064.Apex Predator
目まぐるしく世界が回る。夜の暗闇に包まれた森の中でも、適合の進んだこの両目は確とセルヴィエルが崩れ落ちるのを見た。
丘の中腹よりやや低い場所から転がり落ちる。グレイスを捕まえたはずが、気がつけばグレイスの腕の中に俺が収まっていた。
両腕の感覚がない。僅かに視線を下に向ける。肘から先がぐしゃぐしゃになっていた。見なければよかったと後悔する。
そのまましばらく転がって、緩やかに土の上に体が放り投げられる。
「ゔぁゔぁー」
悪臭がどしどしと音を立てて近寄ってくる。諦念に、一度瞼を閉じて天を仰ぎ、目を開く。
「フェル?」
「ヴォン!」
どういう返事かはわからないが、襤褸の翼に混ざった羽毛に体を撫でられる。竜なのに羽根が生えているのか……いや、こうして近くで見てみれば成程、これは竜ではない。竜の造形をした何か。見覚えのある姿がいくつもある。
全てこのダンジョンに関わり、死んでいった命だ。人間や怪物たちに混じってうさぎやねずみの歯まで生えている。恐らくは俺が食わなかった肉も含まれているんだろう。さすがにねずみや爬虫類には手が出なかったから。
食われることもなく、覚えてさえいなかった小さな犠牲たち。ただ命を奪われただけの存在。俺の業。
そして、頭を狂わされたまま死んでいった森の獣たちの無念と怨讐。
「……紛れもなく、俺が呼んだんだろうなぁ。フェル、ハッピーバースデイ」
「ヴォォォォ!!」
削りに削られた八割骨のドラゴンが嬉しそうに尻尾や翼をばたつかせて騒ぐ。土埃が舞うからちょっと大人しくしてね。
「グレイスは……無事か?」
「がじがじ」
グレイスは何故か倒れていた俺の上体を起こしてフェルへの盾にして背中から首筋を噛んでいる。何、緊張してるの?
「ゔぉぉ、ゔぁ、ゔぉぉん。ゔぁゔぁぁぁ」
「うんうん。わかったわかった」
言いたいことは何もわからないけど、気持ちは受け取った。
もしかしたら同じユニークモンスターのグレイスならフェルの言葉がわかるのかもと思ったが、グレイスは基本的に喋らない。
イアンがどうとか、聞き出そうにも根気のいる話になるだろうし、後回しだ。
「コアちゃーん、俺の腕治してー」
「はーい! ちょい待ちよー……痛いの痛いの飛んでけー!」
「わぁ……治ったぁ」
本当に治った。なんの感動もなくあっさり治った。もうちょいなんか治すときのセリフ変えて欲しい。俺の頑張った感がなんか薄れる気がする。
「さて、グレイスとフェル。セルヴィエルの死体を確認しに行く。ついて来い」
「ヴォォ」
「グルル」
悍ましい声を上げる一人と一匹を引き連れて山の中腹へと向かう。
そこには頭の半分を潰して辛うじて息をしている白い雄鹿がいた。
「お前があの鹿共の親玉でいいんだな?」
「……」
ヒュー、ヒューと、不安定なリズムで鹿の鼻から呼吸が漏れるのに合わせて、腹も小さく上下する。
……これじゃあ、本当にただの鹿みたいじゃないか。
あれだけ手こずらされた相手だと言うのに、なんだよこの呆気なく惨めな姿は。
もっとボスキャラみたいに堂々としていてくれよ。
もっと足掻いて攻撃して来いよ。
「ひぅ、ひぅ」
鼻を鳴らしながら口を開こうとするが、喉が鳴るだけの鹿。
そういえばこいつらのコミュニケーション手段は俺たち人間と同じ——次元は異なろうと——同じ声と言葉による会話である。
これだけ長くうんざりするほど悩まされた存在が、声が出せないだけでこんなにも無力で惨めになってしまうものなのか。
「最後くらい、気持ちよく殺されてくれないものかな」
どうしてこう、どいつもこいつも死に際に弱さを見せつけるのか。気分が悪くなる。
