九話 普通じゃない俺と暗躍する奴ら
産みの苦しみ~
~?????~
「くそっくそっくそっくそ!絶対に許さんぞあの男め~」
そこは校舎の裏側。そして先ほどから校舎の壁をひたすら悪態を吐きながら蹴り続けているのは先程勇将にやられた綾瀬川公彦である。
「何故だ、この俺の思い通りにならないことが何故こんなに起こる。何故奴は俺に跪かん。何故姫屋三姉妹は俺に傾倒せん。何故俺の思いどりに事が運ばない」
それは人が聞けば‘何を言ってんだこいつは?’というような発言だがこの男の育ちを知ればそれも解るだろう
この男は幼少よりなんでも自分の思い通りになった。欲しい物はどんな高額の物でもすぐに手に入った。様々なおいしい物もすぐに口にできた。どんな女性も彼の後ろにいる者を知れば彼に媚びへつらった。学校でも彼より家柄で勝るものはいなかった。異能が世間で認知された時も自分にすぐに異能があることが解った。
「俺は選ばれた人間だ!」
そう彼はいつからか自分をそう思うようになった。金も権力も能力も全てが神から与えられた物だと自分に言い聞かせてきた。彼の親も彼に家を継がせる為にあらゆる支援を惜しみなくしてくれた。彼の邪魔をする者は誰もいなかった今までもそしてこれからもそのはずだった、しかし・・・・。
「俺は選ばれた人間のはずなのに!」
彼が中等部に上がって三年目に入った時ある噂を聞いた。自分と同じ学年に大変な美貌と異能を持つ者が居るという。元々そんな噂は少し耳にしていたが今まであまり気にしていなかった。しかし最近ではその噂にさらに詳しいものが混ざりだした。‘なんでもあの姫屋財閥の長女らしい’‘すでにSランクに認定されている’‘その容姿は学園一’などである。興味が湧いた彼はある日その噂の女学生を見に行ってみたそしてそこでみた光景は今でも彼の目に焼き付いている。
異能訓練用施設一杯に満ちる凄まじい力の波、そしてまるで生きているかのように周囲を縦横無尽に舞い踊る稲妻でできた野球ボール程の球体、その数は百では収まらないだろうしかもその一つ一つが自身では想像もつかないような力が込められそれが完璧に制御されて宙を舞っている。美しい光景だった周りにいる彼以外の生徒も皆その光景に目を奪われている。否生徒たちが目を奪われているのはその光景ではないその光景を生み出している一人の少女に向けられている。
「綺麗・・・」
誰かが思わずそう漏らす。それはまさに幻想的な光景だった。周囲で舞い踊る雷球達が少女の手が振るわれる度にまるでほんとにそこに意思でも宿ったかのように雷球はさらに複雑に且つ一つ一つが緻密に統率されて動く。そしてそんな雷球の動きと光に合わせて彼女のブロンドの美しい髪も揺れ光に反射するように艶やかに輝く、そして集中しているのか静かに閉じた目でまるで舞うように振るわれるその腕があたかもおとぎ話の一幕のようにその場を幻想的な空間にし少女の美しさをさらに際立たせている。
「・・・・・・・」
その光景を見た瞬間彼は一瞬で心を奪われた。いや鷲掴みにされたような感覚を覚えた。あの少女が欲しい彼は今までの人生で一番強くそう思った。彼はその日家に帰ると早速父親にその旨を伝える。
「何?姫屋の所の娘が欲しいだと?」
綾瀬川公彦の父親、綾瀬川大造は書斎の机の椅子に座りながら突然部屋に入ってきた自分の息子にそう効き返す。
「そうだ、俺はあの娘が欲しい。親父も姫屋財閥との繋がりは欲しいだろう」
「確かにな、我が綾瀬川が姫屋財閥の力を手に入れれば日本どころか世界さえも手中に収めたも同然だろうな」
