地下鉄の最初の218秒
地下鉄の◯◯駅の改札を抜けて左に2回曲がる。
目の前にあるその、長い、長い階段をぴったり218秒かけて駆け上がったら
本来正面通路には壁しか無いはずなんだけど
不思議な扉が現れるんだって。
一目でそれだってわかるらしいよ。
その先に何があるかは、誰も知らない。
お約束だよね。
そんな話を聞いたのはいつだったか。
毎週どっかで人が死ぬギリギリの空間で、いつだって張り詰めた空気の中走り回るのは、自分の性には合っていた。
間違うことなど一度たりとも許されない一瞬一秒を駆け抜け切った夜勤明けのルーティン。
全部アドレナリンのせいだ。
「に……ひゃくっ………じゅうっ………きゅ………うっ!!!!!!」
最後の段差に到達すると同時にスマートウォッチのストップウォッチを止めて、顔をあげる。詰まる息を無視して大きく吸い込む。
ザラザラした空気を吸い込みながら腕を見るとたった一秒の誤差。
「っはー………っ…………今日も……だめ……っ……かぁ!」
夜勤明け毎のルーティン。なんとなく始めた最初は全然駆け上がれなかった。なんとなく悔しくて、それは私のちょっとした儀式になった。繰り返すうちに指定秒数より早く駆け上がる事も可能になった。
元々負けず嫌い。
運動は嫌いだったけど、思いつきで始めたソレは、夜勤明けのビンビンに張り詰め切った神経をほぐすにはちょうどよかった。
「ナニカ」を求めるほど純粋では無かったし、「ドコカ」に行きたいほど毎日が辛いわけでも無かった。
でも。
早すぎても、遅すぎてもだめ。218秒はなんとも絶妙な数字で、今ではこれが無いと家に帰ってもなんとなく落ち着かない。
だから。
トン,トンと軽く階段を降る。
少し薄暗い地下鉄への階段は、どこまでも日常の癖に少しだけ非日常で、なんだかワクワクする。
ふぅ、と息を吐く。
一晩中鳴り響くナースコールや機械の警告音に駆けずり回った体はヘトヘトだ。
フッ
短く息を吐く。
タイマーのスイッチを押す。
体は私の意思に応えて浮き上がる。
酸欠の脳が高揚感を伝えてくる。
一段、つぎは一段飛ばして。
足の筋肉が悲鳴をあげる。
ああ、きもちいい。
それは、まるでリズムだ。ドクドクうるさい心臓の音。
駆け上がる床の硬い音。
粗く刻む呼吸の音。
全部が一つのメロディになってアドレナリンでグズグズになった脳みそが歌い出す。
最後の一段を踏み締めた瞬間にタイマーを止める。
オーバーワークにチカチカする視界。
軽く頭を振ってやり過ごしてタイマーを覗き込んだ。
「………っ………ゃた…………っ」
タイマーの数字は、ぴったり218秒を示していた




