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【第二部開始】初心者マスターとポンコツコアの迷宮運営記 〜なんでもありの外道ダンジョンでも独立国家になれますか?〜  作者: 綴木春遥
第一部 ミストフォークと聖女の剣<下> Apex Predator 編

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061.ミストフォークの昏き霧の森


「総員退けーっ!!」


 バルザークはいち早く森の異変を感じ取り、戦鎚を一振りにニワトリの集団を弾き飛ばして声を荒げる。

 森の奥、山の方向から静かに聞こえた無数の蹄が土を叩く音は次第に近く、大地を震わせる。草木がくしゃりと悲鳴を上げて森の土は烟る。

 既にそれは音を超えて震動となり、針葉樹の合間から姿を現した。四つ目の鹿。鹿の群れ。それはただ、目の数が多い以外は、北方の民なら誰もが一度は目にしたことのある普通の鹿と変わらない。しかし、問題はその目の数にある。


 バルザークの声に真っ先に反応したのは、ヒナトの街の冒険者たちだった。

 彼らは知っている。ミストフォークの成り立ちを。伯爵家、ひいては王国が行った開拓。

 開拓とは——何もない土地をただ切り拓くことだけを示すものではない。

 その土地を欲する者にとって何もない土地にでも生はある。人が生き、動物が生きて暮らしている。

 開拓とは——それら原住民たちを支配し、土地を奪い我が物とする暴力によって行われる。そうして王国に呑み込まれた古い民たちと王国の移民の二つの人種が長い時を経て混ざり合い、今という形を成している。

 故に、ヒナトの民たちは知っている。古い民たちの口伝。


 山脈に棲む"四つ目鹿(サリエルク)"。そして、その頂点に立つ純白の雄鹿"天視偽(セルヴィエル)"。

 その白い雄鹿は山の頂より人命を識り、その生と死を思うがままにする。

 四つ目の鹿は全てがセルヴィエルの目となり、敵対するものの命を容赦なく奪う狂気である。

 どれだけ天に焦がれようとも、手を伸ばしてはならぬ。不用意に山に、森に近寄ってはならぬ。

 故に古の民たちは祈り、願い、天から与えられた矮小な力を集めてその森に永遠に続く霧を生み出した。


 昏き霧の森とは、古来よりこの土地に棲む民たちによって、サリエルクという脅威に人々が近寄らぬようにと創り出された魔法の森である。


 霧の民謡(ミストフォーク)。その地の由来を知る者はもう殆ど存在しない。

 それでも、時の変化に消え行く先祖の戒めは「四つ目の鹿に出逢うこと勿れ」と、語り継がれた。


「四つ目の鹿だ! サリエルクが出やがった! 死にたくないやつはさっさと逃げろ!」


 ヒナトの冒険者が叫ぶ。


「ただの鹿に何をビビってやがる? サリエルクってのはなんだ?」


 領都の冒険者が獣に背を向け走り出す田舎者を嗤う——


 『退()け』


 ——その耳に小さく流れ込んできた音に、男はその身が途方もない巨大な黒い塊に呑み込まれて死ぬ様を見る。


 ああ、ここでいくら頑張ってもあれに勝てるはずがない。あの黒い化け物に喰われて死ねば、自分もその一部として死んでも呪われた体で死に続けるのだ。生きて何になる? あんなものと同化して化け物になるくらいなら。


「死のう」


 その手に握った矢を自らの首に突き刺そうとして、


「馬鹿野郎が! さっさと逃げろって言ってんだろうがよ!!」


 ヒナトの冒険者に思い切り頬をぶん殴られて、一瞬、視界が白に染まる。意識が戻る。


「……俺は何をしていた?」

「もう一度は殴ってやらねぇからさっさと走りやがれ都会野郎」


 何故、殴ってきた方が偉そうなのかは分からなかった領都の冒険者だが……その震える手に持った矢の鏃と首筋にうっすらと伝う血に、迷うことを後ろ倒しにして田舎者と嗤った男の背を追いかけた。