「だから俺があの姫屋の娘を手に入れる。その為に親父の手を貸して欲しいんだよ」
「ほう?どんなことを?」
「まず親父の方で姫屋の社長と話をつけて俺を娘の婚約者候補にでもしてくれ。あの様子ならすでに候補の1人や2人居てもおかしくないだろうがその中に俺も入れてもらえればいいだけだ。後はそこから婚約者候補として同じ学園の縁も利用して関係を深めてやるよ」
「なるほどそれに乗ってみるか。うまくその娘が手中にできたら儂にも少しおこぼれを寄越せ。どうせいつものように飼い慣らすのだろう?」
そう父親が先ほどから浮かべていた下卑た笑みにさらに深みを持たせて聞いてくる。
「今回は親父には譲れないな。あれだけの極上の女この先そう出会えるもんじゃない。アレは俺だけで楽しむ。どうせなら下の妹でも戴いたらどうだ?聞くところによると姉に負けず劣らずのモノらしいぞ。どうせ姫屋も吸収して潰す気なんだろ?」
「まあそのつもりだあの会社の力だけ戴けばあとは用がないからな、今までの会社どうよう協力的に(・・・・・・・・・・・・・・)消えて戴くよ。それにそうだな下の妹でも悪くはないかもな、以前姫屋の娘達の誕生パーティーに出た時見かける機会が合ったが確かにあれは姉とはまた違う美しさを持ちつつあった」
そう言ってニヤリと笑う顔にさらに暗さが増す。
「まあそう言う事だ任せたぜ親父、向こうもうちとの話はそう無下にはしないだろうからな」
「ああ任せておけ、お前の方も今のうちから関係を深めておけよ」
「ああわかってる。まあ見てろ今まで色んな女を落としてきたんだ、あの手の女は男の甘い言葉に簡単に転ぶもんさ、今まで振られた奴は沢山いたらしいが大方釣り合わないとかで親にでも許可が出ていなかったんだろうその点俺なら心配ないからよ」
「ではお前の方も任せるぞ」
こうして綾瀬川親子の悪巧みが進もうとしていた・・・・・しかし姫屋家の事情を知っている者が居ればこの親子の考えがいかに不毛かが解ろうとゆうものである。彼等親子の頭にはすでに姫屋家の力を我が物にしあの三姉妹を自らが好きにする未来が繰り広げられているのだろう、その妄想が決して叶うことは無いとも知らずに。
~数日後~
「何だって!話を断られた!」
父親に呼び出された書斎で父親から切り出された話の内容を来たとき公彦は反射的に父親の座る前に置かれた木製の机を両手で力一杯叩いた。
「そうだ先日姫屋の社長とあう用事が有ってなその際話を持ち掛けてみたのだが・・・・ものの見事に断られたよ考える素振りすらなかった」
「一体なぜ!?」
さらに剣幕を増して公彦は父親に尋ねる。その様子は完全に断れることは予想外という顔である。
「儂もすぐに聞き返したのだがななんでも『娘達には既に心に決めた相手がいる。私はそんな娘達の気持ちを最大限優先する』だ、そうだ」
「なんだそれは娘それも全員に既に相手が存在するだと!一体だれなんだそいつ等は!」
「儂も聞いたのだが答えては貰えなかったわ、しかしこれではこちらの思惑はかなり外れたと言わざるおえんな」
「・・・・・・・ふん」
しばらく公彦は考える素振りをしていたが急に笑みを取り戻すと不敵な笑みを浮かべて声を漏らす。
「どうした?」
「姫屋の娘に相手が居ようが居まいが関係ない奪い取ればいいだけの話だ。どこの誰かは知らないが俺がそいつより優れている所を見せれば簡単に心変わりするだろうさ」
「・・・・・・・・」
さすがに大造が疑わしい目をする。どうやら大造の方には息子程自分に対してご都合主義や選民思想は持ち合わせていないようだ。
