恋の目覚め
意味なしオチなしです。
私には好きな人がいます。
背の高い、とてもかっこいい人です。
年は私より二つ年上です。
私達は幼馴染でお隣さんです。
「彼」は物音ひとつ立てずに私の部屋のベランダに現れます。
「模試の結果、どうだった?」
「ついにA判定」
「すげえ。九九も怪しかった奴とは思えない」
「任せなさい。春にはN高の制服姿を見せてあげる」
「大きく出たな」
「今なら何でもできる気がするの」
「俺がいるからだろ?」
「そうね」
私が勉強している間、「彼」は私のベッドに寝転んでいます。
時折目を閉じることはありますが、眠ることはありません。
じっと息を殺して、私を見守っています。
「彼」がいつ家に帰っているのかは分かりません。
明け方近くになって、私がベッドに入ろうとすると「彼」はいなくなっています。
不思議なことにそこにあるはずの「彼」の温もりはなく、その時になってやっと私は「彼」がずっと前に去ったことを知ります。
傍にいることが当たり前になりすぎて、「彼」がいなくなったことに気付きもしませんでした。
「明日はいよいよ本番だな」
「うん。緊張する」
「早く寝ろよ」
「私が眠るまで傍にいてね」
「ああ」
目が覚めると、「彼」の姿はありませんでしたが、ちっとも不安を感じませんでした。
今日で全てが終わります。
「前島さんから電話があったわ。修君、目が覚めたって!」
「うん」
「三和子?泣いてるの?」
「うん」
「三和子の合格発表日に目覚めるなんて修君らしいわね。目を開けた瞬間、『三和子の受験はどうなった?』って言ったらしいわよ」
「うん」
私は修君に会いに行きました。
修君は病院のベッドで眠っていました。
久しぶりに彼の寝顔を見た気がしました。
修君の寝顔を眺めながら、私は一年前のことを思い出しました。
私が毎晩夜遊びして、勉強なんかちっともしなかった頃です。
修君は毎晩、私を迎えに来ました。
「帰るぞ」
「どうせ徹夜するなら、家帰って勉強しろ」
「離婚?」
「甘えんな」
「寂しいなら、俺が一緒にいてやるから」
私は修君が差し出してくれた手を振り払いました。
修君が可愛い女の子と歩いていたのを見てしまったからです。
私を迎えに来た帰り道で、修君は飲酒運転の車に撥ねられました。
私のせいかもしれないし、そうでないかもしれない。
事故以来、修君は眠り続け、私は眠ることができなくなりました。
一ヶ月経ったある晩、「彼」が私の部屋にやってきました。
「彼」の姿形は修君そのものでしたが、修君は病院のベッドで眠っていましたから、「彼」は修君ではありません。
私は修君に似た「彼」と約束を交わしました。
私が修君の通う高校に合格できたら、彼は修君の起こしてくれるというものです。
受験勉強を始めた私の部屋を「彼」は毎晩のように訪れました。
「彼」を好きだと自覚したのは二ヶ月前です。
自覚したというより思い出したのです。
幼い頃の私は修君をだだ純粋に好きでした。
声や笑い方や歩き方すらも好きだったのにいつからか修君をひがむようになりました。
優等生の修君は落ちこぼれの私とは住む世界が違うと思い込んでいたのです。
「彼」があまりに修君と似ているから、私は「彼」を好きになってしまいました。
「彼」と交わしたもう一つの約束を思い出しました。
修君が目覚めたら、私は「彼」のものになるという約束です。
いつか「彼」にその約束を果たしてもらいます。
修君の瞼が微かに動きました。
そろそろ起きる時間です。
私もあなたも。
" What thou seest when thou dost wake, Do it for thy true love take. "
目覚めてお前が見たものを、まことの恋人と思いなさい。
一年間眠っていた人が目覚めた直後に話したり筆談したりするのは不可能だと思います。あくまでふぁんたじーということで。