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【第二部開始】初心者マスターとポンコツコアの迷宮運営記 〜なんでもありの外道ダンジョンでも独立国家になれますか?〜  作者: 綴木春遥
第一部 ミストフォークと聖女の剣<下> Apex Predator 編

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067.聖女の剣


 アルヴァリア王国には、ダンジョンとは別に遺跡群が幾つか存在する。アルヴァリア北部フレイズ伯爵領にもそれは点在し、伯爵領の冒険者は市民からの依頼や野生の獣、モンスターの討伐以外にもそうした遺跡での発掘を仕事とする者もいる。とはいえ、遺跡での発掘は依頼人がいるということは滅多になく、暇を持て余した冒険者や低ランクの冒険者が泡沫の夢を追い求めるようなもの。成果があれば多少の金になる。珍しいお宝があれば大金になる。何も見つからなければ草臥れ儲け。

 そして遺跡というのはダンジョンとは異なり、一度拾われた物がもう一度産出するということはない。時が経ち、時代が進めば進むほどに得られる物は減る。

 現代において、遺跡探検などを行うのは好事家か余程金に困った貧乏人か、表で生きられない盗賊などの悪党である。


 そして、ミストフォーク地方の開拓村で生まれた貧しい男——イアン・マクセルはその身に宿した才能を用いて泡沫の夢を追いかけるうちに、この地の歴史に興味を抱く。

 イアンの曽祖母は北方の民である。幼い頃に死んでしまったが、曽祖母は北方の様々な伝承を知っており、曽祖母が残した昔話は祖母を通じて聞いていた。

 そんな祖母が曽祖母から聞いた話と合わせても知らぬという程大昔から存在する謎の遺跡には、時に色褪せた……それでも何処か幽玄な壁画が描かれていることもあった。


 遺跡を幾つも巡る中で最も多く登場したのは、剣を持った女の姿。その周りに侍る者たちは北方民族衣装に似た格好をしているようにも見える。

 これはいつの時代の何処の誰か。自分や祖母のルーツに関係しているのであろうか。


 若い冒険者の中に流れる血はそれを知ることに喜びを覚えた。

 冒険者として大成する見込みもなかった自分に対する卑屈、何かを変えてくれるかもしれない願望、自分を追い越していく者たちへの羨望。

 願いか、呪いか、やがてイアンは辿り着く。


 十年ほど前のこと、少年から大人へと肉体が成長していく年頃のイアンは、とある遺跡の探索中に小さな祠を発見する。

 瓦礫に埋もれ、運良く誰にも見つからず手付かずだったその祠には一振りの剣が安置されていた。

 見た目はとても豪華とは言えないし、特別装飾された訳でもない普通の剣。

 それが、何百何千年か、それよりも遥か昔から存在していた物であるということを除けば、だ。


 イアンはその剣を手に取り、壁画の前に立つ。

 壁に描かれた絵は現代の肖像画のように詳細に再現されたものではない。例えば人の性別を判断するのは髪の長さや衣服の違い、その程度。

 しかし、剣は違う。直線的なそのデザインと、象徴的な剣身の根本に描かれた印はまさに手に取った剣と瓜二つ。


 イアンはその剣を売るために冒険者ギルドのマスターに頼み込んで、領都の商人を紹介して貰い、自らの足で領都へと運んで鑑定に出した。


 鑑定の結果、それは【聖女ラグナリア】の使った剣のうちのひとつであろうとされた。


 聖女ラグナリア。

 アルヴァリア王国の遺跡群の壁画に度々現れ、巨大な魔を祓ったとされ、アルヴァリア王家とも縁があるとされる。


 イアンはその女が北方どころか、王国中の歴史に関係すると知り、驚きと僅かな失望を抱いた。

 この女もこの剣も、どれだけ辿っていったところで自身のルーツとは関係がない。

 自分の中に眠る不思議な力が目覚めることなどない。

 イアンはその現実と、田舎者には不釣り合いな大金を引き換えた。




「そうやって、あの子は私をこの街に呼んでくれたのさ」


 白髪混じりの灰色の髪をした老婆が語る。家族自慢にしては長い話を聞かされた。


「そりゃいい息子……いや、孫だったか。でもよ、婆さんの孫なら親がいるんだろ? あんたの娘か息子か知らないが……そいつらはどうした?」

「先に死んじまったよ。盗賊にやられてね」

「……そりゃあすまねぇことを聞いた」

「いいのさ。よくある話だよ」


 グロッグは婆が淹れてくれた温かな茶の入ったカップを置いて謝罪した。


 ここはヒナトの街の中でも、中心地からは離れた郊外の屋敷の敷地内にある住み込みの使用人用の離れである。


 ゴブリンに襲われて馬車も金も失くしたグロッグは暫くは家にあった金を切り詰めて過ごしていたが、何日待ってもギルドで依頼した冒険者は戻らない。どうにもゴブリンの群とやらはかなり大きなものだったらしく、痺れを切らしてギルドに向かうとゴブリン討伐の貼り紙がされていた。

