、リアルでの交友を区別している。
学校では居眠りはするが、先生に起されることはあっても、叱責されることはない。むしろ「夜遅くまで、勉強してるんだね」と変な解釈をされている。
「いっそ、ゲームの中に入りたい」
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ここまでが、二人の人間のエピソード。
ここから先は、プロローグ。
物語の主人公は、カンナ。
しかし、異世界の門を開いたのは、ミナヅキという少女。
『いっそ、ゲームの中に入りたい』
一人の神様が、その呟きを聞いていた。
「君の望みを叶えてあげる」
神とも悪魔とも呼ばれ、神話の時代には天使とも呼ばれた存在が、皆本月夜という少女を見ていた。
気付けば、月夜は見知らぬ場所に居た。
「誰ですか?」
「神様」
悪戯っぽく呟くのは、背に八枚の翼を生やした薄着の少年。
混乱しつつも、前後の会話から月夜は精一杯考える。
「これは、異世界転生とか、転移ですか?」
「驚いたね。そう、物語にありがちな奴だよ」
「私の望みはあります。ですが、神様は何の為にそんな事をするのですか?」
冷静とは生ぬるい、月夜という少女は神様に問いかける。
物語にありがち? 実際に体験したら、人間はそんなに平静でいられない。
「目的を言ったら詰まらないから、言わない。けど君の望みの果てに、可能性があるんだよ」
「神様の目的に、沿わなかったらどうするのですか?」
月夜がそう質問すると、神様は微笑みかけてくる。
「娯楽のようなものだから、気にしなくていいよ」
人は超常の存在に出合った時、きっと反応が二分する。
一つは、パニックを起こして、状況を理解しない人。
一つは、無理やり状況に納得して、解決の糸口を探す人。
「もし神様なら、私の望み、分かってますよね?」
「二つとは欲深い。けど、分かってる。叶えよう」
月夜は願った。
ゲームのキャラクターになりたいと。
そして、カンナという少女と一緒に、異世界に降り立ちたいと。
「この退屈な世界にいる限り、私はきっと何も出来ずに終わる。ゲームだけが生き甲斐だった。このまま生きても、ただの女として終わる人生なら、気の許せる友人と異世界へ行きたい」
少女の呟きは消え、そして少女の世界は白く塗りつぶされた。
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「あー、だるい。何だろう? 何で俺はこんな所に」
体に違和感があった。心なしか、声が高い気がする。
体は軽いのに、頭の中が重く感じる。
視界に入るのは、一面の草原。緑の主張が激しくて、草の香りが鼻に入る。
俺はギャンブル要素が好きだった。別に賭け事が好きな訳じゃなく、運ゲー感が好きなのだ。
確率の神様という奴は、何をするか分からないから。それが堪らなく好きだった。
俺は自由に行きたい。
ろくな就労人生を歩まず、数年働いては仕事を辞めて、遊んで暮らしていた。遊び人のような生き方をしていた。
そんな状態で、女性と縁がある訳もなく、独身で30代を迎えてしまう。
就職は二回したが、四年働いては辞めてを繰り返した。貯金を切り崩しながら、一回目は半年。現在は、一年近くを無職で過ごしている。
二十歳で働きはじめて、これだけ自由に生きてきた。それでも、三十歳を迎える日には、少し寂しいと思ってしまった。
こんな生き方が許されるのは、二十代が限界かなと。決別の意味で誕生日を祝おうと思ったのを覚えている。
そして近所へ、ケーキを買いに行ったところまでは、覚えている。
「ん……」
頭が痛い。インドア派の俺が、なぜ草原にいるのだろうか。
突き抜けた空が青く、暖かい風が髪を揺らしている。
見ると、数メートル先に金髪の少女が倒れている。
外国人だろうか? 不思議と見慣れたコスプレをしていた。
