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兄が盛大にやらかしたので尻拭いに行ったら、なぜか僕が伯爵家を継いで初恋の人と結婚することになりました

作者: NONAME
掲載日:2026/08/31

実は連載版用のストーリーなのです。

ワンカットしか出てこない大物人物がちらほら笑

いきなりぶっ飛んだ話になっているところもちらほら笑


ご愛嬌ということで、連載版を気長にお待ちいただけたら幸いと思います。

―なお、全部兄の計画だったらしい―






「レティシア・フォン・アルヴェイン! 俺は今日この場をもって、お前との婚約を破棄する!」


王都でもっとも格式高いホテル《白銀宮》の大広間に、兄の声が響き渡った。


その瞬間。


僕――ユリウス・フェアリードは、手にしていたワイングラスを落としかけた。


またか。

また兄がやった。

しかも今回は、過去最大級だ。


フェアリード伯爵家長男。

アレクシス・フェアリード。

二十四歳。

容姿端麗。

剣術優秀。

魔力量も豊富。

社交性抜群。


そして。


とにかく余計なことをする男である。


僕は幼い頃から、兄の後始末をするために生まれてきたのではないかと思うほど、彼の尻拭いをしてきた。


七歳。


兄が父の愛馬を勝手に乗り回して森で迷子になった。


兄が行きそうな場所を知っていたために捜索隊を組織したのは僕だった。


十歳。


兄が領地祭の花火魔法を勝手に改造して、領主館の屋根を半分吹き飛ばした。


職人への謝罪と修繕計画を立てたのは僕だった。


十四歳。


兄が隣領の騎士団長と賭け試合をして、なぜか橋を一本壊した。


賠償額を交渉したのも僕。


十七歳。


兄が王立魔法学院の卒業式で巨大な光竜を召喚し、式典会場の天井をぶち抜いた。


国王陛下への謝罪文を書いたのも僕だった。


ちなみに兄はその時、


『盛り上がっただろ?』


と笑っていた。

殺意を抱いたのはまちがいない。


そんな兄が、今侯爵令嬢レティシアとの婚約を王国中の貴族が見ている祝賀会で堂々と破棄宣言したのである。

僕は額を押さえた。


「……終わった」


隣にいた友人のロイド子爵令息が小声で聞く。


「何が?」


「我が家が」


「早いな」


「今回は相手がアルヴェイン侯爵家だぞ」


「名門だな」


「しかもレティシア嬢だ」


「ああ」


ロイドも黙った。

そう、問題はそこだ。


レティシア・フォン・アルヴェイン。


王妃候補に名前が挙がったことすらある才女。


美しい金髪。紫水晶のような瞳。十八歳で王立魔法学院を首席卒業。水・風・光。三属性魔法持ち。

加えて領地経営や外交にも精通している。


そして、僕の初恋の人。


くそっ…せめて解消にしとけよ。なんで破棄なんだよ。





初めて会ったのは僕が十二歳。彼女が十一歳の頃だった。

兄との婚約顔合わせで僕は付添いだった。

兄は面倒そうに欠伸をしていた。


『アレクシス様。どうぞよろしくお願いいたします』


幼いレティシアは完璧な礼をした。

兄は言った。


『堅苦しいなあ』


父が青ざめた。母が兄の脇腹を抓った。

僕は兄の後ろで頭を下げた。


『申し訳ありません』


すると、レティシアは僕を見て笑った。


『どうしてあなたが謝るのです?』


『兄ですから』


『でも、言ったのはお兄様でしょう?』


『いつものことなので』


僕が答えると彼女は少し驚いて、そしてくすくす笑った。


『変な方ですね』


その笑顔を今でも覚えている。たぶんあの瞬間だった。

僕が恋に落ちたのは。

もちろん、誰にも言わなかった。

だって兄の婚約者だから。それ以外に理由は必要なかった。


僕は次男。兄が伯爵家を継ぐ。

レティシアは兄と結婚する。