 しかも、それから暫くして大勢の余所者の冒険者と領主の息子が騎士を引き連れやってきた。

 グロッグは賢くはないが、これでも長く商人をしていたのだから人の流れから何かを考えることくらいはできる。

 この街か、開拓村のどれかか。どちらにしても近くで何かしら危険なことが起こっていると気づいたその日、グロッグはあの日ゴブリンの襲撃から逃げ延びた愛馬の側で一日を過ごし、その翌日に愛馬を売って手放した。

 馬車を買う金もない。売る商品もない。金は尽きて、食うには馬を手放すしかなかったのだ。

 そうして得た金で、だからといって何をするというのか。数日は食うには困らないだろう。だが、家の賃料も払わなければならない。

 もう行き詰まっている。馬はきっと売られた先で仕事をして腹一杯に草を食えるだろう。

 ならば、働くことのできない自分はこんな歳で何ができるというのだろうか。


 何から始めれば……始められるのか。


 気がつけばふらふらとヒナトの街を歩き彷徨い、雨が降る。

 慌てて駆け込んだ知らぬ軒先で凌ぎきれない雨粒を浴びて地べたに座り込む。


 そんな空虚な男の前を通りすがった老婆が声を掛ける。


「あなた、少し荷物を運ぶのを手伝ってくれないかい? 手伝ってくれるなら温かい食事とお茶をご馳走するよ」




 そうしてグロッグは食事と一緒に見知らぬ老婆と時間を共にしていたのである。


「それにしても婆さん、よくおいらみたいなやつに声をかけたもんだなぁ」

「そりゃね、あんな顔してる人間を放っておけないさ。人はね、いつ何処で道を踏み外してしまうかわからないのさ。この街はまだマシだけど、田舎村じゃあんたみたいな顔した奴の最後は盗っ人さ」

「……そりゃあ心配をかけたようで」


 なるほど、そういう理由で声を掛けてわざわざさっきの話まで聞かせた訳だと理解する。

 自分の過去の傷を痛めつけてまで、他人を助けようとするなんてどうかしているとも思うが……確かにこの婆に声を掛けられなければ、戒められなければ……いつか自分はどうなっていたのであろうかとグロッグは寒気がした。

 話を聞いたからと言って、未来は変わらない。

 けれど、この婆のような思いを誰かにさせるようなことは……と思う。


「それにしても随分豪勢な屋敷だよな。隣の家はその孫が剣を売った金で買ったのか?」


 居心地の悪さから話を変える。


「この屋敷はお嬢さ……エルフの主人のお屋敷さ。孫はあちこち仕事に出ていることが多いからね。住み込みで働けるってここを紹介してくれたのさ」

「よくわからねーなぁ。なんで街に呼んだってのに一緒に住まないんだか」

「死に損ないの婆だからさ。私がご主人と顔を合わせてるってことは死んでないってことだからね」

「……ちょっとは明るい話を聞かせてくれよ婆さん。なんだかいちいち暗くなるなぁ」


 グロッグが呆れて椅子の背もたれに寄りかかり、腰をだらしなく鎮め込むのを見て、老婆は楽しそうに声を出して笑っていた。


「あっはっは。そうかいそうかい。でも、だいぶあんたも気が抜けたようじゃないかい。だらしない顔は変わらないけど、死人みたいな面よりは大分マシさね!」

「はぁ……で、婆さん。さっきの剣とやらは結局どうなったんだ?」


 笑われて、気にされて、こんな自分に向けられた温もりが気恥ずかしくて再び話を変える。


「それがなーんと! あの子が見つけた剣は伯爵様の————」

「あ?」


 机を挟んで、視界が吹き飛ぶ。

 壁が、天井が、椅子が、婆が。竜巻に吸い込まれて飛んでいったかのように、綺麗さっぱりと。


「なんだよ……なんなんだよ……なんなんだよ!!」


 開けた視界、広がるのは瓦礫の山。

 無数に響く悲鳴。断末魔。

 屋敷の離れは半分が綺麗に吹き飛び、その惨状を露わにした。

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