008.Chaos Dungeon
ゴブリンは、頭を強打されて気を失った三尾の狼の最後の一匹にとどめを刺した。
これにて今回の襲撃はひとまず終わりと言っていいだろう。
「ごくごく飲むのよ〜」
コアちゃんは嬉しそうに三匹の狼をダンジョンに喰わせている。
「……」
「くぅん」
傷だらけのコボルドにはスライムが寄り添っている……というか、傷口にへばりついている? 止血でもしてくれているのだろうか。
「ゴブゴブ」
「ああ、ありがとう、ゴブさん、助かったよ」
ゴブリンから果物を分けて貰って齧る。ゴブリンは果物を五つ程片手に抱えていたが貰えたのはひとつだけだった。
俺より活躍してた訳だし……もっと寄越せとは言いづらい。
「コアちゃんや」
「なぁにぃ」
「俺、さっきなんかおかしかったんだ」
「めっちゃノリノリだったよねー、選曲合ってたみたいでよかったー」
コアちゃんはDPを吸収できたからか、なんだかホクホクしている感じ。もうちょっと真剣に聞いてほしい。
「まさかシノミヤがオリジナルの詠唱で魔法を発動させるなんて驚いたねー! 誰にも教わってないのに天才ちゃんだぁ」
あれ、やっぱり魔法だったのか……そうだよな、完全に何もないところから炎がボッて灯ったんだ。
「……待って? 詠唱? あの出来損ないのその場の空気に飲まれて生まれたフロウとリリックが俺の詠唱?」
なにそれ、俺これから魔法使うたびにあの変なテンションと勢い任せのバイブスが必要なの?
魔法使えてびっくりしたとか、嬉しいとかの感情が相殺されるほどにショックなんだけど?
「イグナイトは火系統の初歩の魔法とはいえ、練習もなしに使えちゃうなんて、シノミヤのママとして胸が高いです」
「それを言うなら鼻だし、コアちゃんには鼻どころか胸もないでしょ」
球体なんだからどこが高いもない、全身同じ形のつるつるボディだ。
「俺の体って魔法使えるの?」
「そりゃあダンジョンマスターだもん。カオス生まれカオス育ち。悪いやつ大体配下でしょ」
「モンスターは確かにそうだけど」
「シノミヤもそうなんだよー、だって人喰いダンジョンと一心同体なんだから」
「……」
いつもと変わらないコアちゃんの話し方に背筋がゾッとする。
確かに、ダンジョンは人類の敵で、俺たちは生き残るためにこの先、動物だけでなく人間を誘い込み、時に罠に嵌めて、時にモンスターに襲わせて命を奪い喰らわねばならない。
それがダンジョンだから。そして、ダンジョンコアに選ばれたダンジョンマスターである俺もまたダンジョンから力を得ている。
マスターであり、俺もまたダンジョンなのだ。
「カオスの眷属、か。少し考えが甘かったな」
「どしたん? 話聞こか?」
「……大丈夫。さっきの自分がイカレてたんじゃなくて、元からイカレてたってだけだから」
無意識に音楽に乗せられて口ずさんでいた魔法の言葉。無自覚な詠唱、敵対者に対する殺意。
この体は産まれた時から命を奪い、他者を蹂躙し、我儘を通すために存在していたのだと自覚する。
自覚ができたのならば、問題はない。
「詠唱方法はどうにかならないかな?」
そういうモノに生まれたのなら、そう生きるだけなのだから。
「えー、独自詠唱格好いいのに」
「あんな長いの戦闘中に使えないよ、もっと使い易くしたい。魔法のこと教えてくれる?」
「うーん……わからないことも多いし、それはそれで調べておくから、先にDPの使い道どうするか決めない?」
またコアちゃんでもすぐには引っ張り出せない知識ってやつか。
身体能力の確認も少ししかできていないし……俺が急ぎすぎなのだろうか。
「そうだね、DPの使い方ならもう決めてあるよ」
「マジ!? またシノミヤの悪知恵炸裂しちゃう?」
「言い方。今回はリセットだ」
「はへ?」
そう、リセットだ。
幸いにもコボルドが軽い怪我を負った程度で今回は狼三匹の襲撃を撃退し、DPを稼ぐことができた。
とはいえ、問題だらけでしかなかった。
いきなり巨大ニワトリなんて化け物みたいなやつに出会ったせいで、恐怖心から作った壁トラップは今回、スライムを隠しておくことにしか役立っていない。
戦略ミスだ。あのトラップは作るにしても、もっとダンジョンが広がってからにすべきだった。
「初心に帰って、扉をつけよう」
やはり、ダンジョンの入口からコアまで直通というのはよくない。
土壁と新しい壁でコアちゃんが外から見えにくくしたが、不完全。しかも、万が一今のこの洞穴を人間が見たら一発で何かあると気付かれる。
何もない洞穴の入り口に積まれた土壁、天井から生えたアシンメトリーでシャープな壁。違和感の塊だ。
「コアちゃん、まずはこの洞穴の一番奥を隠し扉で埋めよう。入口の土壁も全部素材にしていい。新しく作った壁も外していい。一度、本当に何もないただの洞穴に戻すんだ」
コアちゃんを完全に隠し、獣に見つからないようにする。完全に塞がないことで今のコアちゃんは無自覚に脅威を吸引している。
だから完全に引きこもる。DP稼ぎは洞穴の外でゴブリンたちに獲物を探してもらう。
毎日命の危機に瀕するくらいなら、塵のような収入でも安全に積み重ねる方がいい。
少しずつ集めたDPでモンスターを増やしていこう。
それから、入口にドアをつけるのも一旦辞めだ。入口にドアなんてつけたら人間が見れば調べに入ってくるだろう。
鍵ができない以上、入られたら即コアを壊される。
だったら、はじめから何もない洞穴と思って通り過ぎて貰う方がいい。
「素材とDP注ぎ込めば隠し扉一枚なら創れるよね? 見た目はダンジョンの壁と同じ普通の土と石の壁でいいんだ。開閉スイッチは外側は天井に、内側は横壁につけて、スイッチを押すだけで開閉できる単純なものでいい。できるかな?」
戦略にミスがあったのならばいくらでも変えていけばいい。
失敗は糧だ。考えつく限りの試行錯誤をして、格好悪くとも生き汚くとも生き残ってやる。
「そこらの壁と同じ見た目で、そんな簡単な仕掛けでいいなら……土壁二枚分の素材に、リセット分の壁の素材をDPに戻して……それから狼さんたちのDPで……うん、それならいけそう!」
「さっそく頼む」
「おっけー」
ごごご、と音を立ててダンジョンが蠢く。
初日から作ってきた土壁は姿を消し、新しく作った壁トラップも消え、ダンジョンの奥、三分の一ほどのスペースの前に最奥の壁とほぼ同じ壁——隠し扉が設置された。
本来の最奥の壁との違いは、ニワトリにつけられた爪痕の有無だけだ。
これで我がダンジョンは、広さはそのままに、実質二部屋構造となる。
ただの洞穴の奥に、隠された洞穴があるだけの最弱ダンジョンの誕生だ。
「これからも俺たちには地味で地道な作業や狩りが待っている。けれど、やり遂げよう。仲間を増やし効率を上げていこう。これは後退じゃない、新しい俺たちの生存戦略だ」
スライムに、スライムに介抱されているコボルドに、果実を頬張っているゴブリンに。
そして、このダンジョンで最もカオスなダンジョンコアに宣言する。
「強くなるぞ」
「おー!」
コアちゃんの声に呼応して、モンスターズも拳を突き上げた。スライムは触手みたいだった。