僕は適当な爵位を買うか、王宮勤めになるか、領地の補佐官になる。

そういう人生だと思っていた。





「理由をお伺いしてもよろしいですか?」


広間の中央、レティシアは静かだった。

泣いてもいない。怒ってもいない。

ただものすごく冷たい目で兄を見ている。

兄は胸を張った。


「俺は真実の愛を見つけた!」


終わった。僕は天を仰いだ。

貴族社会において政略結婚は契約だ。

好き嫌いで破棄していいものではない。

しかも両家は十年以上かけて共同事業まで進めているのだ。

レティシアが尋ねる。


「そのお相手は?」


「彼女だ!」


兄が手を差し出した。

人々がざわめく。兄の後ろから現れたのは、赤毛を一つに束ねた。背の高い女性だった。

ドレスではない。革鎧。腰に剣。肩には短弓。

見るからに冒険者だった。

女性は大きくため息を吐いた。


「アレク」


「なんだ、ミラ」


「お前……本当に言ったな」


「言った!」


「馬鹿か」


広間が静まり返る。婚約破棄宣言された男をその真実の愛らしい女性が馬鹿呼ばわりした。

僕は思わず彼女を見た。


ミラ。


その名前には聞き覚えがある。


《紅鷹のミラ》。


A級冒険者。元王国騎士。竜討伐経験あり。

平民出身ながら、貴族から護衛依頼が殺到するほどの実力者。

兄が二年前、魔獣討伐遠征へ参加した時に知り合ったと言っていた。


「で?」


レティシアが言った。


「その方と結婚なさるのですか?」


兄は一瞬黙った。


「いや」


「「「はっ?」」」


レティシア。


ミラ。


僕。


会場。


全員の声が重なった。

兄は笑った。


「俺は冒険者になる」


「……」


「爵位はいらん」


「……」


「領地もいらん」


「……」


「ミラについて大陸中を旅するのだ!」


ミラが兄の後頭部を殴った。


「勝手についてくんな!」


鈍い音。兄が床へ沈む。

静寂。

僕は目を閉じた。


父上、母上、申し訳ありません。

フェアリード家は今日終わるかもしれません。





その夜、僕は王宮別館の応接室に呼び出された。

父、母、兄、レティシア、アルヴェイン侯爵夫妻、王国宰相。なぜか第一王子までいる。

そして、僕。

嫌な予感しかしない。

父が兄を睨む。


「アレクシス」


「はい」


「説明しろ」


兄は頬を腫らしたまま答えた。


「さっき言った通りです」


「もう一度聞こう」


父の声が低くなる。


「説明しろ」


「俺は伯爵になりたくありません!」


「初めて聞いたぞ!」


「言ってなかったので!」


父が立ち上がった。母が止めた。


「あなた、落ち着いて」


「離せ! 一発殴らせろ!」


「ミラさんがもう殴ったでしょう!」


「父親分が残っている!」


僕は額を押さえた。レティシアは無表情、アルヴェイン侯爵は笑っていない。

王子だけ妙に楽しそうだ。兄が続ける。


「そもそも俺、領主向いてないでしょう?」


誰も否定しなかった。兄が僕を見る。


「ユリウスの方が向いてる」


「僕を巻き込むな」


「事実だろ」


「だからと言って婚約破棄する必要はない」


「ある」


兄が即答する。僕は眉を寄せる。


「なぜ?」


「レティシアが俺と結婚したら、お前は一生諦めるだろ」


息が止まった。部屋が静かになる。

僕は兄を見る。


「……何を」


兄がニヤリと笑った。


「ずっと好きだったもんな?」


「なっ…!!」


立ち上がった。

顔が熱い。レティシアを見ることができない。


「違っ――」


「違わない」


兄が遮る。


「レティシアが家に来る日は、いつも髪整えてた」


「……」


「お茶会の日は香水までつけてた」


「……」


「レティシアからもらった栞、十年使ってる」


「殺すぞ」


「怖っ」


