そんなんじゃ、わからない
「奏汰さん」
「ん?」
「また私と一緒に演奏してもらえませんか!?」
「喜んで!」
私にとっては告白のようにドキドキする申し出だったのだけれど、奏汰さんにはそう届いていないようで良かった。
彼が調弦を始めた。
私もバイオリンを準備する。
「何を弾きたい?」
「それじゃあ『タイスの瞑想曲』が弾きたいな」
タメ口で質問に答えたが、どこかたどたどしくなってしまう。
しかし、バイオリンの演奏は全くそんなことは無かった。
あたかも幼いころからお互いを知っているかのように音が重なる。
まだ二回しか合わせたことがないとは思えない。
こういうのを、「運命」と言うのではないだろうか、なんて馬鹿みたいなことを思わず思ってしまう。
人間関係が嫌だ。
みほが悪いけれど、理穂も志水もやりすぎなのでは。さっきまでとはがらりと意見が違う。
ああ、私は情けない。優柔不断かつ、卑怯だ。
それなのに奏汰さんは、私の心の不協和音を拾って、新しいメロディーを作ってくれる。
こんな人は、一生のうちになかなか出会えるものではないと、十五年しか生きてなくてもよくわかる。
「人は、一人では居られない生き物なんだよな」
と、あるバイオリニストは呟いた。
そして、今、彼は自分の楽器に何かを囁いた。
「……う」
うまく聞き取れなかったけど、私は大して気にしなかった。
だって、時は変わらずに流れていくものだと思っていたから……。
「明後日の早朝、ここを発つよ」
昨日、奏汰さんが言っていた『しばらくしたらここにはいない』という言葉を思い出した。
「そして、多分、あとしばらくしたら俺はどこにもいなくなる」
ちょっと意味がわからない。
「どういうこと」
背中に嫌な汗が伝うのがわかった。
「どういうことだろうね」
見つめ合っていた瞳が泳いだ。
「そんなんじゃ、わからないよ……」
膝が震える。
「十一月八日に、俺は死にます。
……特攻隊員として」