「あれ?」
黒くたくましい刀剣が、手の平にあたる。実物を見るのは初めてだが、腰に刀が差してあった。
こんな物を持ち歩いていたら、軽犯罪法か銃刀法に違反してしまう。
「あの、大丈夫ですか?」
視界の端に、自分の腕が見えた。細くて綺麗な肌、まるで少女のような手。これ以上は、怖くて見れそうになかった。
思考停止して視線を逸らすと、まずは別の問題を片付ける。
「うん……、ここは……? カンナ?」
言われて俺は、その少女がミナヅキであるのに気がついた。
「君は……、ミナヅキなのか?」
「私は皆本月夜。だけどこの姿は……。ミナヅキなのかな」
取り乱した様子もなく、独り言のように呟きながら、少女は状況を整理していた。
「ゲームのキャラクターに転生した?」
「そうみたいだね」
ミナヅキは落ち着いていた。ゲーム時代と同じように、冷静に周囲を観察していた。
妄想的な内容だったが、俺達の身に起きたことを言い表すのに、これ以上ないくらい正しい表現でもあった。
ガサ。
近くで物音がする。俺もミナヅキも、揃って構えていた。
俺の手は、腰の刀に添えられている。ミナヅキも同様で、仕込み杖を抜ける体勢になっていた。
まるで、体に染み付いた癖であるかのように、流れるような動作だった。
同じことを考えたのか、横目でミナヅキと目があった。
その直後に、飛び出してくるのは巨大な狼だった。
鋭い牙と獰猛な顔つき、吐き出される息は生臭く、灰色の毛並みをしていた。
口の周りだけは黒ずんでいて、それは乾いた血の色にも見えた。
「ガァァァッァァ」
恐怖で、体が強張ってしまう。
だがそれも、一瞬だけ。
「【居合い】」
親指から人差し指、小指までを順番に、柄をゆったりと握りこむ。
体が最適な行動を作りだし、まるで刀の扱い方を『知っていた』ような、不思議な感覚がした。
目の前まで迫った狼に合わせ、刀を抜刀しながら【受け流し】を行う。
刀にダメージが行かないように重心を移動し、その側面で頑丈な牙を受けながら、ひらりと交して側面を取った。
『カウンター判定』
ふと、頭の中で思い浮かんだ言葉。
次に繰り出す一撃が、確実な致命傷になると直感が告げる。
二の太刀。
抜刀術の基本通り、初撃を受け流した後に行われる斬撃。
流れるような動きで、強大な魔物の首へ一撃が入る。
刀の銘は【居合刀 黒鋼】。
ゲームで所持していた武器だった。
最も軽量な刀剣であり、ゲーム内でも有数の攻撃力を誇った自慢の一品。
光を当てると黒く輝き、その切れ味と頑丈さには定評があった。
残心。
振り切ったままの姿で、技の余韻を残しながら静止する。
俺の頬には薄く血がついていて、避けきれなかった前足の爪が切り裂いていた
「【ヒール】」
後ろで、ミナヅキが回復魔法を唱えてくれる。
傷が無くなり、同時に服の汚れが落ちていく。狼の返り血で汚れていた衣服が、色と臭いを消していた。
「これは?」
「回復魔法には、汚れを落とす効果もあるのかな?」
血振りしながら、風切り音とともに納刀する。
カタと、金属が擦れる音が周囲にひびく。
「あ」
鞘を引き、改めて刀身を眺める。血振りをしても、血糊は残るものと聞いた事があったから。
見ると、少しだけ赤色が残っていた。
それでも、見つめていたら霞のように消えていた。手入れの必要は、なさそうだった。
「どうしたものか」
草原といっても、生えている草は数センチから、場所により1メートル程の長さがあった。
見渡す限り何もなく、どうすべきか思い浮かばなかった。
「まずは、人の住む場所でも探す?」
いくつかの懸念を頭の片隅において、ミナヅキと共に歩みを進める。
まるで長く一緒に過ごした旧友のように、軽口を挟みながら。
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