止まらない感情と、思いのゆくえ
「やっぱり、奏汰さんに行ってほしくないよ」
こんな言葉で止められるはずもなくて、困らせてしまうだけとわかっていたけれど、他に何と言うべきなのかわからなかった。
「それはできないかな」
今度は、私が黙る番だ。
「もしも、米軍が本土に上陸して、東京を攻め込むようなことがあったら、きっとこの茅ヶ崎の海岸を通るだろう。」
考えてみるだけで、ぞっとした。
「それに、このままでは、沖縄に上陸されるかもしれないって、頭のいい同期が言ってた」
奏汰さんは、視線をキラキラと輝く海へと移した。
「自分の命と引き換えに、その何倍もの日本人と、故郷が守れるのなら、それでいいんだ」
なんて、悲しくて、強い覚悟なのだろう。
「奏汰さんには生きててほしいよ」
どうして、こんなに優しくて、素敵な音を奏でる人が死ななければならないのだろう。
「今までに、俺はたくさんの人に支えてもらった。音楽も、勉強も、悔いがないくらいにさせてもらえた。」
刹那に触れた奏汰さんの指先は冷たくて、少し震えていた。
あと少しで、この指は動かなくなる。
そう思うと、やるせなさが溢れてきた。
「だから俺は征くんだ。花奏ちゃんは『おめでとう』って笑ってよ」
わがままな私は、奏汰さんの希望に応えることができなくて。
「いくら守りたいものがあったとしても、そこに奏汰さんがいなければ、意味がないよ」
それどころか、たぶん彼が一番されたくないことをしていると思う。
もうとめなきゃ、と思っても感情をコントロールできない。
「寿音ちゃんも、奏汰さんのお父さんもお母さんも、お友達もみんな、あなたともっと一緒に居たいはずだよ」
「そんなの、わかってるよ!」
大きな声が響いた。
「俺だってみんなと一緒に生きていたいよ。
でも、誰もこの国のために動かなかったら、日本はどうなる? 家族はどうなる? 未来はどうなる?」
奏汰さんは一気に言い終わると、優しく笑って、私の手を両手で包みながら、もう一度話し始めた。