 前線、転じて最後尾となった戦場で、バルザークは冒険者たちが逃げるための時間を稼ぐために奮戦していた。

 サリエルクが現れた途端、森の獣共は何故か入れ違いに森の奥へと向かい出したが、それらと同士討ちをしていた獣たちは変わらず暴れている。さらにサリエルクの群れだ。

 バルザークは北方の生まれではない。しかし、ギルドマスターとしてヒナト周辺の情報は誰よりも積極的に集めている。それは、この地を治める貴族よりも……である。


「バルザーク殿! すぐに冒険者への撤退命令を撤回して頂きたい!!」


 ルイス・エメル。伯爵家の矛は獣もサリエルクも無関係にその銀の槍で貫きながらバルザークの元へとやって来た。


「冗談で言ってんならつまらねぇから断る。本気で言ってんならくだらねぇから断る」

「そちらこそ何を笑えぬ冗談を! さらに敵が増えたのです! 騎士だけでこの数を抑え込めと!?」

「はぁ?」


 ルイスの剣幕にバルザークは思わず、戦闘中だというのに呆けてしまう。勿論、油断などはなく、襲ってきた狼は軽く吹き飛ばしたが。


「騎士様よ。まさかミストフォークを知らねぇのか?」

「……何を言っている? ミストフォークはこの地の名でしょう」

「ちっ……そうか、知らねぇのか。余所者の俺でさえ知ってるってのに、お偉いさんたちは()()()歴史だけ学んで忘れることにした訳だ」


 困惑するルイスに辟易するも、だからといって今この場で話して聞かせる暇もない。

 そもそもがサリエルクという存在の厄介さを説明する根拠は民謡でしかない。サリエルクの目撃情報でさえ、滅多にあることではなく数年に一度あるかというもの。あったとて、冒険者ギルドは四つ目の鹿には手を出さない。

 それを貴族の手先にどう伝えれば納得するというのか。考えるまでもない。無理だ。少なくともこの状況では。


「俺は命令を取り下げねぇよ。俺ら冒険者が守るのは人と街だ。貴族の命令でも国でもねぇ」


 それすらも、本来なら騎士が護るべきものだ、と言うのはさすがに飲み込んだ。


「それでも、貴族の命令には従って頂かなければ困ります。何故ならば——法的根拠は我らにある。我が身、我が血に流れる誇り。僕は貴族として法と秩序を守る者だ。諸君がこの場から逃げ出せば、そのなんとかという鹿も森から溢れ出るのだろう? ならば、命をこの場に置いて行きなさい。逃げる者には法の裁きを与える。死ぬならば、法を守って正しく死ぬべきだ。生きるのならば、法を守って生きなければならない。今この場にいる騎士、冒険者。立場など関係ない。人も街も護りたいと願うのならば、その力を合わせ互いの命を守り合うのです。真の安寧は勝利の先にこそある。勝利した暁にはフレイズ伯爵家の名において勇敢に戦った諸君には多いに礼を弾もう! 金貨の山を掴み、最高級の美酒に酔い、英雄となった己の名を民に聞かせると良い! 全隊、僕に続け!! ——天賦覚醒・貫志刹那(モーメント)


 銀閃が煌めく。鞘から抜き放たれた美しい刃がサリエルクの首をひと突きに貫き殺す。

 サリエルクは小さな悲鳴を上げる暇もなく死を迎え横たわる。


「さあ! 続けっ!!」


 ミエレの魔法によって全体に届けられた指揮官のその声に、後退していた冒険者たちは、僅かに戸惑い……再び前を向く。


「あなたの言葉よりも、我が主の言葉の方が彼らの胸に響いたようですよ。バルザーク殿」

「もう黙れ、"精鋭線(デッドライン)"」


 ルイスの軽口にもう何を言い返す気にもならないと、バルザークは怒りを込めて戦鎚で敵を薙ぎ倒す。

 せめて、どうにかしてヒナトに危険を報せなければならない。近隣の村へは……もう無理だろう。

 今此処で、止められないのならばこの辺り一帯はどうなることか。

 口だけは達者なラグネルの弟。身なりだけではなく確かに貴族として馬鹿を率いるカリスマはあるのだろう。

 人々を扇動して殺すのは貴族の得意技だ。


「ミエレよ、お前はそれで良かったのかよ。そいつはラグネルじゃあねぇんだぞ」


 フィニャセラの教え子。ダンジョンマスターとの接触者で犠牲者。傷が癒え、本人の希望があったこと。誰よりも情報を持っていること。そして……ロニエールトという貴族に気に入られたがために同行を許された最低ランクの冒険者。


 ミエレにはそんなバルザークの零した独り言など届かない。

 ミエレはラグネルの本当の地位も名も知らず、伯爵家の後継に目をかけられてしまった。

 そうでなくとも、この森で失ったものはミエレには大きすぎる。

 イアン、フィニャセラ、そして……


「セレナ……もうすぐ会えるかも知れませんね」


 ミエレは恐怖と、まだ痛む体の震えを堪えて詠唱を始める。


「我が意志、我が誇りに誓い、風の刃よ我に仇なす者を斬り刻め。罪を、裏切りを赦さぬ断罪の雷よ、悪しき者を貫く奔流と鳴れ——ぇ?」


「ヴォォォォォォォォ————!!」


 その詠唱は、森の樹々を薙ぎ倒して姿を現した巨大な竜の咆哮に掻き消される。


 運命はもう、誰の手にも取り返しの付かぬところまで進んでいた。


本日、小説家になろう様の累計PVが一万を超えておりました。誠にありがとうございます。

メジャーからは遠く離れたニッチな本作を読んで下さっている皆様に感謝を。

第二部の進捗は順調です。第一部で登場しなかった分、女性キャラがたくさん出てきます。


一生懸命心を込めて執筆しておりますので

レビューやブックマーク、評価欄の「⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎」を「★★★★★」などにして頂けると嬉しく思います。

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