プロローグ
銀嶺の月光が、総ガラス張りの天井から静謐に滑り込んでいた。夜風に弄ばれるレースのカーテンが、寄せては返す波のように柔らかな影を床に落とす。その淡い光の粒を浴びて、室内には季節を忘れた花々が狂おしいほどに咲き誇っていた。本来ならば数日で朽ちゆくはずのそれらは、魔術的な保存を施されているかのように、瑞々しい花弁を一枚たりとも零していない。まるでこの部屋の主のために、世界が時を止めてしまったかのように。
部屋の中央。
純白の寝台の上で、一人の少女が横たわっていた。
透き通るような肌は陶器のようで、胸元のわずかな上下さえなければ精巧に作られた人形と見紛うほどに、彼女の眠りは深い。
その傍らで、一人の男が影のように佇んでいた。
彼は吸い寄せられるように指を伸ばし、少女の頬へと触れた。指先は羽毛が触れるような慎重さで、壊れものを扱うほどに切実な優しさを孕んでいる。
「……いつまで、その瞳を閉じているつもりなの」
掠れた声が静寂に溶けて消える。
返る言葉はない。
彼女の睫毛は微動だにせず、ただ月の光を反射して銀色に縁取られている。
「君に話さなければならないことが、山ほどあるんだ」
頬を撫でる手つきは、どこまでも甘やかで執着的だ。こうして体温を分かち合い、語りかけ続けることだけが、彼女を現世へと繋ぎ止める唯一の楔であると信じているかのように。
男は今夜も神への祈りではなく、目の前の「奇跡」への祈りを捧げる。
たった一つの傲慢で切実な願い。
――愛する人、もう一度だけ……その瞳に僕を映してくれないか。




