062.災いのもと
因縁の鹿の群れが現れたかと思ったら、続いてグロテスクな竜まで現れてダンジョン前で交戦していた二つ目も四つ目も関係なしに轢き殺して行った。
「正直もうついていけないよ」
「奇遇ね? 私もー」
スクリーン越しに見えた非現実的な光景に心底嫌気が差す。人間はいい。俺が呼んだ。鹿もいい。襲撃があった時点で決着を着ける気でいた。竜? 聞いてない。呼んでない。
突然現れた竜がしたことといえば、ただ洞穴の前を走って通過しただけ。それなのに、地面には潰れて埋没した何かわからない死体が数えきれない程。
ちなみにその死体のひとつだが——
「ロニエールト様!! お逃げ——!」
——みたいな事を言い残して金髪のガキを蹴り飛ばした槍の銀騎士が含まれている。
人間側のツートップの片方が竜の翼の骨に潰されてバカみたいにあっさりと死んだ。
さらにちなむと、金髪のガキと一緒に先陣を切って突撃を掛けていた騎士の一部がダンジョンに逃げ込んできた。数は三十から四十くらい。これには銀騎士に蹴り飛ばされて転がり込んできた金髪のガキも含まれている。
「団体客はお断りって俺言ったよね?」
「いちいち口に出すから現実になるんじゃない? ほら、口はなんとかって言うじゃない」
「今回の言いたいなんとかは分かるけど、それほぼ伝えること諦めてるからね? "口は"って三文字しか音発してないからね?」
「細かい男」
「おい、口は災いのもとだって教えてやろうか」
「ひゃわわ!」
なんてコアちゃんとじゃれついている間にも、こちらの気分とは無関係に状況は動く。
まず、冒険者——生き残りは鹿を追いかけて森を出て行ってしまった。鹿狩りをしてくれるのはありがたいがダンジョン領域の外に出られてしまうと死んでもDPにならない。微妙。
次に外に取り残された騎士。こいつらは戻って来た竜にやられた。別に襲われた訳じゃない。溶けた。鎧ごと。どうやら竜の体からモワモワ吹き出している煙は腐食性のガスか何かのようだ。見た目も腐っているし驚きはしない。
腐っていると言えば、オウルボアさんを筆頭にした森の獣たち。コアちゃんが乗っ取った方はダンジョンの入口を守るようにしていたので一回目のドラゴンアタックでほぼ壊滅。
四つ目鹿に操られていた方が森に向かったのはこの竜をなんとかするためだったのだろうけど、なんともなっていない。騎士と同じ腐るか潰れるかして死んだ。腐っていくオウルボアを見るのは少し愉快だった。ざまぁ。
そして一番の、というか最新の問題であるこの竜。何故かダンジョンに入りたがっている。めちゃくちゃ入りたがって、洞穴の入口で自分の肉を削ぎ落としながらも頭を突っ込もうとしている。
「ゔぁゔぁー」みたいな声を出しながら暴れ回っているので、ダンジョンに入り込んだ騎士たちがビビってすっ転んで、直したばかりのニワトリ対策のボタンを踏んで何人か杭に吹き飛ばされて死んだ。
やめろ、今ダンジョンの中で死んで血を撒き散らすな。竜を刺激するな。DPだけ置いて、どうにか外で死ね。
「ロニエールト様! ご無事です……か、ぁ?」
「ゔぁゔぁーゔぁーゔぁー」
運良く罠から逃れた騎士が暗闇で指揮官を探してうろうろしていたら急に痙性を起こして足ピン大往生。どうやらあの竜は口からも毒を吐き出してるらしい。災いのもとにも程がある。
「くっ……誰か、明かり石を持っている者は?」
「全員持ち物を確認、照らせ! 全ては使うなよ、最低限にしろ!」
ロニエールトとかいう金髪の問いに答えたのは騎士の中でもそれなりの年嵩の男。おそらくは生き残りの中では上の立場なのだろう。
命令に従い、騎士の数名が石を取り出して転がす。柔らかな弱い光を放つそれには見覚えがある。以前、フィーニャの仲間が使っていた物だ。冒険者の荷物からたくさん回収したので、暗闇を移動するモンスターズに適当に分けて持たせている。結構便利なアイテムだ。
「ロニエールト様、洞穴の出口は完全に塞がれています。あのドラゴン、恐らくは毒持ちです。ここに居ては危険、奥に避難をしましょう」
