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『羽川こりゅう作品集』

『羽川こりゅう作品集』8.「ふとうめいな よる」

作者: 羽川こりゅう

 ぼくは そのひ、ゆうれいに なった。



 ゆうれい だから、だれも ぼくを みる ことは できない。

 きょうしつ でも いえ でも そうだ。

 しんだ ひとの つくえの うえには かびんが おかれる。

 ゆうれいに はなしかける かぞくも いない。


 ぼくは とうめい だ。



 なのに ぼくは いつもの ように、がっこうに いく。

 せんせいに なまえを よばれ なくても、ともだちに はなし かけられ なくても。

 どうしてか は じぶんでも わからない。

 もしかすると ぼくは きたい しているの かも しれない

 だれかが ぼくに きづいて くれる ことに。

 だけど やっぱり ぼくは この きょうしつには いない みたいだ。

 いても いない そんざい。


 ぼくは ゆうれい だ。



 とうめい なのは いえでも おなじだ。

 おとうさんの めにも、おかあさんの めにも、ぼくは いない。

 おとうとは ひょっとすると みえて いる の かも しれない けど、みえて いない ふりだ。

 そんな わけ だから、ぼくは もう いえに いても しかたが なかった。



 よるに なって、ぼくは こっそりと いえを でた。

 まっくらな びるの もりを ぬけて、ぼくは まちの そとに でる。

 ゆきさきは もう きまって いる。

 びるの もり よりも もっと まっくらな ところ。

 ぼくを ゆいつ とうめいに できない ばしょだ。

 ぼくは またたく まに まっくらに なった。



 ぼくは ずんずん やまみちを あるいて いく。

 まっくらにも なれて きた。

 ときどき、はの こすれる おとが する いがいは、とても しずかだ。

 ぼくは やみと ひとつに なって、あても なく のぼって いく。

 きづくと ぼくは やまの てっぺんに いた。

 そこから みえる けしきは、ほしぞらに てらされて とても きれい だった。

 


 そのとき、うしろで ちりーん と すずの なる おとが した。

 ふりかえると、とても おおきな りゅっくさっくを せおった おおおとこが たって いた。

「おい こんな じかんに なに やってるんだ」

 おおおとこには ぼくが みえる よう だった。

 でも この ひとも、いつかは ぼくを とうめいに する。

 だから、ぼくは こう こたえた。

「ぼく、ゆうれい なんだ」



 これが ぼくらの はじめての であい だった。



 それから ぼくらは たくさんの よるを ともに した。

 おじさんは、けっして ぼくを とうめいには しなかった。

 ぼくらは いっしょに やまの なかを たんけん したり、いろいろな はなしを した。

 おじさんは やまに ついて とても よく しって いた。

 きれいな けしきが みえる ばしょ。

 かわいい どうぶつが いる ところ。

 おいしい みずの わき でる いわ。

 よるは きの うえに はんもっくを かけて そこに ねた。

 おふろは どらむかんだ。

 だけど おじさんが おふろに はいって いる ところを ついに みなかった。

 ふしぎな ことに、おじさんには それでも、あさには よごれ ひとつ なかった。



 あるひ、ぼくは おじさんに きいて みた。

 おじさんは どうして この やまに いるん だろう。

 すると、おじさんは

「むすこを さがして いるんだ」

 と、おしえて くれた。

 おじさんの こどもは、ぼくと おなじ くらいの としだ そうだ。

 ひとりで やまに あそびに いって、まいごに なって しまったのだ と、おじさんは いった。

 おじさんが どうして ぼくを とうめいに しなかったのか、すこし だけ わかった きがした。



 それから なんにちか すぎた よる、 おじさんは、ぼくを とびきりの ばしょに つれて いくと いった。

 おじさんが おしえて くれた ばしょは、ほんとうに すてきな ばしょ ばかり だったので、ぼくは とても わくわくして おじさんの うしろを ついて いった。

 くねくねした ほそい やまみちを のぼったり おりたりした あと、おじさんは えがおで ふりかえった。

「さあ、この みちを すすんで ごらん」



 そこは いちめん いろとりどりの はな ばたけ だった。

 くらやみの なかを、ほたるの ぼんやりとした ひかりが とび まわって いる。

 まるで やみに まぎれた はなびらを てらすか の ようだった。

 ぼくは その うつくしい こうけいに なにも いえ なかった。



 そのとき、ぼくは きき なれた こえに よび とめ られた。

 とても やさしい、ぼくを とうめいには しない こえ。

 とたんに、ぼくは なきたく なって、その こえの ほうに かけ だした。

 おかあさんは ぼくを だき しめて、なんども あやまった。

 ぼくは、おかあさんに これまでの ことを せつめい しようと して、はっと おじさんの ことを おもい だした。

 だけど。

 おじさんは もう そこには いなかった。

 さいしょ から そこに いなかったか の ように。


 ただ すずの おと だけを のこして。


(了)



WEB文芸誌「極夜光」様 真夜中の子ども文学賞 大賞受賞作

はせがわゆりこ名義

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