063.夢に見たこと
ダンジョンに侵入してきた騎士団の生き残りは、既存の罠とモンスターたちに任せる。騎士たちが奥に進むのであれば、ある程度はわざと引き込み数で制圧する。力の差はあろうと、三十人弱のD級冒険者相当。今ある戦力で負けることはないだろう。
だから、こいつらのことは忘れる。
「コアちゃん、グレイスを呼んでくれる?」
「あいよー!」
コアちゃんのダンジョン内通信でグレイスを呼び出す。隣の部屋から戻ったグレイスは洗ったばかりなのにもう汚れている。テーブルマナーくらい教えておくんだった……いや、無理か。
「グレイス、あの竜に勝てるか?」
「……」
スクリーンに映った骨と剥き身の竜を指差す。グレイスが眉間に皺を寄せて首を傾げる。こういう反応をするのは珍しい。ケツから鹿が生えてるのがキモかったのだろうか。
「無理ならいいぞ。考えなら一応俺にもあるし」
「え!? シノミヤそうなの!? 何か手があるなんて私聞いてないよ!」
そりゃそうだ。思いついたのはたった今。それに有効かどうかは試してみなければわからない。
「あれって多分、腐敗とか腐食系のガスかなんかでしょ? だったら多分燃えると思うんだよね」
この世界でどれだけ地球の物理現象が適応するのかはわからないけど。普段、俺が火だとか太陽だとか言葉にしているものの実際の性質だって知らない。
酸素の有無もわからないし、魔法が何かもわからない。
それでも、これまでの経験から魔法で起こした火は大体イメージ通りに現象化する。竜の出す毒の霧のようなものや息については、何人もの犠牲者がその性質を教えてくれた。
とはいえ、あれが魔法みたいな力だと言うのならば火をつけたところでどうなるかは、やってみないとわからない。
「うーん……確かに腐敗ガスならいけるのかな?」
「何か気になることでも?」
「竜って火に弱いのかな?」
「それはそう」
火炎無効とか火炎耐性とか持ち出されたら終わり。そういうことがあり得るんだよな、この世界。盗賊の頭領がそうだった。
「え、ていうかシノミヤあの竜と戦うつもりなの? 外に出るにしても今は転移は使えないわよ?」
「それに無茶よ」とコアちゃんが心配そうにおろおろと浮かぶ。
「戦うというか……どうにか追い返さないと、あんなところに居座られても困るじゃん。それに……ケツの鹿気になりすぎるでしょ」
「確かに」
竜のケツから出ている鹿が勿論ただの鹿の筈はなく、四つ目である。しかも、今まで姿を現した子鹿のような姿ではなく、ご立派な角を生やした大型の鹿。最初は茶色かと思ったけど、よく見ると多分元の毛の色は白だ。白い雄鹿。
四つ目鹿の群れの登場に合わせて、山から降りてきた竜のケツに挟まった鹿。気にならないはずがない。
「頭が出てるってことは……あの鹿が自分からアナルに入った可能性がある」
「……え、私の聞き間違い?」
「いやだからさ、角が外にあるんだよ? 口から入ったなら角が刺さるじゃん。なのに角から出てるんだよ? アナルから入ったなら角は引っかからない。だからあれは竜に入った鹿じゃなくて鹿に入られた竜の可能性があるわけなんだよ」
「なるほど……! それに、いったいなんの意味があるの?」
「個人的にどういう性癖なのか知りたい」
「無駄な時間だったわ。二度と言わないで」
なんでだよ! 気になるだろ、他人の性的嗜好!
どっちの趣味なんだろう、とかどういうバッググラウンドがあってそうなったのかとか聞いてみたいじゃん。
「……シノミヤ、アレ、タタカウ……ナンデ?」
「ぐ、グレイスが長文を喋った!」
俺とコアちゃんが口論していたら服の裾をきゅっと握って何故か子供みたいな眼差しで見つめられる。いつもとグレイスの様子が違う。
「アレ、ヨンダノ、シノミヤ」
「え?」
「シノミヤ……ヨンダ」
「呼んでないよ。もし俺が呼んだとしてもチェンジだよあんなの」
百歩譲って俺が呼んだのは冒険者のおまけでついてきた騎士までであってあんな化け物呼んでない。俺が呼んだのは他には小悪魔爆乳シスターのフェルちゃんだけだ。
「アレ、フェル」
「は? 何を言って……」
「あー! 本当だ! 外に居るから気が付かなかった! あの子確かにうちの子だわ!」
「えぇ……マジで?」
「そういえばさっきからパパ、パパってシノミヤのこと呼んでたじゃない!」
いやそんな風に呼ばれたことなんて……と言いかけて思い出す「ばぁばぁ」という変わった鳴き声。
真実はいつも残酷だ。知りたくない。間違っていて欲しい。そう思っても……思い返して見ればそんな気がしてくる。現れなかった門、ユニークモンスター、あの時のグレイスの行動、今の様子。ダンジョンに入りたがる理由。
「え? じゃああのケツのは?」
「イアン、シッテル」
「イアン? なんで今そいつが?」
「フェル、イアン、アタマ」
グレイスの言ってることが全然わからない。これ話聞き出すの時間かかりそうだな、と思っていたところ
「待って。イアンって最初に来た冒険者よね? お肉はグレイスが食べて骨はスケルトンにした」
「そうだね」
コアちゃんの言葉に頷く。イアンは既にスケルトンにしてしまっている。魂だってDP化して使用済みのはず。どういうこと?