「大丈夫なのか?万が一があれば姫屋を敵に回すことになるぞ、さすがに我が社も姫屋が相手では・・・・」
「大丈夫だ任せておけ」
そうして最初の剣幕はどこえやらという風に公彦は父親の部屋から立ち去っていく。
「・・・・・・・」
そんな息子の背中を大造は最後まで何とも言えない顔で見ていた。
それから公彦はまず自分の派閥を作った。本来派閥は高ランクの異能者が作るものである彼の異能のランクはCランク派閥を作るには力不足といえる。しかし公彦は自分の家の財力をチラつかせそれに目が眩んだ者を集めることによって自らの派閥を作った。そして高等部に上がる前には人数だけを見ればそこそこの規模の派閥が出来上がっていた。そして公彦は高等部に上がってから初めて姫屋沙織に接触したのである。
~高等部1年1学期(入学2週間目)~
「初めまして姫屋沙織殿。噂はかねがねいやそれにしても噂以上にお美しい」
「初めまして~?え~とあなたは~?」
「これは申し遅れました私は綾瀬川公彦と申します」
「ああ~確か綾瀬川の会社の~」
「おやご存知でしたか、お恥ずかしい私の父の会社など貴方のお父上の会社に比べれば吹けば飛ぶような会社でございますよ」
もしここに勇将が居れば『全然そんなこと思ってる顔じゃねえよ!』と心でツッコミを入れそうな程自信満々の顔である。
「ご謙遜を~」
沙織もこのやりとりである程度公彦の人となりを掴んだのか既に言葉の中に警戒のようなものが含まれている。もっともそれを公彦が気づく訳もなく。
「それで~一体~どのようなご用件で~」
「いや何たいした事ではありません、ただせっかく放課後にお会いしたのでこれからお食事でもいかがですかこれも何かの縁として私としましてはこれから貴方と良好な関係を築いていきたいのですよ」
初対面で初めて出会う相手に対していきなり食事に誘うことがたいしたことないとはよほどこの手に慣れているのだろう。確かに普通の相手の場合公彦の家の事を知っていれば大抵の相手は断れないだろう。しかし今回の相手である沙織はその大抵の人間に含まれない側である。だから当然・・・・・。
「すみません~この後すぐに帰らなくては~いけないので~申し訳ないですけど~」
「え?」
まさか断られるとは思ってなかったのだろう一瞬何を言われたのか理解不能という顔をして呆ける。しかしすぐに気を取り直す。
「で、では今回は諦めますが次の機会などはいかがですか?」
「考えておきますね~それでは~」
そう言うと沙織は踵を返し歩いていくその先には待ち人なのか三人の人間が立っていた。しかし公彦はその人影を確認するほどの余裕はなかった。気を取り直したように見えて実はまだかなり堪えているようだ。
「ち、まあいい次の機会には必ずモノにして見せる。一度食事に誘えれさえすればこちらのものだ。後はゆっくりあの女を俺のモノにしてやる」
それでもまだまだ余裕があるという笑みを浮かべて公彦は帰路に着いた。
しかし・・・・・。
「くそくそくそ何故こうも・・・」
そう、その後何度食事や派閥に誘おうと沙織が公彦の誘いに乗ることはなかった。言葉では通用せず、自分の取り巻きを利用したお決まりの芝居(不良に絡まれた女を助ける)も大抵の男がSランクの異能者である沙織には(物理的に)敵わない、家の力を使って強引な手段に出ようにも沙織の姫屋の家は公彦の家より遙かに大きな力を持っている為どうにもならない。
そして決定的だったのが今回の出来事である。今まで自分がどれだけ誘いをかけても見向きもしなかった姫屋沙織が新入生の入学式の日見たこともない男と傍目から見て仲が良さそうに登校してきたことに始まった。
