Change
校舎のどこにいても蝉の声が聞こえるような夏真っ盛り。
じっとしていても汗ばむような日射しと気温。
「だから夏は嫌いなんだ」
そう一人不満を垂れ流しながら、屋上へと続く階段を昇る、少女と呼ぶにはあまりにも垢抜けた格好をしている生徒がいた。
名前はチヒロ。都会のど真ん中にあるこの高校に通う2年生。
チヒロは学校が嫌いだ。
馴れ合い、傷の舐め合いばかりしているクラスメートたちも、生徒の中身を見ようとせず、外見と成績だけで人間を判断する教師たちも、毎日繰り返す将来役にたつのかさえ分からない授業も、すべてが嫌いだった。
そんなチヒロにとって地獄のようなこの場所で、唯一何も気にせずにいられる所があった。
それが屋上だ。
誰にも監視されない、何もしなくていい、ゆっくりと時間が流れている。
そんな感覚が好きだった。
そしてチヒロは今日も授業を抜け出して屋上へと向かっていた。教室は彼女には狭すぎる。息が詰まってしまうのだ。
屋上の入り口のドアを開ける。
「うわ、いい天気」
チヒロは思わず声を上げた。
雲一つない青空とはまさにこういう状態を言うのだろう、ただどこまでも青が広がっていた。
都会のど真ん中にある学校とは言え、さすがに周りは住宅ばかり。視界を遮るものはないのだ。
チヒロは駆け足で柵に近寄った。下を見ると、体育の授業中なのだろうか、男子生徒が短距離走の練習真っ最中だった。
どの学年かも分からない男子たちの声援を聞きながら、柵を背にその場に座り込んだ。
すると視界に見慣れないものがあった。いや、この場合、居た、の方が正しいだろうか。
そこには髪の毛を優しい金に染め上げた男子生徒がいた。
「…誰?」
思わず口走るチヒロ。チヒロの言葉を聞いて、その男子生徒は大きな声で笑った。
チヒロが眉間にシワを寄せ、怪訝そうな表情をしているのも気にせずに笑った。
ひとしきり笑うとその男子生徒はチヒロの方へゆっくりと歩いてくる。
「お前、変なやつだな」
にこにこ笑いながら彼はそう言った。きょとんとするチヒロ。そんなチヒロの様子を見て彼ははっとしたように言った。
「悪い悪い、質問に答えてなかったな。俺は3年の大塚ってんだ。お前は?」
彼は優しくチヒロに微笑みかける。
「えっ、先輩でしたか!すいません。私は2年の榊です!榊チヒロです!」
チヒロの答えを聞いて彼…大塚はまた、くっくっく、と笑いを噛み殺した様な笑い声を出した。
「なっ、なんですか」
大塚がまた笑ったことに不快感を覚えたのか、チヒロは頬を膨らませる。
「ごめんって!なんか可愛くてさ。」
かっ、可愛い?!
その言葉を聞いて顔がみるみるうちに赤くなり、口をパクパクさせるチヒロ。そのチヒロをみてまた微笑む大塚。はたから見ればまったく、おかしな絵面だ。
大塚の言葉で緩んだ顔を引き締めようと躍起になっているチヒロを横目に、大塚はワイシャツの胸ポケットからタバコを取り出し火を付けた。チヒロライターのカチッという着火の音で、大塚がタバコを吸い始めたことに気付いた。
「先輩って不良なんですね」
そうチヒロは言って、タバコの独特な匂いと煙に顔をしかめた。
「あれ、チヒロは吸わないの?…なんか見た目からして吸ってそうだけど。」
大塚はチヒロを上から下まで舐め回すように見る。
確かにチヒロは垢抜けている、と言うよりも、不良のような格好だ。髪の毛は赤く、毛先は傷んでいるし、スカートの丈も普通の生徒と比べればかなり短い。
「よく言われますけど…あたし、人を見た目で判断するやつ大っ嫌いなんですよね」
そこまで言ってはっとするチヒロ。これではまるで大塚に「嫌い」と言っているようなものではないか。
「い、今のは先輩が嫌いとか、そういう意味じゃなくて!」
あわてて訂正するが大塚の表情は変わらない。
「先輩あの…怒ってます?」
そう訪ねても大塚は険しい顔で柵の向こうの景色を眺めるだけだ。
また、やっちゃったかな
チヒロは幼い頃から、思ったことをすぐ口に出してしまう質だった。相手を傷つけてしまうような言葉も、考えずにポンポン口から出てしまうのだ。直さなければいけないということくらい、本人もわかってはいる。現に何度も直そうとはしたが、生まれもったものというのはそう簡単に直るものではない。ありのままの自分を押さえつけ、いい子の皮を被っているような感覚になり、息が詰まるような気さえする。チヒロはそれが嫌だった。
嫌われたっていいじゃないか。それがあたしなんだ、と決意はするものの、やはり仲良くなった人達が少しずつ離れていくのは辛いものがある。
先輩も…あたしから離れていくんだろうな…
ぼーっとそんなことを考えていた。そんなとき、不意に大塚が笑った。突然の大塚の表情の変化に、頭が追い付かないチヒロ。