兄が笑う。

レティシアが小さく呟いた。


「栞……?」


やめて、お願いだから。

今そこ拾わないで。


「十五歳の誕生日に差し上げた、青い花の?」


「そうそう!」


兄が答える。


「まだ持ってるぞ」


「兄上」


「何?」


「決闘しよう」


「嫌だ」





最悪だ。人生最悪の夜だった。

自分の初恋を十年以上隠していた想いを。

本人の前で、家族総出の王族付きで兄に暴露された。


死にたい。

僕は庭園へ逃げた。夜風が冷たい。

噴水の縁に座る。


「兄上を殺したら、爵位継承できないかな」


「できませんよ」


声がした。

振り返るとレティシアだった。


「……」


逃げたい。だが、逃げたら格好悪いので

僕は立ち上がった。


「先ほどは兄が大変失礼を」


「また謝るのですね」


昔と同じ言葉。胸が痛む。


「兄ですから」


「幼いの頃から変わりませんね」


レティシアは僕の隣に座った。


「……婚約破棄の件」


僕は言う。


「本当に申し訳ありません」


「悲しいと思います?」


「え?」


「私がアレクシス様を愛していたと思っていますか?」


答えられない。レティシアは噴水を見る。


「アレクシス様とは政略婚約でした」


「……」


「嫌いではありませんよ?」


少し笑う。


「面白い方だとは思います」


「それは随分優しい評価ですね」


「ただ」


彼女は僕を見る。


「夫にしたいと思ったことは、一度もありません」


胸が跳ねた。期待するな。そう自分へ言い聞かせる。


「では……婚約破棄は」


「腹は立っています」


即答。


「公衆の面前で言う必要はありませんもの」


「ごもっともです」


「あとで魔法を一発撃ってもよろしいでしょうか」


「止めません」


「ありがとうございます」


少し二人で笑う。

やがて彼女が言った。


「ユリウス様」


「はい」


「栞」


「……」


「まだ使ってくださっているのですか」


来た。避けたかった話題。


「……はい」


「十年前のものですよ」


「丈夫なので」


「紙製です」


「物持ちがいいんです」


「色が褪せていたでしょう」


「保存魔法で…」


「そこまで…ユリウス様」


「はい」


「私を好きなのですか?」


死んだ。完全に死んだ。





僕は妖精を見ることができる。

それは誰にも言っていない秘密だった。

フェアリード伯爵家には古い伝承がある。


《初代当主は妖精王の娘を娶った》


子供向けのお伽噺で、誰も本気にしていない。けれど、これ実は本当の話。

フェアリード家には、今も妖精王の血が流れている。

ただしその血が強く表れる者は稀で直近では、曾祖父には表れたという。

祖父、父には出ず、兄には表れず、僕に出た。

生まれた時から妖精たちが見えた。

花の妖精。水の妖精。風の妖精。火の妖精。

彼らはよく話しかけてくる。

でも僕はそれを両親に伝えたことはない。兄にも言ってない。


『ユリウスー』


今も噴水の縁に小さな水妖精が顔を出す。


『好きって言えー』


黙れ。


『好きって言えー』


頼むから黙って。


『レティシア好きー』


水妖精がくるくる回る。

僕は心の中で必死に追い払う。

するとレティシアが首を傾げた。


「どうされました?」


「いえ」


「顔が赤いです」


「寒いので」


「逆では?」


逃げられない。僕は覚悟を決めた。


「……好きです」


風が止まった気がした。


「ずっと」


レティシアを見る。


「十二歳の時から」


「……」


「けれど、兄の婚約者でした」


「はい」


「だから、何かを望んだことはありません」


これは本当だ。


「兄から奪いたいと思ったこともない」


「……」


「ただ」


