057.破壊要塞と精鋭線
バルザーク・ベルモンドが"破壊要塞"と呼ばれるのは過去に王国東部にて起きた"裏ギルド"との戦争での功績と、その天賦の才にある。
「許し難い。イアンに始まり、フィニャセラ……何より有望な若手を奪われ、今はその原因を守るために後輩に命を賭けさせる。そんな許し難いことがあるかよ、なぁ!!」
咆哮と共に真っ先に獣の群の中心地に飛び込み、振り下ろした巨大な戦鎚が梟頭を叩き潰し、衝撃波が周囲の小物共を蹴散らす。戦鎚が振り下ろされた地は爆ぜ、陥没と隆起を発生させる。
その男、その一撃で要塞をも破壊する。
そしてその一撃で隆起した大地は己を守る要塞の如し。
かつて冒険者ギルドを裏切り、東部の要塞を拠点に王国に動乱を齎した裏切り者共の鉄壁を打ち破り道を切り拓いた英雄。
老いて尚、その力は健在。故に己の背中を追う若輩の盾となり、先鋒となる。
そうして一人飛び出したバルザークの視界に背後から無数の赤い閃光が糸を引く。
バルザークは放射線状に広がる線が自分を捉えていないことを確認して動きを止める。
「バルザーク殿、お一人で突出なされるな」
「お気持ちはわかりますが」と銀の騎士がバルザークの横に並ぶと同時、赤く引かれた線上に存在した数十の命がその身に空虚な穴を抱いて散る。
「"精鋭線"、また腕を上げたか?」
「ルイスとお呼びください。私はこの天賦の才の名があまり好きではありません」
フレイズ騎士団団長、精鋭線のルイス・エメル。北方最強の騎士。生まれもっての槍術の天才。伯爵家の矛と呼ばれるエメル家の現当主。既に五十を超えたバルザークに比べれば、まだ二十八という年齢は若いが、まさに肉体の全盛期。幼い頃から伯爵家に仕え、その息子たちに武芸を指南したのもルイスである。
「なら小僧でいいか? ほら、さっさとあの鬱陶しい小鳥共を片付けてこい。俺ぁデカいやつから仕留める」
「……ロニエールト様のことでお怒りですか?」
「長男の方も大嫌いだと言って欲しいか? おら、さっさと行けや」
バルザークにこれ以上口を動かされては堪らないと、ルイスはバルザークから離れて槍を振るう。赤き閃光煌めく先は最前線。どんな敵さえ正確に急所を打ち抜き、後ろに続く騎士たちの道となる。この男こそがフレイズ騎士団の生命線にして、立ち塞がるもの全てのデッドライン。
無双の騎士は目にも止まらぬ速度で羽ばたき宙を舞う全周囲穿孔鳥を的確に貫き、鮮やかな羽根が舞って命が堕落する。
「こいつでもねぇ! こいつでもねぇ! てめぇはどうだっ!!」
一方のバルザークは片手に担いだ大楯と自らが作り出した岩の盾で大型獣からの攻撃から身を隠しながら、敵に向かって岩壁越しに戦鎚を振るい、その驚異的な膂力で岩ごと大型の獣たちを粉砕していく。さらに悲惨なのは、群れた獣たちに破砕された岩の礫が無作為に弾丸として襲いかかり、致死にはならぬ深傷を負わせ、獣たちの咆哮には断末魔と悲痛な叫びが入り混じる。
「どいつだ、てめぇら如きにフィニャセラが遅れを取るはずがねぇんだよ。あいつは、こんな田舎で燻るような才能じゃあなかったんだ。そりゃあ不真面目なところもあったが……それでもあいつはヒナトを愛していた。ヒナトの為にならいつだってどんな危険も引き受け乗り越え、守ってみせた。たかが一度の戦争で目立っただけの俺なんかとは違う、本物の英雄だったんだ!! それがてめぇらみたいな雑魚に負ける訳がねぇ!!」
バルザークは怒りに任せて戦鎚を振り回す。自らが託した使命によって死んだ者たち。彼ら彼女らを選んだことに悔いはない。
悔いるとするならば、何故、どうして死んだのか。その死に様を誰も知らずに無駄死にとさせてしまうこと。
この目で見て、この身で戦い、知らねばならぬ。
そして伝えなければならないのだ。彼ら彼女らは勇者であったのだと。
互いに殺し合う獣たちは突如現れた、自らを容易く殺せる二人の脅威を、錯乱状態のままでも敵と認識し排除を試みる。
標的は最前線で最も命を奪っている二人だけではない。いつの間にか森の霧と木々に隠れて周囲を囲むようにして現れた百を超える人間の群。
獣たちには使命がある。あの洞穴の奥にあるものを破壊し、皆殺しにしなければならない。そうして死ぬ為に生まれてきたのだから。
獣たちには使命がある。洞穴を襲う者を殺し、供物を捧げなければならない。そして自らも供物となるために生まれてきたのだから。
歪められた運命。生の意味。ただ生まれ、森の中で一生を終える。それだけだった獣たちに与えられた上位者からの崇高なる使命。
命を使え、消費しろ。命を運べ、主の元へと。
狂った獣は止まらない。その牙で、爪で、嘴で、魔法で。その身とその身の内に宿した全てを用いて殺す。獣も人も区別はない。
死ぬために生まれてきた。死ぬために生きてきた。それが今、ここで報われる。救われる。
死よりも大切なものなどない。死の他に必要なものなどない。奪うことも奪われることも全てが悦びに満ちている。
人間が百いるのならば百を殺せ。二百ならば二百を殺せ。殺すために何百死のうと構わない。
最後に生き残ったものが全てを手に入れる。
洞穴の先の滅びを。
森の滅びを。
自らの滅びを。
その為に、人間の腹を割き、臓物を食い破る。首をへし折り、踏み潰す。刺されたのならば差し返す。斬られたのならば切り返す。潰して、潰され、奪い合う。
人と獣が雄叫びと悲鳴を上げて、たったの数分で数十人、数十匹、数百匹の命がゴミのように横たわる。土に混ざった赤黒い沼が広がる。
しかし、不思議なことに悪臭は酷くない。
人と獣が奪い合う中、腸も骸も人知れず静かに闇に沈んでいく。
赤黒い泥沼の底に沈んだ黒き靄が簒奪する。
誇り高き使命を持った魂を、誇りを奪われ狂った哀れな魂を。全て飲み込み嘲笑う。
「……ロニエールト様、この争い、終わりはあるのでしょうか」
互いに百を越える軍勢の衝突。あまりにもあっけなく数を減らす騎士と仲間たち。
若き風魔法使いは、後方にてその光景に顔を真っ青にして佇んでいた。
「争いには必ず終わりがあります」
「そう……ですよね」
「どちらかが死に絶えるまで、我らはもう止まれぬのですから」
優勢か劣勢かなど関係ない。
これはフレイズ伯爵領を舞台にした、アルヴァリア王国が世界と時代の変遷から取り残されぬための戦いなのだ。恐れをなして引くことなどはじめからあり得ない。
「そんな……それでは、私たちは……」
「勝利するしかないのです。安心してください。ミエレ嬢のことは何があっても僕がお守りします。友人を、お探しなのでしょう?」
「はい……ですが、友人だけが大切なのではありません」
目を閉じて、静かに涙を流しながら震えるミエレの言葉が、ロニエールトにはどのように聞こえただろうか。
「僕も、大切に思っていますよ」
ロニエールトはそっとミエレの肩に手を回して、その身を優しく抱きしめた。