聞けばその男は|Fランク(最底辺)の異能しか持っていなくしかもただの一般階級の出であるという。しかしいつもならそういう奴は綾瀬川の力をチラつかせるか後ろの取り巻き連中の数を見るだけで恐れて近寄らなくなるか俺に媚を売るかのどちらかになるものだがこの男は・・・・。
『あんたに何を言われようと知ったことじゃないな、俺は彼女達と一緒にいたいからここにいる。そして彼女達も俺と一緒にいたいと思ってくれているから一緒にいると信じている。俺は彼女達が望む限り一緒にいると約束した。だから彼女達が望まない限り俺は彼女達の傍を離れない絶対にだ』
などと言ってきた。この男は俺の綾瀬川の力も今俺の後ろにいる取り巻き共事もまるで恐れていない。
気に入らない。気に入らない。気に入らない。気に入らない。気に入らない。気に入らない。気に入らない。気に入らない。気に入らない。気に入らない。気に入らない。気に入らない。気に入らない。
気に入らない。俺は俺の思い通りにいかないモノが一番気に入らない。だから俺はこの男に少し教育してやることにした。少し痛い目を見ればこの男も身の程を弁えるだろうと思って、ところが・・・・。
『どうします綾瀬川センパイ後はあなた一人ですがまだやりますか?』
結果は無様な有様だった。取り巻き共は奴に何をされたのかもわからずにやられてしまった。くそ。くそ。くそ。くそ。くそ。奴はきっとなにか卑怯な手を使ったに違いない恐らく奴の後ろに居た姫屋姉妹の手を借りたに違いないあの姉妹は長女以外も次女もAランクながらSランクに匹敵する異能者らしく三女も内容は詳しくは知らないがかなり珍しい異能らしい。あの三姉妹なら何もしてないように見せかけて取り巻き共を倒すくらいやれるはずだ。この償いは必ずさせるつもりだったしかし・・・。
『な、なにが、一体なにが』
そう、そうして俺はまたしても屈辱を味わった。放課後今度は奴を一人にしてあの三姉妹から引き離した場所で今度こそ奴に身の程を教えてやるつもりだった。しかし結果はまたしてもわけもわからずに俺の取り巻き連中はやられてしました。奴はが俺にふざけた提案をしたが俺はそんなもの呑むきはない。だから俺は奴が立ち去ろうと背中を向けた時に俺の全力の異能をぶつけた、俺の異能は風使い風を使い相手に風の塊をぶつけたり風の障壁で相手の攻撃を逸らしたりできる。俺はCランクとして人一人吹き飛ばすくらい簡単にできる。風を限界まで集めればプラズマを作ることもできる。なのに・・・。
『そんな!どうしてだどうしてだどうしてだ!何故何故何故!どうして?』
奴の体には傷一つ付いてはいなかった。わからない・・・今俺の目の前で何が起こっているのか俺にはまるでわからない。奴が俺に話しかけてくる内容すら理解ができない。異能者ではない?なにを言っているのだ?結局俺には奴の言っていることは何一つ理解できなかった。分かることはただ一つこの俺にこれほどの屈辱を与えた奴だけは絶対に許さんということだけだ。奴だけではない、この俺の誘いにまったく乗ってこなかったあの姫屋の娘にも思い知らせてやらなくては、俺の方が奴より優れていると。
「どんな手段を使ってでもこの屈辱を返してやる」
「ナラバソノ力俺ガ与エテヤロウ」
「!!!」
突然俺の背後から声が聞こえたことに驚き振り返ると何もない空中から黒い穴が空きその穴の中から一人・・・いや一体の降臨者が現れた。
「き、貴様は」