息を吐く。


「幸せになってほしかった」


レティシアの瞳が揺れる。


「それだけです」


長い沈黙。やがて彼女が。少し困ったように笑った。


「え?」


「そんなことを言われたら」


手が重なる。

レティシアの指が僕の指に触れている。


「私も言わなくてはいけないでしょう?」


「何を」


「ずっと」


彼女が頬を染める。


「あなたが、好きでした」


僕はたぶん人生で一番。

間抜けな顔をした。





翌朝、兄を殴った。


「痛い!」


「うるさい!」


「なんで!」


「当然だろう!」


「両想いだったじゃん!」


「それとこれとは別だ!」


兄は頬を押さえながら笑う。


「よかったな」


腹が立つ。ものすごく腹が立つ。


でも。


「……ありがとう」


小さく言った。


兄の笑顔が止まる。


「何?」


「二度は言わない」


「聞こえなかった」


「殺すぞ」


「怖いなあ、次期伯爵様は」


「……何?」


兄がにやにやする。

嫌な予感がした。扉が開く。

父が入ってきた。


「ユリウス」


「はい」


「アレクシスが継承権を正式に放棄した」


「……」


「今日からお前が後継者だ」


僕は兄を見る。

兄は親指を立てた。


「ユリウス、実は妖精が見えているだろう?」


「なっ…!」


「お兄さまにはなんでもお見通しなんだ」


父をチラリと見る。


「自ら明かしてもらえないのは親としてさみしいもんだが、事実ならばお前が次期当主となるのは当然の権利だ」


兄がニヤニヤしている。

なんかムカついたから殴った。





そこからあれよあれと人生が一気に変わった。

伯爵家後継者として、領地経営、王宮会議、社交、騎士団管理、外交。

でもなぜか既にスムーズにできた。

兄の尻拭いで十年以上やっていたから。

父が書類を見る。


「……完璧だ」


「ありがとうございます」


「橋の修繕予算まで?」


「兄が壊した時、地盤調査しました」


「北部森林の魔獣対策は」


「兄が巨大猪を追い込んで村を半壊させた時に、防壁計画を作りました」


「外交商談は」


「兄が酒場で隣国商人と揉めた時に仲裁しました」


父が沈黙。


「……アレクシス」


「何?」


「お前」


父が兄を見る。


「もしかしてユリウスを育てるためにわざとやっていたのか?」


兄は胸を張った。


「違います!」


「そこは違うのか!」


「全部普通にやらかしました!」


「威張るな!」





ただ一つだけ。予想外の問題が起きた。

僕の妖精王の血だ。後継者として、フェアリード家の継承儀式を行った日。

領地中心部にある古代樹へ手を触れた瞬間。世界が光に包まれた。


『やっと来た』


人間ではない声。

目を開くとそこは夜でも昼でもない森。

数えきれない光。花。蝶。そして、巨大な白銀の樹。

その前に一人の男が立っていた。長い銀髪。緑の瞳。耳が尖っている。


『我が子よ』


「……誰ですか」


『妖精王エルディオン』


僕は固まった。


『正確には、お前の祖先の祖父くらい』


「なんか、急に距離がちょっとだけ近くなりましたね」


妖精王は笑った。


『フェアリードの血で、ここまで濃く我が力を受け継いだ者は数百年ぶりだ』


「困ります」


『なぜ』


「仕事が増えそうなので」


妖精王が笑い出した。


『面白い』


「笑い事ではありません」


『では祝福を与えよう』


嫌な予感。


『お前に精霊契約の王権を』


「いりません」


『即答するな』


「兄で慣れています。余計な力は余計な事件を呼びます」


妖精王が笑う。


『お前の兄も惜しいがな。』


「え?」


『あやつも見えておる。見えておるが、拒否しおった』


拒否?そんなことできるの?


