075.暗闇に沈む
自らのことをA級相当以上と言い張る推定Gカップ以上のテルシア。
恐らくはE級未満で推定Cカップ相当のミエレとは真逆の存在である。
というか冒険者のランクにA以上があるのか?
今更だが、このAやらGやらというアルファベットは実際には異世界の言語では記号のようなものである。話している言葉も日本語じゃないのだからそれはそう。
なのでAに該当する記号より上があってもこの世界ではおかしくはない。おかしくないのだが……ゲーム的に考えるならSとかくらいまでなら許せる範囲だけどSSとかSSSとか出されると「だったら下限を調整しなよ」と思ってしまう逆張り男子なのであんまり嬉しくない。
だって自称とはいえフィニャセラの二段階格上かそれ以上の存在がいるなんて思いたくない。
なんかテルシアの見た目に騙されて魔王城に入れてしまったことを後悔してきた。今は賢者にジョブチェンジ前の縄師見習いのはずなのに。
「ところでご主人様、この部屋は明かりはないのですか? せっかく招待していただいたのにお部屋どころかご主人様の素敵なお顔さえ見られないのが残念です」
そんな、素敵な顔だなんて生まれて初めて言われたんだけど。やっぱりこの人連れて来て良かったかもしれない。
「ん? ああ! やばい忘れてた。魔王城どころかうちのダンジョン明かりがないじゃないか!」
暗闇でもはっきりくっきり見える眼を手に入れたばかりに、今の今まで忘れていた。なるほど道理で、ミエレもあまり抵抗してこなかった訳だ。何も見えないんじゃそら恐ろしくて下手に動けないよね。
「テルシアはちょっとそのままぶら下がっててくれる?」
「承知しましたわ」
本当になんでも受け入れるなこの人。
「コアちゃーん! 今忙しいー?」
「今は頼まれてた船を作ろうと思ってたところー。でも船なんて作ったことないからどうすれば水に浮くのかわかんなくて手こずってるー」
コアちゃんは今このダンジョンで最も忙しい。なにせ支配領域がいきなり増えたので森や山の資源を調査したり、モンスターの様子を見たりでフル回転。さらに俺が依頼した船作りまでしてくれている。ちなみにそれが終わった後もダンジョン改築が待っている。そしてそれは俺もやらなければいけない作業だ。
最初の頃はDP不足で素材集めに忙しかったのに今はDPを使うことに忙しい。ダンジョンマスターってもっとふんぞり返って楽できる物だと思ってたのに。
「フェルに乗せて地上輸送用に使うだけだから、水に浮かばせることは考えなくていいよー、あとごめんけど先にやって欲しいことができちゃった」
「えー、それなら早く言ってよ。竜骨っていうのが大事みたいだからフェルから骨抜いちゃったじゃない」
「それ絶対竜骨違いだからフェルに骨返してあげて。それよりコアちゃん、うちのダンジョンに照明つけないと! ゲストへのホスピタリティがディクリースしちゃう」
「意味わかんないこと言ってると寝室にゴブリン転送するわよ」
「それだけはやめて! 寝取られだけは許して! ちゃんと飽きたらゴブリンにあげるから!」
穴兄弟って弟になるのは抵抗あるけど、兄だとそうでもないの不思議だよね。
「とにかくコアちゃん、一階層から三階層の迷路だけでも明かりをつけて侵入し易いようにしてあげないと滞在ポイントが狙えないんだ」
「あとついでに俺の部屋にも何個か明かり付けて」と頼んでみる。
DPに関わることだと分かるとコアちゃんは態度を軟化させてようやく真面目に考えだしてくれた。
「冒険者たちが使ってた光る石なら山の方にたくさんあるみたい。それを壁に埋めるとかなら安く済みそうだけど……おしゃれにするならやっぱりシャンデリアかしら?」
「俺は別に構わないけどお高いんじゃないの?」
「うーん……シャンデリアひとつでゴブリン三百体呼べるかも」
「絶対作るなよ。絶対だ。フリでもないからな。シャンデリアは将来魔王城が立派になったら作ろうね」
「うんうん。わかった、そういうやつね」