こいつが降臨者だということは一目見て分かった。通常の降臨者と違って顔を隠していない、その顔は人とほぼ変わらない作りをしているがその形はまるで一枚の絵画から抜け出してきたかのように完成された造形をしている。しかし人は決定的に違う点があるそれは肌が真っ白であることとその瞳がまるで血のように赤いことである。そして全身を覆うゆったりとした純白のローブの背中から生える翼の数は12枚、それは今己の前に対峙する存在が降臨者でも最上位に位置する熾天使であることの証明だった。
「~~~~~~~!!!!!!!!」
あまりに驚愕と恐怖に声も出ない。変わりに喉からは悲鳴にもならない悲鳴が漏れる。眼前の存在から感じる己との圧倒的な程の生物としての格の違いを本能的に理解し完全に体が目の前の圧倒的上位者に対して委縮してしまって逃げることすらできない。
熾天使かつて人類が二度ほど遭遇した記録があるその規格外の能力はまったくの未知数。最初の遭遇の時は異能者が百人以上殺されそれ以上の異能者が連れ去らたという。二度目はAランク以上のの異能者十数人がかりでなんとか退けたらしいそれでも相当の被害をだしたらしいが。どう考えても自分では100%助からないそのことを俺は理性ではなく本能で理解した。
「ソウ恐レルナ、ナニモ貴様ヲドウコウスル気ハ此方ニハ無イ。私ノ名ハゼラキエル、偉大ナル我ガ主ヨリ熾天使ノ位ヲ与エラレシモノナリ」
「なん、だと」
「矮小ナルアンダーワールドノ住人ヨ、力ガ欲シクハナイカ?」
「何?」
突然俺の前に現れた自らをゼラキエルと名のる熾天使はいきなり不可解なことを言ってきた。力が欲しいか?一体何のつもりなのか。
「い、一体なんのつもりだ!?」
「無論コチラモソレナリノ目的ガ有ッテコノヨウナ提案ヲシテイル」
「目的とはなんだ!」
「・・・・イイカ貴様ガ私二喋ル言葉ハ肯定カ否定カノ二択ノミダ、コレハ提案ト言ッタガ貴様二自失拒否権ハ無イト思エ。別二コチラハナニモ貴様デナクトモイイノダ、ココデ貴様ガ断レバ貴様ヲ殺シ別ノ人間ヲ捜スダケノ事ナノダカラナ」
「うぅぅぅ」
ゼラキエルの言葉に俺は気圧されて一歩後ずさる、確かにこのゼラキエルがその気になれば俺を殺すことなどハエを殺すように簡単に行うだろう。そう納得させるだけのモノを目の前の生物は発している。
「サアドウスル?ココデ死ヌカソレトモコノ提案二乗ルカ?」
「・・・・一つだけ答えてほしい」
「ナンダ?」
「本当に力が手に入るのか?」
そう俺が質問するとゼラキエルは初めてその顔に笑みと呼べるものを浮かべた。
「アア間違イナク今貴様カラ感ジラレル力トハ比ベモノ二ナラ無イ程ノ力ガ手二入ルダロウ」
「・・・・・・」
「サア答エヲ聞コウカ」
俺の答えは・・・・・。
~秋津勇将~
「俺が主人公!!!」
「どうしたの勇にい?突然変なこと叫んだりして」
「あらま~熱でも有るのかしら~」
「勇将が変なのは今に始まったことじゃないでしょう」
沙織姉が俺の頭を良い子良い子してくれる。別に俺は熱はない。後なにげに香織の発言が胸に刺さる。
「いやなんかこの話で俺の出番が回想だけに・・・・」
「なんの話?」
「いやなんでもない気にしないでくれ」
見えざる神の存在を感じた。
「ところで、どうですか?今日は勇将の好きな物ばかりでご飯を作りましたが?」
「ああメチャクチャ美味いぜ、相変わらず・・・いやさらに腕が上がった気がするな」
「そうね~前より~ずっと美味しくなってるは~」
「うんうんすっごいよ香織お姉ちゃん、前ももう家のコックの人より腕があったのにもっと上手くなるなんて」
「もう褒めすぎですよ。でも褒めてくれるのは悪い気がしませんね。どんどんおかわりしてくださいね」
