茜色の二重奏
レッスンの時よりも集中できるのは、きっと、素敵な音を聞けて幸せだから。存外私は気分屋なのかもしれない。
一小節弾いてから、景色が変わった。
もう一つのバイオリンが加わって、モノクロが、茜色になる。
彼の音は透き通っていた。
私の奏でる旋律に合わせて時折入るピッツィカートが楽しそう。
ずっとこうして弾いていたい、と思った。
なんて気持ちがいいのだろう。
心の中に溜まっていた何かがすーっと抜けていくような感じがした。
クライマックスはpoco piu appassionato(少し情熱的に)に演奏する。
甘美な弦楽器の囁きに、思わずうっとりしてしまう。
そして、最後まで弾き終えて、弓を弦から離したら、どうしようもない切なさに駆られた。こんなの、経験したことがない。
「楽しかった?」
感傷に浸ってる私を現実に引き戻してくれたのは、デュオのお相手だった。
「楽しかったです。……でも、なんか切なかったです」
にわかに金木犀の香をきいた。秋の香りの中で、僅かな静寂が二人の間に訪れる。
そして、
「それが、音楽なのかもね」
こぼれ落ちた彼の言葉には、どこか重みがあった。
「二度と同じ演奏なんてできない、一瞬の輝きだからこそ、美しくて、切ないんだろうな」
その通りだ、と頷く。
「まあ、これは君と演奏をしていて思ったことなんだけどね」
切れ長の目がふわりと三日月を描いた。つられて私の口角も上がる。
「いきなり話しかけちゃってごめんなさい!」
落ち着いたところで私は声をかけた。あざといと言われてしまうかもしれないけれど、何が何でもこの人ともっと話したいと思ったから。
「こちらこそ、突然演奏させてしまってごめんね。しかも勝手に途中から入っちゃったし」
それほど素敵な音だったんだ、と言ってくれた彼の表情はあまりにも明るくて、私には少しばかり眩しかった。