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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

まっどぴえろ

作者: にぼし

「いたっ」

少年、カンテラ・リリトはフライパンからはねた油の熱さに思わず声をあげた。


女の子と言われても疑わないその中性的な顔を歪ませ、脂肪たっぷりのベーコンを炒める。


今でこそマシにはなったものの、不器用なリリトは料理が苦手だった。


「おい、まだ出来てないのか小僧」

階段を降りる音と共にそんな野太い声が聞こえた。


「すみません、あとはベーコンのみですので」


「さっさとしろ!全く、使えない奴だ」


怒鳴りつけるのは太った中年男性、ロイ・キース。

この家の頂点に立つ男。

そんな男に、拾われ子のリリトが刃向かえる筈も無く怯えながらも朝食の準備を進めた。




家族全員が揃った朝食が始まった。

絢爛豪華な長テーブルの端でどっかりと座るロイ。その向かいに妻のメイ、隣に息子のジルフ。


もちろん家族の中に朝食を準備したリリト自身は入っていない。

ただし、少年は同じ部屋の中にある流し台の前で立っていなければならなかった。



「おいリリト、コーヒー入れろよ」


「はい、分かりました」


「それくらい気ぃ使えよな」


リリトは10歳、ジルフは12歳。たった二つしか変わらないのにジルフはあんなにも偉そうだ。


まぁ、この親を見て育ったならそんな汚れた精神を持っていても仕方ないのかもしれない。


「小僧、終わった皿はさっさと持ってけ!!」


「そうよ、朝から気分を害さないでちょうだい」


ジルフのコーヒーを持ってきたらすぐにこれだ。

リリトが作った様々な料理は、汚い食べ方ですぐになくなっていく。


汚れた皿を流し台へともっていく。力のないリリトは一気に運ぶことが出来ず、何度も往復しなければならなかった。

もちろん、それを洗うのもまたリリトだ。


これが、物心ついた時からのリリトの毎朝の日課だった。





薄暗い部屋で、一人の少年が幾つもの箱を開け閉めしていた。


「食料減ってきたなぁ」

ため息を吐きつつ、リリトは部屋を後にする。

買い出しに行かなければ。

今すぐでないと晩御飯に間に合わないかもしれない。


だが、この時間にはあいつがいる。

リリトの足は重い。


買い物袋を持って玄関に向かうと、予想通りの


「おう、リリト。俺の美貌に見惚れてたか?」


そこには姿見の前でポーズをとってみせるジルフがいた。


昼を過ぎたこの時間、彼はいつもここで自分に酔いしれている。

正直なところその肥満体型に美のかけらも感じないが、立場上リリトは毎回褒めなければならなかった。


「今日も凛々しいお姿です」


顔を無理やり笑わせ、手早くジルフの自尊心を満たさせる。

そうしなければ買い出しに行くことを阻まれてしまう。




ジルフを上手くかわせたリリトは、足早に市場を歩いていた。


急いで野菜や果物、肉類を買い終え、帰路につく。




「あれ?ここどこだ」


街は入り組んでいるとはいえ、いつもと同じ道を辿っていて迷うことなどあるのだろうか。


見慣れない路地裏を少しの恐怖もあって早歩きであるいていると、前方に何かが落ちているのを見つけた。


「犬……?」


近づくと、そこには弱った様子で横になっている中型犬が。

全身が湿っているようで、綺麗とは言い難い風貌だった。


しゃがんで顔を見ると、犬も目線だけをこちらへ向けてきた。


リリトは急いでいることも忘れてじっと見つめていた。


「その子は君の犬かい?」


急に後ろから掛けられた声に驚きとっさに振り返ると、そこには真っ白い顔に赤い鼻の男。

所謂ピエロと言うやつだ。


「いえ、たまたまここで倒れているのを見つけて……」


「そうか。残念だが、この子はもう助からないよ」


「そうですか……」


リリトはピエロの残酷な宣告に心が荒れたが、誰を責めることも出来ずに視線を泳がせた。



「早く眠らせてあげよう」


そう言ってピエロが胸元から取り出したのは小さな注射器だ。


「まさか、殺すんですか!?」


行き場を失くしていた感情を今だとばかりにぶつけるリリト。


「こんなに汚れて、冷たい地面の上で死を待つ苦しみが想像できないか?」


男の低く、鋭い声からはピエロらしさが全く感じられない。

だが、その見た目との差が余計に真剣さを際立たせた。


リリトは、犬の身体と地面の間に手を入れた。

手の平と、手の甲から伝わる温度には殆ど差が無かった。


そのまま犬の身体を持ち上げて、汚れるのも構わず胸に抱きしめる。


犬はその暖かさに目を細める。


「注射、打ってください」


路地裏に少年の震えた声が響いたのち、生命は震えを止め、永遠の眠りについた。





リリトはその後、全く道に迷わずに屋敷へつくことが出来た。

何故なのかは分からない。

もしかしたら、あの犬が導いてくれたのかもしれない。

そんなことを思いながら物置の扉を開ける。


今日はもう疲れた。

少し隠れて休んでしまおう。





「寒い……」

リリトは、身体を震わせながらのそのそと起き上がる。


冷たくなった鼻を手で覆い、温めようとする。


「今、何時だろ……」


物置に放ってある時計を見ると、時計の針は7時30分を示していた。


「あ……」


晩御飯はいつも7時ぴったりに用意しなければならない。今から最速で作っても30分はかかってしまう。そうなればどんな風に罰されるか分かったものじゃない。


「でも作らなきゃ……!」


叱られるのは明白だが、作ることを放棄するよりはまだマシなはずだ。


急いで物置を飛び出し、キッチンへと走る。


そして、廊下の突き当たりを曲がったときにリリトはそれを見た。


「おじさま、おばさま……?」


これからリリトを叱る筈だったそのロイとメイ、その二人は廊下に血だまりを作っていた。


二人ともうつ伏せで倒れていて、背中には幾つもの刺された跡。

そして何より目を引いたのは斜めに刺さった包丁だった。


「うわぁぁぁ!!!!!」


リリトは叫びを上げて走った。

屋敷にこれをやった人間がまだいるかもしれない。次に狙われるのは自分かもしれない。


リリトは玄関を目指す。

ひたすら走り続ける。

やたら広い屋敷が掃除以外のときに憎く感じたのはこれが初めてだった。


途中、倒れているジルフを見つけた。

刺された跡は一つしかなく、一撃でやられたことが分かる。

彼の背中に垂直に刺さる包丁が、リリトの脳裏に焼き付いて離れなかった。



「やった……」


リリトは静まりかえった屋敷の玄関にたどり着くことが出来た。

殺人鬼がこちらへやってくる気配は感じられない。


玄関扉は音を立てないようにゆっくりあけよう。


そう思い、扉に体重をかけるために身体の向きを変えたそのときーー




目の前に、小さなピエロが嗜虐的な笑みを浮かべて立っていた。

この小説は9mm parabellum bulletさんの「mad pierrot」という曲をモチーフに書いてます。


幸せな話を聞くと、こういった不幸な話を書いて心のバランスをとろうとします。そう思うと暗いことばかり考えている自分は案外幸せに恵まれているのかなーなんて思いました。

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