「おう、それにしても今日は誰も居ないのか?いつもなら親父さんかお袋さんの誰かが居るはずだけど?」
「確かにおかしいですね?今日はお父さんは昼間は仕事が忙しくて入学式には来れませんでしたが夜には家に居ると言っていたんですが」
「そうそう、でも今日昼間も高等部の入学式行こうとしてたんだよね」
「そうなんですか?」
「うん、香織お姉ちゃんの入学式の晴れ姿と沙織お姉ちゃんの在校生挨拶の雄姿を見るんだって仕事そっちのけで行こうとしてたよ」
そうなのか、あの親父さんは娘の事になると時々?おかしくなるからな。
「そうね~でも~その後お母様に説得されて~(物理的に)泣く泣く仕事に行ってたわ~」
相変わらずあの親父さんは娘には超甘いがそれ以上に奥さん達には逆らえないらしい。
ちなみに彼女達三姉妹はそれぞれ母親が違うが姉妹は自分以外の母親も実の母親と同じ位慕い母親達の方もそれ以上の愛情を姉妹達に返している。
「今日はお母様が居たのはなおさら運が悪かったですね。これがママや母さんならまだ何とかなったのかもしれませんが」
「そうだね母さんなら五分五分だけどママなら自分も一緒に行く~とか言いそうだよね」
「ママなら言いそうね~」
さらにちなみに三姉妹はそれぞれの母親の呼び方を三人で統一して分けている。
ママ = 長女沙織の母 姫屋杏里
お母様 = 次女香織の母 姫屋桔梗 日本人
母さん = 三女詩織の母 姫屋恵理菜 (エリアーゼ)
となる。性格の方はまんま娘達と同じだったりする。
「確かにアンならそう言うでしょうね」
すると突然食堂の入り口の方から声が返ってくる。
「お母様!」
「お母さま~」
「お母様♪」
食堂に入ってきたのは香織の実母である姫屋桔梗その人であった。香織と同じような流れるような腰まで届く黒髪を垂らし。艶やかな紫を基調とした着物に身を包んだ美女がそこにいた。容姿はやはり香織の実の母だけあり香織によく似ている、しかし香織には無い大人の色香のようなものを纏っている、それを身に着けた佇まいがその色香すら清廉なものに変えている。香織も年を取るとこうなるのかと少し想像してしまう。こちらに歩いてくる所作にすら無駄が一つもない完璧な作法である。
「お仕事は終わったんですか?」
「ええ、今日は久しぶりに娘達と過ごしたいと早めに切り上げました。ところでそのお料理はもしかして香織が作ったんですか?」
「え?ええ今日は勇将の好きな物を作る約束をしていましたので・・・・」
「そうですか」
すると桔梗さんはおもむろにテーブルに並べられている香織が作った料理をどこから取り出したのか高級そうな箸を取り出してつまんで食べる。
「・・・・・・・」
香織が少し緊張した面持ちで桔梗さんの食べるのを見つめている。俺や沙織姉や詩織もその場の空気を差して何も言わずそれを見つめる。
「・・・・・・ふむ」
それからテーブルの料理を一つずつ箸に取り口に運ぶ。しばらく目を瞑って料理を粗食していた桔梗さんは料理を飲み込むと静かに目を開けた。
「少し塩加減が薄いですね。勇将さんのような年頃の男の子ならもう少し濃い味付けの方がいいでしょう。それと食材に少し火の通りにムラがありますよ、これでは食材の食感にバランスがとれません。それと・・・」
次の瞬間香織の料理に対する指摘をどんどん並べていく。香織は完全に恐縮してしまっている。
「やっぱり香織お姉ちゃんの料理もお母様にかかったらまだまだなんだね」
「そうね~私達じゃとても悪いところなんてわからないわ~」
「まあ桔梗さんは別格だろ」