「しかし、僕たちはダンジョンを守らなければ……」
「それも生きていてこそできることでしょう! エメル団長の想いを無碍になさるおつもりか!」
「……少し後退しよう。足元に気をつけて進むように」
「ありがとうございます」
ロニエールトとやらはおっさん騎士の迫力に押されたというよりは、竜の毒で死んだ仲間を見ていたからだろう、割と素直に言う事を聞いてダンジョンの奥へと向かう。
襲撃を受けて、延長した通路を騎士たちは罠にかかることなく進んでいく。当たり前だ。床のボタンはモンスター用に急遽作った物で、人間用じゃない。だからあんなに分かりやすくて作ってあるんだ。
だから……だからそう、多分彼らはダンジョンというものを誤解してしまったのだと思う。
仕方ないだろう、さっきまで命懸けの戦いを繰り広げていて、いきなり現れた竜にたくさんの仲間を殺され、疲れ切った体でまともな思考能力も奪われていたんだ。きっと。もしかしたら、鹿と接触した影響だってあるかもしれない。
「だから、俺のせいじゃないよね?」
「どっちでもよくない?」
「そうなんだけどさ」
ロニエールトとかいうやつ、なんの躊躇もなく第一の復旧した壁ゾーンに突入しようとして、オークに頭を剣でブッ刺されて死んじゃった。仮にも指揮官だろうに、先頭に出てくるからそうなるんだよ。良くないって。
「リスポーンしてからなんかあのオーク鼻息荒かったもんなー」
「やる気があっていいじゃない。こどもは元気なのが一番よ」
「こどもってワードは最近の俺の中の聞きたくないワードぶっちぎり一位だからやめてね」
子供に関してはこの世界に来てからいい思い出がなんにもない。コボルドのこどもはちょっと可愛いかなって思ってしまったくらいだ。それ以外のなにもかもは忘れてしまいたい。
「フゴフゴッ! フゴォーッ!」
「貴様ぁっ!!」
金髪の首を取っておおはしゃぎのオークがあっという間に騎士に斬り殺された。何故かオークは満足そうな顔をしていて、ペニーは普通に逃げ出していた。さすがゴブリン、汚い。
「それにしても本当に困ったな。侵入者が入口に居たんじゃ身動きが取れない。早めに片付けるべきか……」
しかし、あの謎の竜が洞穴を塞いでるのも困る。できれば、騎士にはどうにかあの竜を倒すか追い払うかして貰いたい。あんなキモいのにダンジョンに居座られたら商売上がったりだ。
だというのに、騎士たちは指揮官を失って先に進むか戻るか揉めている。さっきまで偉そうにしていたおっさん騎士も自分の判断でお偉いさんを死なせたせいで発言権を失って気まずそう。大変だね、中間管理職。
「それで……シノミヤ、どうするの?」
「どうするも何も……騎士たちのあの数と疲労具合じゃ今のうちのダンジョンが負けることなんてあり得ないし、あの人たちはもう放っておこう」
昨日までの俺だったらそんな判断は出来なかったけれど、今は状況が違う。ダンジョンは拡張され、モンスターの数も比べ物にならない。騎士の中で唯一、竜相手になんとか戦えそうな銀騎士が一番最初に死んだ時点でぶっちゃけ期待薄だったのに、頭はともかく人を動かす才能はあった金髪のガキも死んでしまった。
「よし、決めた。あの連中のことはモンスターズに任せよう。コアちゃん、もう一回外の様子を見せてくれる?」
ここまで来たらもう配下を信じよう。昔の最弱ダンジョンとは違う。今のダンジョンには多くの同胞たちがいる。
「うちの子たちを信じて任せるのね! 素敵! まるでダンジョンみたいだわ! おっけー、任せて! 外の光景ね!」
信じる。モンスターたちのことを、これまで自分が下してきた決断を信じる。何から何まで俺がやる必要はない。俺が今、最優先にすべき敵は人間ではない。
「うん。少しでもあの竜の情報を探ってどうにか追い返す方法を見つけよう」
何が嬉しかったのかコアちゃんはウキウキでスクリーンの映像を中から外に切り替える。
映っているのは洞穴に頭を突っ込もうとしている竜のケツと、ケツの穴からはみ出た角の生えた鹿の頭。鹿の頭?