「脳と一部は残ってたのよ。グレイスは心臓が一番好きで、その次が手足のお肉だから」
「スキ、キライ、スル」
「食事風景の具体的な話はあんまり知りたくなかったなぁ」
「だから、もしあの竜——フェルの材料がしまってあった素材から出来てるなら……あんなとんでもない大きさの竜が手持ちのDPで産まれてきててもおかしくはないわ」
そう、俺の中にあの竜がフェルではないと確信させていたのはその強さのせいだ。小悪魔爆乳シスターじゃないから嫌だなんて理由ではない。
あれだけダンジョン拡張にDPを使ったあとにあんなデカくてあっさりと銀騎士を殺せるような存在が仲間になるなんてあり得ないと思っていたからだ。
「コアちゃん……あれが本当にフェルだとしたらメッセージを送ったらわかるかな?」
「そうね、試してみましょう? なんて伝えたい? お父さん」
「お父さんやめてね。あんなの俺のこどもじゃないから。とりあえず——そのケツのやつ何か聞いてみて」
「子供との初めての会話がそれでいいの!」とかコアちゃんが光りながら騒いだが、なんとか説得してメッセージを送って貰う。
「ヴァヴァァァァ! ヴァーヴァー」
すると、反応はすぐさまあり、竜が尻尾を持ち上げて鹿をぶりっと排泄した。悪夢を見せられているようだと思いました。
白い毛並みを汚した鹿がなんかよくわからないべちょべちょした粘液に脚を滑らせながら、まるで産まれたばかりのようにぷるぷる震えながらゆっくりと立ち上がる。
『メェー』
竜に睨まれながらメェと鳴く。
「なんだ羊か」
「なんだ山羊じゃない」
俺とコアちゃんの声が揃う。あれ? メェって山羊だったっけ? 羊じゃない? というか——
「——お前どうみても鹿だろ」
なんでイケると思ったんだよ。
『…………我が姿を見破ったようだな。外来種よ』
「だからなんでそのノリでイケると思うんだよ。無理だろ、お前いまケツから出てきたんだぞ」
『我が名は"天視偽"。人間が"四つ目鹿"と呼ぶ群を率いる王である』
「ケツから出てきて何を言っている?」
『殺す』
煽り過ぎたか、急にブチ切れた雄鹿が前脚で強く地面を叩く——のを妨害しようとしてフェル(認めたくない)が雄鹿を丸呑みにしようと大口を上げて齧り付こうとして——雄鹿の蹄が大地を叩いた衝撃波でフェルの巨体が軽々と吹き飛ばされて背中から地面に叩きつけられる。周囲に生き残っていた獣共は形を残すことなく消し飛び、丘の周囲を覆っていた森の樹々もまた根本から折れて森の奥へと消えていく。
『運命の時が来た。混沌よ、自らが選んだその死への道を歩むがいい。我らの理を歪め、導きを拒んだ者共に——逃れようの無い終焉の幕を開けよう』
まるでどうやってここに現れたのかを全て無かったことにするかのような、威厳ある言葉。それはただの音ではなく、心臓を冷たい氷で覆われたような重圧感を放ち、身が震える。
「ミュージカルがやりたいなら勝手にやってろ」
丘の上から、やっと一発分だけ回復した混沌の力を振り絞る。
「深淵炸裂灼焔」
「ヴァァァァァ————」
黒紫の焔がフェルを焼く。フェルの悲鳴と共に漏れた緑色の毒の靄が魔法の焔と共に炸裂し大爆発を起こす。その規模はさっきのセルヴィエルとかいうこの雄鹿の大地のひと蹴りが起こした衝撃波を超える爆発と熱波を放つ。
『その程度の力、我に届くなどと思うなよ』
爆発によって発生した煙が視界を覆う、構わない。狙い通りだ。
「グレイス、全力であいつの動きを止めろ」
「ガァルル」
長話の間に作っていた五階から上に伸ばして作った新しい出口から飛び出した俺とグレイスは丘を駆け降りる。グレイスが高い身体能力で俺を追い越し、先着。全開に広げた腹の口でセルヴィエルの背中に噛みつき、長い肋骨の牙を突き立てる。
俺の手に握っているのはやや細身の銀の剣。金髪の指揮官から回収した恐らくはそれなりの業物。
ただ一度、この剣を。
どんなに技が鈍くとも、力任せでも。
いざという時の為の一振りを、ここで今引き出す。
「いい加減お前らの相手をするのはうんざりなんだよっ! お前が此処で死んで逝け!!」
魔王の身体能力の全てを解き放ち、飛ぶ。
翼竜が空気を切り裂き滑り落ちるように、丘の中腹から一直線に。
『エルクに角で戦いを挑むか』
「止められるなら止めてみろ。その角ごと頭を切り落としてやる!」
身を低くして枝のように分かれた尊大な鹿の象徴をこちらに向け、セルヴィエルがグレイスを引き摺ったまま丘を駆け上がり——交錯。
「運命なんざ、これでお別れだ」
『————』
力の限りを込めた一振りは確かにセルヴィエルの角とぶつかり合い、激しい衝突に刃を砕かれる。
そのままグレイスを抱え込んで、丘の坂を転げ落ちる。
目まぐるしく変わる夜の中で、白い雄鹿が潰れた頭から倒れ込み、その身を横たえるのをこの目で確かに捉えた。