「ひっ、ひっ、ひぅ……」
「はぁ……フェル。こいつを潰せ」
「ヴォォォォォォォォ」
フェルが後ろ脚で立ち上がるのを見て、グレイスと共に距離を取る。
ずしん、と地面が揺れて……何かが体内に流れ込んでくる。
「あ? あえ?」
急激に流れ込んで来たのは、何かの記憶。脳裏に凄まじい速さで大地の姿が時を経て形を変え、山々を創り出していく様を見る。
あまりに突然のこと、許容量を超えた速度と量。見たそのすぐ後に塗り替えられて忘れられていくスライドショーやタイムラプスのようなそれが過ぎ去り、目眩に蹈鞴を踏む。グレイスの胸に飛び込むようにしてなんとか堪える。
「大変よー! シノミヤー! 鹿の死体を取り込んだらなんかダンジョンの支配領域がめっちゃ広がった!」
頭の中に響く声で察する。
この領域の支配者を取り込んだことで、周囲の山々と森をダンジョンが支配したのだと。
見せられたのはこの地の歴史。砂の大地が、山となり森となり、今を迎えるまでの過ぎ去りし日。
それを今、俺たちが手に入れた。
「グレイス、済まないが丘の上に作った裏口に連れて行ってくれ。フェル、お前は下に戻ってダンジョンの入口で待機。洞穴の入口を毒で満たせ」
「ヴォォン!」
巨体が丘を這い擦る。その下に骸はない。既にコアちゃんによって吸収されている。
ずっと以前から考えていた、遠征部隊を侵入者と鉢合わせないための別の出入口構想。本当なら丘の反対側に考えていたそれは、内部に騎士たちが侵入したことで作れなかった。だから、上に上に階層を伸ばして頂上に作ったそれから俺たちは飛び出した。セルヴィエルと決着をつけるために。侵入者のいない上階層であれば構造を弄れる。だから上に。セルヴィエルを確実に取り込むために外装——丘の中腹から上もダンジョンの領域化していた。
結局、セルヴィエルの吸収が成功したことで支配領域が広がったので外側の分に使ったDPは使い捨てのようになってしまったけれど。
「ははっ、山と森を丸々手に入れたぞ」
丘の上から、山を見上げ、森を見下ろす。
これが全部俺たちのもの。
俺たちがこの領域の新たなる支配者。
「ダンジョンと言ったらやっぱり森の階層に鉱物を掘れる鉱山エリアは必須だよね」
「ぐるぅ?」
グレイスはよくわからない、という風に首を傾げている。
ダンジョンに森や山を作ってどうするかなんてグレイスは考えないだろうし仕方ない。
「これはたくさん集客が期待できるぞ」
何も無かった洞穴ダンジョンなんて誰も見向きもしない。ダンジョンには金になる宝があるから人が来るんだ。
これだけの資源を手に入れたのだから、鉄だけじゃない、宝石や金銀だってあるだろう。
「やばい、早く新しいダンジョン運営計画を立てないと!」
「がじがじ」
俺の独り言に飽きたグレイスに治ったばかりの腕を噛まれながらダンジョンの中へと戻る。
まずはそうだな、無計画に伸ばしちゃったこの階段と、丘の上の出口を隠すための何かを作ろうかな!
※第一部は072話まで続きます。
ちなみに今は第二部で登場モンスターを増やしているのですが、こんなモンスター(娘)に出てきて欲しいな、というのがある方はいますか?
主要幹部になる三人のモン娘は既に確定済みですが、チャンスがあればこの先登場させられるかもしれません。もしいたら希望の胸の大きさと身長と名前を一緒にレビュー欄に書いて投稿して下さい。
レビューやブックマーク、評価欄の「⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎」を「★★★★★」などにして頂けると嬉しく思います。




