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「私を愛する」と宣言されたので、私はもう何もいたしません  作者: ましろゆきな
第二幕:沈黙の瓦解(空白の期間)

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第四話:防衛の消失

 王宮が内側から腐り落ちるのに、他国の軍勢や魔法は必要なかった。ただ「金と兵糧」という最も泥臭い血液の供給が止まるだけで、国という巨大な獣はいとも容易く餓死していく。


「何もしない」生活が三週間目に突入した頃、王宮の物理的な防衛線は、完全に消滅していた。


 その日、ジュリアンは苛立ちに任せて執務室を飛び出し、回廊を大股で歩いていた。地方からの反乱の兆しを報せる書簡(それもアリアドネが情報屋への支払いを止めたため、数日遅れで届いたものだ)を握りしめ、近衛騎士団長を怒鳴りつけようとしたのだ。


 だが、騎士団の詰め所に続く中庭は、異様なほどの静寂に包まれていた。


「……誰もいない、だと?」


 ジュリアンは呆然と足を止めた。

 かつては銀色の鎧を輝かせた精鋭たちが隙間なく並び、剣の稽古の音が響いていたはずの練兵場には、ただ土埃が舞うのみ。武器庫の扉は乱暴に開け放たれ、価値のありそうな剣や防具はあらかた持ち去られた後だった。


 そこへ、血相を変えた文官が転がり込むように駆けてきた。


「で、殿下! 城門の警備隊が、昨夜のうちに半数以上も逃亡いたしました! 残っている者たちも『これ以上給金が出ないなら、家族を養えない』と暴動寸前で……っ!」


「馬鹿なことを言うな! 王家の近衛だぞ! 忠誠心はないのか! なぜ給金が遅れている!?」


 ジュリアンの怒声に、文官は泣きそうな顔で首を振った。


「王室の特別金庫の鍵が……開きません! これまでアリアドネ様が、ご自身の采配と複数の商会からの『借り入れ』で、兵たちへの特別手当や武具の修繕費を捻出しておられたのです! アリアドネ様からの『承認のサイン』がなければ、我々には一文も動かせません!」


 ジュリアンは息を呑んだ。

 王家の威光。忠誠心。強固な防壁。彼が信じて疑わなかったそれらは、すべてアリアドネという一人の令嬢が、その細腕で泥にまみれ、各方面へ金を回し、ギリギリの均衡で構築していた「砂上の楼閣」に過ぎなかったのだ。


 彼女が「何もしない」と微笑み、ペンを置いたあの日。

 砂の城の土台はすでに崩れ去っていたのだと、ジュリアンはここに至ってようやく理解し始めた。だが、遅すぎる。


 回廊の柱の影。

 その惨状を、アリアドネは特等席から冷ややかに見下ろしていた。


「忠誠心、ですって? 飢えた腹を抱えた兵士に、愛や忠誠で城門を守れと命じるなんて。殿下は本当に、おとぎ話の住人でいらっしゃるのね」


 彼女の唇からこぼれるのは、一切の憐れみを含まない、絶対零度の嘲笑だ。


 兵士たちが持ち場を離れ、開け放たれた巨大な城門。

 それはもはや、王宮を守る盾ではない。国境を越え、怒涛の勢いで進軍してくる「真の征服者」――ヴィンセント・オルディウスを、迷うことなくこの玉座まで迎え入れるための、完璧に舗装されたレッドカーペットだった。


「さあ、殿下。防壁は消え去りました。貴方が私に与えてくださった『何もしない余暇』の、最も美しい結末が……もうそこまで来ておりますわ」


 遠く、王都の入り口の方角から、地鳴りのような馬蹄の音が響き始める。

 それは、ジュリアンにとっては破滅を告げる死神の足音であり、アリアドネにとっては、長きにわたる泥まみれの「裏方作業」の完了を祝う、最高のファンファーレだった。

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