「もういい、俺がやるからコアちゃんは素材だけ出して」
「えー」とか言ってる声が聞こえるが無視。あれは絶対一個くらいならウケるだろと思ってるリアクションだ。笑えるかそんなもん。
「ちょっと仕事ができちゃったから行ってくるけど、ここはまだ暗いままにしておくね」
「それではその間に少し休ませていただきますわ。実はここ最近寝不足でして」
「ふーん、そうなんだ。じゃあね」
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
最近寝不足と聞いて、あの体を見ると「なんだ男いるのかよ」と思ってちょっと萎えて冷たくした俺を優しく見送る奴隷(絶対ヤバいやつ)。
幸いこの魔王城は探られて困る物もないし、まあ逃げ出されてもいいだろう。一旦放置だ。
床下の隠し通路から長い階段を下る途中で転移して貰えばよかったなと思うが、コアちゃんは今忙しいから逆に良かったかと思い直し進む。
コアルームに到着すると、コアちゃんがカラフルに色を変えたり点滅したり光が放射線状に放たれたりまるでアイドルのライブ開場かロボットがビットでビーム撃ち合いしてる戦場かのような有様だった。
「ぐるるるる」
グレイスが部屋の隅っこで丸まっていた。迷惑しているらしい。あいつ明るいの苦手なのか? まあ、こんなにビカビカしてたら俺だって……!!
「おお! 思いついた! せっかく明かりをつけるなら暗闇とめっちゃ明るいのを交互にしてみよう!」
そうだな、スタート地点は視界が真っ白。馴染んだ頃に暗闇。そこが襲撃ポイント。逆暗闇から一気にビカビカの真っ白な部屋で目潰ししてからの襲撃。明るさに気を取られたところで最後は薄暗いくらいの空間で油断を誘って、上の階に登る階段の前に落とし穴を置こう。上に階層を伸ばしていく方針にしたから、もう落とし穴の底とか考えなくていい。何百メートルでも下に落として構わない。その代わりに出てくるモンスターはスライムだけにしてあげよう。長く地味な嫌がらせで階段まで辿り着いてバカがワンチャン死ぬくらいがちょうどいい。落とし穴なんて情報が出回ればすぐ意味なくなるしね。
「ケチミヤーいたなら声くらいかけなさいよー」
「ああ、ごめんコアちゃん忙しそうだったから一階層目のプラン考えてたんだ」
「そ、ならいいけど。どんな感じにするかは決まったの?」
「それなんだけど——」
「——なにそれ面白そう! いいじゃない! じゃあいっぱい光る石が必要なのね! 待ってて、今出すから!」
「ちょっと待って! ここに出されても持ってけないから!」
俺の存在に気づいたコアちゃんに概要を説明したらウキウキで明かり石の塊をポロポロ落としてきた。めっちゃでかい。冒険者が持ってた小石サイズじゃない。ほぼ岩だ。
「加工もしないとさすがにポン置きはできないから、俺が現地を回って場所を伝えるから、壁とか天井に合うようにいい感じに加工して欲しいな」
「かしこまっ! 転移先はどっち側にする?」
「侵入者視点で考えたいから入口にお願い」
「はいよー! 楽しみにしてるねー!」
そうしてダンジョン一階層目の洞穴入口に転送して貰った俺は、入口の陰からこっそりと骨を抜かれたというフェルの様子を見て後悔してから、ダンジョン一階層を歩いてコアちゃんに指示を出してダンジョンを改造していく。
最初はただの洞穴だったこのダンジョン第一階層。今はもう洞穴とも呼べない規模になってきている。数歩あるけば壁に突き当たり、俺とコアちゃんだけがいる。そんな景色はもうずっと遠くて、仕事中の俺に留守番組でまだ詳細な配置の決まっていないゴブリンやコボルド、スライムたちが興味を持って近寄ってくるのもなんだか懐かしい。
懐かしい。
何かを懐かしむなんていう行為そのものが……懐かしい? 俺はこれまで何かをこんなに懐かしむようなことがあっただろうか。
ベッドで目覚めた時には確かに懐かしさを感じた気がする。だけど、それはベッドの感触を懐かしんでいたのだ。人も景色も、俺は——?




