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『遊び人』
世界の六大陸に幅を利かせる冒険者ギルドの中でも、特にマイナーな職業の一つ。
実際に現役で同じ職業についている人間なんて、亜人も含めてついぞ顔を合わせたことがない。
冒険者になるにしても、適性が遊び人なら専門職に就かず単なる『冒険者』として歩むと選択する人の方が圧倒的に多いという、不人気であるがゆえにいっそある種のレア感もある。
冒険者仲間の中でも『遊び人』を見つけたら、現世の記憶風に表現すると山に入ったらひょっこりツチノコを見つけた、みたいな感覚に近いかもしれない。
職業選択の際には前世の知識を取り戻していたマリエッタも、適正職業が『遊び人』しかないと聞いて軽く絶望した。
前世の記憶は今生で記憶を取り戻した年齢とさしてかわらぬ十三年分しか持っていなかったマリエッタだが、前世の年が離れた兄の影響でRPG、それも当時出ていたフルCGとかではなく一昔前のドット絵のゲームにはまっていたおかげで『遊び人』という職業に関して多少の知識を持っていた。
当時プレイしていた単純でありながら奥深いゲームでは、勇者となった主人公のパーティーに属しながらも随一の突拍子もない行動をとる、使えないキャラだった。
こちとら本気で戦闘してる最中にいきなり踊りだしたり、おそらくつまらないだろうギャグを言ったり、かと思えばピンチの時に颯爽と会心の一撃を繰り出す摩訶不思議職業人。
自由に働かせるとまず役に立たず、安定性がない運重視の勇者パーティーが出来上がるという、当時まだ子供だった自分でも『なぜ、勇者のパーティーに遊び人?』と考えずにいられなかった、どう考えても色物職業こそが、何の因果か今生での職業というのだから人生とはどういう風になるかわからない。
遊び人という職業に関してもう数えきれないほどしたはずの考察を繰り返しつつ、子供たちを送り届けて本日の仕事を終了した足で、ここナナイの街にあるギルドを目指す。
ナナイは六大陸の一つ、ドーヴァンの王都から馬車で一週間ほどの位置にあるそこそこ大きな交易を主とした街で、今は年に一度の花祭りの時期なので普段よりも人通りは多くなっている。
花祭りはナナイの街中に植えられている、アーリーと呼ばれる桜によく似た白い花が咲いて散るまでを期間としている祭りのことで、期間中は街中のそこかしこに各地から集まった露店が並び、王都まで聞こえるほどの盛大な規模になる。
マリエッタも噂は知っていたが実際は予想以上に華やかで賑々しい。そこかしこで楽しそうな笑顔が絶えないものの道を歩く都度街の警邏隊を見かけるので、楽しい祭りにも厄介ごとがつきものなのだと肩を竦めた。
ふと前から歩いている警邏隊の中に見知った顔を見つけ、ひょいと眉を持ち上げる。同時にあちらも視線に気づいたらしく、こちらを向いた青髪のいかつい男がくしゃりと顔中に笑顔を浮かべた。
「おー、マリー。今日も仕事ご苦労さん」
「そちらこそお勤めご苦労様~。オーディンさん、今日は昼勤なの?」
「まあ、な。今日の夜はいつもの酒場に行くのか?」
「うん、その予定。カーズさんの料理美味しいからすっかり嵌っちゃって」
「ははっ、カーズさんもマリーが行くと売り上げが上々で助かるって言ってたぞ。今日も『あれ』やるのか?」
「んー…それはまだ未定かな」
「なんだ、もしやるならロビンのやつを連れてこうかと思ってたのによ。あいつ、お前が出るならしっぽ振って獲物持ってくぞ」
黙ってると強面のオーディンは、悪戯っぽく瞳を細めて口角を上げる。
正直警邏隊の制服を身に着けてなければどこぞのチンピラにも見える風貌をしている彼だが、中身は明るく陽気なお兄さんで、この街に来て祭りの騒動に交じって絡まれていたマリエッタを助けてくれたことから縁が出来た。
ロビンというのはその時一緒に警邏に回っていた彼の後輩で、栗色の髪に大きな亜麻色の瞳をした子犬を髣髴とさせる青年のことだ。
マリエッタよりも一つ年下ながら、身長、体重ともに彼の方が上なのに、くりっとした瞳と笑うと口元から覗く八重歯が彼を年齢よりも幼く見せていた。
可愛らしい年下の友人と、友人の持つ『獲物』を思い浮かべ、ほんの少しだけ思案する。
「そうね、今夜のお勧めに私の好物が出てたらやることにするわ」