桔梗さんは華道や茶道を初めとしたあらゆる日本の作法を極めている人間国宝だったりする。料理に関しては日本料理だけではなく世界中のあらゆる料理を完璧に習得しているのだ、世界中の食通の間では姫屋桔梗の料理を食べなければ本当の料理を知れないと言われるほどである。日本に超巨大な料理学校を経営している。その他にも日本中の華道・茶道の名家の人間に指導を施すなどその仕事は多岐にわたる。
「・・・しかし」
すると香織の料理に厳しい顔で指摘していた桔梗さんが突然顔を柔らかく笑みを浮かべる。
「それでも前よりは調味料などの使い方は良くなっていました。その他にも前よりも上達が見られる所があります。なにより・・・・」
「?」
まだあるのかと香織が恐縮して下げていた顔を上げて不思議そうな顔で桔梗さんを見る。
「なにより作る人に対する気持ちが前よりとても強く感じます。料理の一つ一つからその人に食べてもらいたいという気持ちがあふれているわ。成長したわね香織」
そう言うと桔梗さんは香織の方に歩みより香織を抱きしめる。
「お母様。・・・・はい」
香織も一瞬戸惑ったがすぐに嬉しそうな顔を浮かべ桔梗さんを抱きしめ返す。
「ところで香織、今日なにか良いことでもありましたか?料理に勇将さんに対する愛情がより強くなっているけれど」
「あう、それは・・・・(照)」
香織が桔梗さんに抱きしめられた状態でなにか囁かれたの顔が真っ赤に染まる。
「お母様~私も混ぜて~」
「あ、私も私も、久しぶりにお母様に会えて私も嬉しんだからね」
すると沙織姉と詩織が我慢できなくなったのか抱き合っている桔梗さんと香織の所に混ざりにいった。
「いいわ、いらっしゃい沙織、香織」
桔梗さんはそんな二人も優しい顔でその手に迎え入れる。沙織姉と詩織を見つめるその瞳には香織に向けるのと同じ位の愛情が感じられる。
「お母様いつまで居られるのですか?」
「今回は少しだけ長く居られます。明日の夜まではここに居られるので明日のお夕飯は私が作りましょう」
「わーいやったーお母様のご飯が食べられる」
詩織がそれを聞いて飛び上がるように喜ぶ。まあ無理もあるまい、世界中の食通や富豪が大枚叩いてでも口にしたいとも言われる料理がタダで食べられるのだ。まあ身内の特権というやつだろう。正直俺も羨ましい。
「勇将さん」
「!、はい」
突然名前を呼ばれて少しびっくりしてしまった。
「明日の晩は貴方のご家族も呼んで一緒に夕食にしましょう。私も久しぶりに貴方のお母様にお会いしたいわ」
「え、そういうことなら喜んで。家の両親は引きずってでも連れてきますよ」
断る理由はない。桔梗さんの料理が食べられるのならどんなことでも苦にならない。
「ええ、私も楽しみにしています。さてそれでは香織の料理も見ましたし次は貴方達二人の料理も見せてもらいましょうか。二人ともちゃんと練習していましたね?」
「う!(×2)」
そう言われた途端二人の顔は一気に青ざめる。
「お、お母様~それはまた今度でいいんじゃないかしら~」
「そ、そうそうせっかく久しぶりに帰って来たんだからそんな事また今度にしてね」
「なにを言っているんですか久しぶりだからこそ貴方達の腕がどの程度上達したか見ないといけません。もう少ししたらあの人も帰ってきますからついでに皆でお夕飯にしましょう。その後は久しぶりに一緒にお風呂でも入りましょうか」
そう言いながら沙織姉と詩織の襟首を掴み厨房に歩いていく。
「わ、わ~い(×2)」
沙織姉と詩織は観念したのか悲壮な顔で引きずられていく。俺と香織は二人に心の中で手を合わせ健闘を祈った。
合掌×2