【最終楽章】新しい音が聞こえる
「結果発表されたって!」
帰り際、すれ違った女性が子供に向けて声をかけていたのが聞こえた。
今までで一番いい演奏ができたとは思うけど、本選には出られないだろう。
感情的になりすぎてしまった。
だけど、別に気にしない。コンクールで勝つことはこの先に役立つけれど、目指すところは勝利じゃない。
今から帰る、と家族に連絡しようとしたとき、
「花奏ちゃん!」
先生の声がした。
「結果見た!?」
「見てません」
「どうして!?」
「いやあ、きっと載っていないと思うので」
先生はいきなり、私の手をとって走り出した。
「あれが結果。早く見て」
長い指が指している、人だかりの先の紙を見て、絶句した。
「藤井花奏……?」
何度目をこすってみても、その文字は変わらない。
「え、先生……。私、本選に出られるんですか……?」
「そうよ。このコンクールは感情的に弾く人が受かりやすい傾向にあるの。今日の花奏ちゃん、すごく素敵だったわ」
「ありがとうございます」
先生に褒められたことがすごく嬉しくて、にやけてしまう。
そしてもうひとつ、本選進出者のところに名前があった。
「高橋 真冬……」
私はこの人と戦うのか、と思うとどんな人か気になった。
「俺はまふゆじゃなくて、真冬!」
振り返ってみると、そこには『序章とロンドカプリチオーソ』を弾いた男の人がいた。
「よく読み間違えられるんだよね」
フレンドリーな感じが、誰かと似ている。
「それじゃ、本選で会おうね」
そう言うと、彼は嵐のように現れて嵐のように消えていった。
次の楽章が始まる。
奏汰さんと過ごした日々が主題の、左胸がテンポを刻む、青い色をしたさわやかな楽章が。
「先生、さようなら!」
「お疲れ様! おめでとう」
会場の自動ドアから外に出ると、冷たい風を肌に感じた。
季節は変わっている。
でも、それを悲しみだとか、別れだとか。
そういうふうにはもう思わない。
「奏汰さん」
涙を吹いて、名前を呼べば、いつだってそこに新しい音が生まれるはずだから。
私は、恋をした。
金木犀の季節に、私の全てをかけて。
ちっぽけな自分も受け入れてくれたあの音を、心のどこかで探している。
それでも私は前を向く。
今日も、相模の海は風に揺れていて、空は高く透き通っています。
そして、この世界は音楽で満ちている。
奏汰さん、そちらはどうですか。
思う存分、音楽はできていますか。
あなたのことですから、その美しい音楽でたくさんの人を喜ばせているのでしょう。
楽しそうにバイオリンを弾く姿が目に浮かびます。
駆け足だったあなたのこれからが、アンダンテでありますように。
私は絶対、夢を掴みます。
奏汰さんの思いを、音で語り継ぎます。
それでは、また会う日まで。
ーーーーーーーあなたに恋をして、幸せでした。