にい、と猫みたいと称される笑い方をすれば、鳩が豆鉄砲を食ったように数度瞳を瞬かせたオーディンは、心なしか目元を淡く染めて視線を泳がせた。
いや、淡く染まったと感じたのは思い込みかもしれない。何しろ今は夕方、太陽が赤く輝きを増し、石の建築物が多いナナイの街すら赤く染め上げているのだから。
「お、おう…ロビンにはそう伝えとく。その、またあとでな」
「ん、またあとでね!」
いきなり言葉尻に覇気がなくなったオーディンに向かって手を振れば、何故か彼の周囲にいた警邏隊仲間と思しき男性たちが嬉しげに目じりを下げて振り返してくれた。
この街の警邏隊は基本三人一組で見回りに出向くようなので同じシフトなのだろう。やにの下がった仲間たちに何か一言二言言われてオーディンが拳を振り上げるのは見えたが、周囲のにぎやかさにまぎれて声までは聞こえてこない。
巨漢の拳は当たったら痛そうだと苦笑して見送っていたら、不意に肩に手を置かれ、びくっと身体が跳ね上がった。
「相変わらず無駄に愛想を振りまいてるみたいだね、エッタ」
笑い交じりの声に似合わぬ棘のある発言。
一瞬、反射的に身構えかけた身体から無駄な力を抜いて、聞きなれた毒舌と身内しか使わない呼び名にどっと疲れを感じて肩を落とす。
「いつ戻ってきたの、ジロー」
振り向き、煽げば、予想通りの顔が首を少し上げた角度で現れた。
さらさらストレートに天使の輪がぽかりと浮いたショートカットの黒髪に、こちらを見つめる片方だけの切れ長の緑の瞳。反対の瞳は端正な顔立ちを横切る黒の眼帯に遮られ、少しだけ焼けた小麦色の肌が優男風の雰囲気を払拭している。
この大陸ではまったくというほどではないがあまり見かけない亜流の和服もどきの下に黒く締まった伸縮性のズボンを身につけ、腰元の角帯に武器である刀を指した彼は、別れた時と寸分たがわぬ笑顔のまま背後にのそっと立っていた。
「今さっきだよ。───まったく、僕が一生懸命働いてる間に自分だけ他所の男と遊ぶ相談?」
「帰ってくるなりわざわざ嫌味な言い方はやめて、ジロー・カヴァン。あと暑苦しいからべったり引っ付くのもやめて」
「えー?仕事に勤しんできた僕を労わる気持ちすらないの?君が街で美味しいものを食べてる間に保存食で飢えをしのいで、お風呂に入りたいのも我慢して身体をふいてる間にまったりと湯船につかってただろう君を責めることもせず路銀を稼いできた、この僕に」
「…なんていうのかしら、もうその表現だけで労わる気持ちが吹き飛んでいく気がするのだけど。その表現だとまるで私が街で延々と遊んでたみたいじゃないの」
「僕は一言もそんなことは言ってないよ?エッタは卑屈だなぁ」
「卑屈な気分にさせてんのはどこの誰だっての」
決して人通りは少なくない、どころか賑わっている路上で引っ付き虫と化した一つ年下の幼馴染の頭に手を当て引き離そうと苦心しながら眉をひそめる。
彼は昔から口では毒舌を吐きながら、反してマリエッタにべったりとくっつくのが大好きという変わった趣味の持ち主だ。
今ではお互いにいい年なのに、油断するとどこからともなくくっつこうとする。それが人目があろうがなかろうが、自分の気が向いたら決行するという無駄に折れない信念に基づいて行動するので困りものだ。
その昔記録に残る猛暑の夏、汗疹に悩まされながらもくっついてくるジローを本気で嫌いになりかけりもしたくらい彼の行為は筋金入りだが、じろじろと無遠慮な視線に耐えられる鋼鉄の心臓を持つのも彼だけで、いつも通りマリエッタは早々に白旗を上げることにした。
「おかえり、ジロー」
「ただいま、エッタ」
無理やり引き剥がそうとしていた手を彼の頭に持っていき、ぽんぽんと軽く撫でれば、にぱっと小さな子供みたいに無邪気な笑顔で微笑んだ。
そして子供のころからの通例通りに差し出した左手で右手を握り、隣同士並んで歩き出す。
傍から見ればどこの仲良しカップルだと突っ込まんばかりの行為でも、二人の間では今更照れるような色恋交じりのものとは少し色が違う。
「それで、今回の仕事の出来はどうだったの?勇者サマ」
「ふふっ、僕がしくじるわけないでしょ」
ふわりと酷薄な唇を持ち上げて機嫌のいい笑顔を浮かべた相棒は、当然だと心なしか胸を張る。
超マイナーなツチノコ職業の『遊び人』の相棒であるところの彼は、メジャーどころか冒険者仲間でも憧れの的として視線を集め、その上ご指名で依頼が来たりする実力者の『勇者サマ』だったりした。