007.対三尾の狼
洞穴の入口、左右の土壁の間、中央を真っ直ぐ走り抜け、アシンメトリーに天井から生えた壁を潜って壁の内側へ。
「コボさん、耐えられそ?」
「きゃうん!」
「うん、ごめん……戻って来て!」
ワンチャンあるかと思ったがやはりコボルドには三尾の狼三匹の相手は無理っぽい。
コボルドが尻尾を丸めてすごい悲しそうな表情でダンジョンに駆け込んでくる。正直すまんかった。
対する狼たちはそれを見て大人しくしていてくれるはずもない。コボルドの後ろを追いかけダンジョンへと向かってくる。軽やかで俊敏な狼たちは落とし穴にはまってくれるはずもなく、脅威は群れを成してやってくる。
「コボさん、はやく内側に!」
「わう」
コボルドが四足歩行で入口の土壁を通り抜けてこちら側へ駆け抜ける。
その後ろについて来て狼たちは、土壁に妨げられて一匹ずつダンジョンへと侵入してくる。
これで、僅かにだがコボルドが反転して戦闘態勢を取るのに間に合った。
「近づいてくるな!」
先頭で入って来た狼に対して俺は中腰になって長めの硬い棒を横に振り回して狼の足元を掬えないかと立ち回る。
本当なら大型動物相手にする筈の壁が最早邪魔まである——とまでは言わない。少なくとも、狼が飛びかかってくる心配だけはない。
それだけで心強い、この半端に突き出た壁が頭を守ってくれる。少なくとも一撃で死にはしない。
「かといって、決め手もない」
相手が一匹の内はいい、俺が棒で足止めできる。二匹になった。コボルドが吠え、一匹の注意を引いて睨み合い、時に前足で互いにやり合ってくれている。
しかし、そこに三匹目が加われば俺とコボルドではどうしようもない。スライムはべとべとしているだけだ。
壁の内側で。
「スラさん!」
「……!!」
俺の合図で壁の内側に貼り付けたスライムがドロリと溶けて、壁の下を抜けようとしていた三匹目の狼の頭の上に降り掛かる。
「ギャウンッ!」
吠えたのはコボルドではない。うちのコボルドはそんな渋く吠えられない。スライムに体の半分を飲み込まれた三匹目の狼が呻いているのだ。
壁が邪魔?
敵にとってはそうだろう、見えないところから奇襲を受けることになるのだから。
「これでそれぞれ一対一、頼むぞモンスターズ!」
「……!!」
「わんわん!」
「ガルルルルッ!!」
呼応する配下のダンジョンモンスターズに負けじと俺と対峙する狼が喉を鳴らし、凶暴な牙を見せる。
「おお、怖い怖い」
一対一、誰かが抜かれればお終い。絶体絶命。
だけどな、俺の仲間はまだ居るんだよ。
「コアちゃん! なんでもいい! こいつらが怯むような爆音を頼む! 爆発系の!」
「ええっ!? 急に言われてもそんな音源ダウンロードしてないよっ! あわあわ……」
訂正、これ以上の増援は望めない。
「くっ、ゴブさんを採取に行かせるんじゃなかったか」
「こ、こんなんでいいかなぁ!?」
俺の後悔、それを後押しするドゥン……ドゥン……と鳴り響く重低音、踊り出したくなるクラブミュージック。
鼓膜震わせ、腹の内を揺らすような空気の振動、背後から煌めくプリズムはまさにミラーボール。
決戦の舞台はまさにダンスの舞台。奮戦の部隊を鼓舞してまさにやりたい放題。
イカれたサウンドで焚き付ける妨害。イカしたシャイニング輝き頂戴。
「ギャウンッ!」
「ギャインッ!」
ピカピカと不定期に突き刺さる一方的な光の砲台。爆音で劈く、ビビれ狼。
嘘だろ、まさか効いてる?
コアちゃんのソウルビートに慄いてる?
ドゥン……ドゥドゥン……
「洞に low end.
腹の底まで震動
狼たちの鼓膜 shake して limb が freeze mode
壁の影じゃ シノミヤとスライムとコボルド
肩寄せ戦線維持 三者連動
息を呑む瞬間 空気は 緊張
けれどビートが割り込めば 戦況すら 変動」
なんかわからないけど、相手は怯んでる! 攻勢に移るなら今しかない! コボルドとスライムの方をチラリと見やる。目が合う。頷きあう。スライムに目はないけど、繋がった気がする。
「壁際、影が揺れりゃ fade in night
鼓膜叩く bassline 森ごと breakin’ wide
灰に沈んだ星の残響が chase inside
迷宮の胎内、脈打つ da-da bass ignite
コボルド吠える wild bite
スライム滴る cold slime
重低音が地面を割り、狼の mind を shake and break
闘気と気配がぶつかるたび、空気が vibrate tight」
スライムがどんどんと三尾の狼をその体内へと飲み込んでいく。狼も必死に暴れて抵抗するが、動きは鈍い。まず初めに頭を覆われて呼吸を止められたのだから仕方ない。窒息するまで間もないだろう。
コボルドは狼と互いの前足を鋭い爪で傷つけ合い、裂傷に出血、生々しい獣の争いの様相を見せる。ここが勝負の分かれ目なのだと、覚悟と決意を載せた牙が、ダンジョンコアが発する狂気の音と光に怯んだ隙を見逃さず狼の喉笛に噛み付いた。勝負あり。
「まだ終わらない、なら構わない
噛みつく牙ごと“未来”ごと break しない
この暗いnight 恐れじゃ drive できない
ならば進むしか“道”はない——
震えろ、このフロウで“境界”を裂いてやる……
コア上げて……ビート“最大”……
——Ignite!」
俺の隣で奮戦する二匹のモンスター。
ならば負けじと俺もビートを刻む……刻む?
「やってる場合か」
「ガウッ!」
知らないうちに何かに乗っ取られたみたいに変なこと口走ってた怖い、などと思っていたら、突然、棒の先から小さな炎が吹き出した。
突然の炎に顔を焼かれた狼が後退さる。
「しまった! 逃げるな! 卑怯者!」
他の二匹が敗北し、傷を負った狼は三本の尻尾を垂らしてこちらに背を向け逃げ出そうとして——
「ゴブ!」
「ギャウン!」
——果物片手に帰ってきたゴブリンの棍棒に頭をぶっ叩かれて気絶した。
「え……終わり?」
最後の最後に良いところをゴブリンに持ってかれたことも、あの謎の炎はなんだったかもわかっていない。
俺もモンスターたちみたいに格好良く狼を倒したかった……。
洞穴に響くビートは、そんな俺の心を置き去りに、最高潮の盛り上がりを見せていた。