『恋は盲目とかいうやつだな。ではお前の大切な人を守る程度でどうだ?』


「それならばいただきます」


『即答だな』





その判断はどうやら正しかった。

半年後、レティシアが誘拐された。

犯人はフェアリード伯爵家の継承に反対する分家だった。


僕が後継者になったことで自分たちの影響力が失われることを恐れたらしい。

レティシアを人質に僕へ継承権放棄を迫った。


森の廃砦に二十人以上の傭兵。魔術師五人。レティシアは魔封じの鎖で拘束されていた。


「ユリウス!」


レティシアが叫ぶ。敵の男が笑う。


「伯爵家後継者様。武器を捨てろ」


「分かった」


「継承放棄文書へ署名しろ」


「それは嫌です」


「女がどうなってもいいのか!」


剣がレティシアの首に当たる。

僕は息を吐く。


「一つ」


「何だ」


「勘違いしています」


「何?」


僕は手を上げた。風が止まる。森が静まる。そして呼ぶ。


「おいで」


瞬間、世界が鳴った。木々が動き、空から光が降る。水が地面から湧き出す。火の蝶が数千と舞う。数万の妖精たちだ。

傭兵たちが悲鳴を上げた。


「な、なんだこれは!」


僕の髪が風に揺れる。普段は前髪で隠れている顔。


母に『目立つからなるべく隠しなさい』と言われ続けた。

妖精王の血を濃く引く者は外見にも特徴が出る。

金とも銀ともつかない髪。翠玉の瞳。

人間離れした顔立ち。


昔から僕はそれが嫌で髪を伸ばして隠していた。

レティシアを傷つけるなら隠す必要などない。


「彼女を離せ」


魔力が森を覆う。傭兵の剣が粉々に砕けた。


「僕が後継者な理由をお分かりいただけただろうか。」





後日、王都の新聞は大変なことになった。


《フェアリード伯爵家次男、実は絶世の美青年》


やめてほしい。


《妖精王の再来か》


やめて。


《令嬢たち卒倒》


本当にやめろ。僕は新聞を丸めた。

レティシアが笑う。


「人気者ですね」


「嬉しくありません」


「婚約希望が諸外国を含めて100件以上届いたとか」


「全部断りました」


「あら、どうして?」


意地悪な笑顔。僕は彼女を見る。


「分かっているでしょう」


「うふふ。言葉にしていただきたいのです」


最近、レティシアは少し意地悪だ。


「好きな人がいます」


「誰でしょう」


「あなたです」


「まあ」


満足そうに笑う。


くそぉ、可愛い。


やはり初恋は恐ろしい。





その頃の兄は、本当に冒険者になった。


「行ってきまーす!」


ある朝、大きな荷物を背負って。

ミラのパーティーに勝手に参加した。

ミラは最後まで渋っていた。


「坊ちゃん冒険者なんて足手まといだ」


「俺、結構強いよ?」


「飯作れるか」


「焼くくらいなら」


「洗濯」


「したことない」


「野宿」


「楽しそう!」


「帰れ」


「嫌だ!」


それから半年。兄から手紙が届いた。


『ユリウスへ。


元気か。


俺は今、南大陸にいる。


昨日サソリに刺された。


ミラに毒吸ってもらった。


結婚したいって言ったら断られた。


でも諦めない。


追伸。


伯爵頑張れ。なにかあったら妖精に伝えろ笑。まぁ結婚するまで俺は絶対戻らん。』


僕は手紙を暖炉へ投げようとした。

レティシアが止めた。


「残しておきましょう」


「なぜ」


「面白いので」


「僕にとっては頭痛の種です」





一年後。


僕はフェアリード伯爵を継いだ。

父は引退して、ウキウキしながら母と旅行へ行った。


そして、式の日。

両親、兄は間に合わないのではと思った。

なんで家族なんだ、、、


誓いの直前。


「その誓い、待ったー!」


礼拝堂の扉が吹き飛んだ。

兄だった。


「アレクシス!静かに入ろうと言ったろう!


父と母が後ろから現れた。


「ごめん!」


その後ろにはミラがいた。呆れた顔をしていたが左手の薬指に指輪が見えた。

兄が満面の笑み。


「俺も結婚した!だから、合同結婚式だ!