「悪い悪い。怒ってねえよ。どんな反応するかなーと思ってさ。」
そう言った大塚の表情は、まさにしてやったり、というもので、いたずらをしているときの子供のそれを感じさせた。
「もう!からかわないでくださいよー。めちゃめちゃ焦ったじゃないですか!」
チヒロは安心したようにほっと息を吐く。よかった、先輩はみんなみたいに離れていかないんだ。
「でもなあ、チヒロ。思ったことをすぐ口に出すのはやめた方がいいぞ。言葉が一番人を傷つける。」
大塚は子供に諭すように言った。それが、その言葉が、チヒロの神経を逆撫でした。
「…先輩は…」
俯いているチヒロをみて、怪訝な顔をする大塚。
「先輩はっ、あたしの何がわかるんですか!あたしがそれでどれだけ悩んで、苦しんでるか、先輩にはわかるんですかっ!」
肩を震わせながら怒鳴るようにチヒロは言った。
お前にあたしの何が分かるんだ。今さっき初めて会っただけの人間に。そんな気持ちで胸が破裂しそうだった。
この先輩はどんな反応をするんだろう。謝ってくるのか、はたまた怒鳴り返してくるのか。
しかし、大塚が発した言葉は、チヒロの想像を裏切るものだった。
「わかんねえよ。知らねえよ、お前のことなんて。さっき会ったばっかりだしな。」
「…は?」
思わず声が漏れた。なんだこの人間は。今まで出会った人たちとは全く違う。今まで言われたどの言葉よりも、はっきりと耳から心に突き刺さる。それも、ダイレクトに、だ。
「あのな、チヒロ。会ったばっかりの人にお前の何がわかるかって、何もわかんねえんだよ。現にお前だって、俺の何がわかる?」
「わかり…ません…」
素直に答えるチヒロ。
「そうだろう?そんなもんなんだよ。今俺たちは、学校っていう温室みたいなぬくぬくした場所で、だらだら毎日を過ごしてる。周りのやつらはみんな、お互いがどういう人間かちゃんと知ってる。」
確かにその通りだ。何年も同じ空間で過ごせばお互いどんな人間なのかわかってくる。
「でもな、俺たちは来年にでも、あと何年後かにでも、社会で生きていかなきゃいけなくなるだろ?」
さらにつづける大塚。
「もしお前が営業の仕事にでも就いてみろ、先方は怒って取引なんかしてくれないぞ。だから、直さなきゃいけないんだ。社会には一瞬の関わりしか持たないやつがたくさんいる。その一瞬の中で、相手にいい印象を持たせるには、お前の性格はきつすぎるんだよ。」
そうかも知れない。いや、きっとそうだ。大塚の言っていることは全てが正論だ。だがそれをほいほい飲み込めるほど、チヒロは大人ではない。
「でもっ、直そうとしても直らなくてっ、こんなのあたしじゃないって、苦しくなって…」
涙が溢れ出す。泣くつもりなんかなかったのに。そう思っても涙は止まってはくれない。
「あたし、先輩みたいに大人じゃないからっ、たくさんのことっ一気に出来なくてっ、」
しゃくりを上げながらも一生懸命言いたいことを伝えようとするチヒロの頭を、大塚がぽんぽん、と優しく撫でる。
「わかるよ。俺も去年の今頃はそうだった。でもな、社会は甘くない。ありきたりな言葉だけどさ。本当の自分隠しながらじゃないと、社会じゃ生きていけないんだよ。」
「それでもな、本当の自分は忘れちゃいけねえぞ。俺はお前みたいな不器用なやつ、嫌いじゃない。ありのままのお前を必要としてくれるやつは必ずいるから。…今は理解するのが難しいかも知んないけど、お前には時間がある。変わっていける。大丈夫だ。だから泣くな。」
チヒロはわんわん泣いた。それを困ったような表情で見たあとに、優しくチヒロを抱き寄せ、背中をさすった。
「大丈夫。お前ならできるよ。大丈夫だ。」
大塚の言葉が、長年心の奥底にいてくすぶっていたチヒロの不安や痛みをゆっくりと溶かしていく。すーっと染み込んでくる。
あたしたちは確かに
たくさんたくさん
失って 妥協して
生きていかなければ
いけない時代に
生まれたのかも知れない。
それでも
やるしかないのだ。
生きていくしかないのだ。
偽りで自分を固めても
本当の自分はなくさない
そんな器用なこと
残された時間の中で
出来るようになるかなんて
そんなことは分からない
でも後戻りはできない
やるしか、ないんだ。
大塚の肩越しに青空を見上げるチヒロの瞳には、希望の光が宿っていた。
読んでいただいてありがとうございます。
本作が初投稿となるmegです☆ミ
私自身まだ高校生で
今しか書けないような話を
書きたくて投稿しました。
チヒロの悩みと私の悩みは
全く違うんですが…(笑)
それでも、悩みながら生きている
リアルな高校生を
私なりに書いたつもりです!
ただただ駄文で
申し訳ないです(笑)
気ままに作品投稿していきたいと思っているので
以後お見知りおきを。ふふ
読んでいただいて本当にありがとうございました。