「……え」


ミラが兄の頭を叩く。


「まだ婚約だ気だろう」


「同じようなもん!」


「違う」


「でも結婚するだろ?」


「お前が一年生き延びたらな」


「厳しい!」


兄が笑う。

僕もレティシアも豪快さに思わず笑った。





宴の途中、城のバルコニーで兄と2人。

子供の頃、よく兄の悪戯から逃げてきた場所だけど。


「兄上」


「何?」


「最初から、僕を後継者にするつもりだったんですか」


兄は夜空を見る。


「うーん。どうだかなー。半分はそうかなー。」


「半分?」


「俺が継ぎたくなかったのが半分」


「……」


「俺よりも妖精王の力が強いお前が継いだ方がいいと思ってたのが三割」


「残り二割は」


兄がふっと笑う。


「お前とレティシアをくっつけたかった」


僕は黙る。


「いつから知ってたの?」


「お見合いの日かなー」


「最初じゃないですか」


「分かりやすかったし」


「……」


「レティシアもな」


「え?」


「お前が部屋に入ってくるたびに見たことない顔してた」


知らなかった。


「だから」


兄が続ける。


「俺と結婚したら」


少しだけいつもの軽薄な笑顔が消える。


「二人とも、一生何も言わないまま、このまま見て見ぬ振りが嫌だったんだ」


胸が少し痛む。


「かわいいだろ?俺も」


兄は言う。


「伯爵になりたくなかった」


「うん」


「政略だからとレティシアと結婚する気になれなかた」


「うん」


「ミラと旅したかった」


「うん」


「お前は伯爵に向いてた」


「うん」


「だから」


兄が笑う。


「全部まとめて解決できないかなーと」


「それが婚約破棄という最悪の方法で?」


「派手で分かりやすいだろ?」


僕は拳を握った。


「やっぱり殴っていいですか」


「待て待て!もう殴っただろ」


追いかける。兄が逃げる。ずっとこんな感じだった。





数年後、フェアリード領は王国でもっとも豊かな土地の一つになった。

妖精と人間が共存する領地。

精霊魔法を利用した農業。

魔獣を傷つけず森へ帰す結界。

妖精たちが管理する水路。

レティシアが考案した魔法学校。


僕は伯爵として忙しい毎日を過ごしている。


そして、兄からは手紙が来る。


『ユリウスへ。


北大陸で古代竜に会った。


友達になった。


ミラに怒られた。


子供が生まれた。


女の子。


名前はエリー。


お前に似て真面目にならないよう育てたい。


追伸。


今度帰る。


竜も連れて行く。』


僕は手紙を握りしめた。


「レティシア」


「はい?」


「兄を出入り禁止にしてもいいかな」


「どうして?」


「竜を連れてくるそうです」


「まあ」


レティシアの目が輝く。


「楽しみですね」


「なぜ」


「見てみたいですもの」


「……」


嫌な予感がする。


その時、窓の外の妖精たちが騒ぎ始めた。


『来たー!』


『大きいー!』


『竜だー!』


『わーい!』



僕は目を閉じる。

早い。早すぎる。今手紙を読んだばかりなのに。

遠くから兄の声がした。


「ユリウース!」


空から巨大な古代竜。その背中で兄が手を振っている。

隣にはミラと、腕には小さな女の子がいた。


「伯爵様」


レティシアが笑う。


「どうなさいますの?」


決まっている。

幼い頃からずっと兄がやらかせば、僕が尻拭いする。

だけど今は少し違う。

僕には隣にいてくれる人がいる。

僕はレティシアの手を取った。


「まず、着陸場所を確保しよう」


「はい」


「次に王都へ報告」


「はい」


「それから兄を殴る」


「あらあら、まあまあ」


二人で笑う。


思えば兄のせいで散々な人生だった。

兄が問題を起こし。僕が片付け。

兄が壊し、僕が直し、兄が逃げ、僕が謝った。

けれど、もしあの日兄が人生最大のやらかしをしなかったら僕は今も自分の気持ちを隠していただろう。

伯爵家を継ぐこともなく妖精王の血を受け入れることもなくレティシアの手を握ることもなかった。

だから認めるのは死ぬほど腹が立つけれど。


「レティシア」


「はい?」


「僕は意外と」


空から降りてくる兄を見る。


「好きなのかもしれない。」


レティシアは僕の肩へ寄り添った。


「ええ、知っているわ」


そして笑った。


「お兄様もきっとあなたが好きよ」


「いや、まぁ、どうかな」


「ふふ」


空から兄の声。


「ユリウスー! 竜が庭に降りたいってー!」


「絶対駄目だ!」


「じゃあ屋根!」


「もっと駄目だ!」


「どこならいい!?」


「街の外へ行け!」


「あ、竜がくしゃみ――」


爆音。屋敷が揺れた。

僕は黙って目を閉じた。

レティシアが笑っている。

妖精たちも笑っている。


そして。兄も笑っている。


きっとこれからも兄はやらかす。

僕は怒る。レティシアが笑う。

ミラが兄を殴る。妖精たちは騒ぐ。

そして僕たちはそんな毎日を送っていくのだろう。


――終――

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
面白かったです! ミラになりたいww
とても楽しい物語でした。 みんな良い人でしたね! 連載版楽しみにしています。
お兄ちゃんを殴りたくなる気持ちが良くわかる(°▽°)私もこんなお兄ちゃんなら殴るわ(°▽°)良いお兄ちゃんなはずなのにやらかしすぎて殺意すら湧くっていうね(°▽°)
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