054.それは私の……
死の瞬間、どうして意識があったのだろう。何も知らなければ……憎しみも持たずにいられたはずなのに。
けれど私は知ってしまった。争いの中で奪われていく命たちと同じ。私も同じように死んでいく。
私の命を奪ったのがなんなのか、はっきりと理解している。
理解してしまっているから、再誕して尚、苦しんでいる。
静かな眠りさえ奪われた。私は壊れて産まれた。私を壊したのはこの世界だ。この世界は、私から奪っていく。何もかもを奪っていく。命だけではない、私の全て……大切な記憶まで。
一度目の死は受け入れられた。けれど、二度目、三度目は赦さない。受け入れられるわけが無い。
私が産まれるのを待ち受けていたかの様に姿を現したのはこの惑星の星獣。よりにもよってこの星では地表に星獣が存在するらしい。私の時にはそうではなかったのに。なんて親切で、不親切。
何度も、私は助けを求めようとした。
けれど、星獣たちによって私の未来が殺される。何度叫んでも、星獣の力に妨げられて、私が壊れていく。諦念、達観、絶望。それ以外の全てが奪われて、そして待つのは死。
これ以上壊れたら……これ以上奪われたら、私は唯一の大切なものさえ失ってしまう。
死んで、失くして、もう手の届かない。私の中にだけ眠る思い出の怨霊。
私が最後に求めたのは話相手だった。
「ふみゅう……あれ? ここどこ?」
「私の世界へようこそ!」
こんなふざけた願い事だけ叶うのか。何度助けを求めても誰も応えられなかったのに。
こんなごく普通の人型生命体の魂が、当たり前のように現れた。
よりにもよって、私の最後の力を振り絞って創り出したその肉体に宿ったのは、この世界とも私の世界とも異なる世界の青年。
そんな青年に私はいくつかの隠し事をして、契りを結ぶ。
シノミヤというその青年は、自分の記憶も感情も曖昧になってしまっていた。
私はその隙に漬け込んだ。寂しくて、怖くて、そんな理由で巻き込んだ。
私ももう立派な奪う側の存在へと堕ちていたのだ。
あること、ないこと。できること、できもしないこと。彼の魂が壊れてしまわないように、少しずつ情報を渡していく。
すると、不思議なことにただの会話の中で私にはもうアクセスできなくなっていた記憶がぽろりとこぼれ落ちてくる。
音楽? 歌? そんなものがあったなんて忘れていた。私の中に巣食う怨霊の視線が少しだけ優しくなった気がした。
なんでだろう。
なんで、こんな力もなくて、ただ騙されて流されてしまい易いこの人間との会話は心地よくて、苦しいんだろう。
思い出が溢れてくる。
シノミヤが、たった独りで戦っているのに、私にできることはない。
トラップが奪ったこの星の命が流れ込んでくる。
この力をどう使えばいい? どうやって助けになればいい?
シノミヤの前に積み重なっていく骸。破壊された私の世界。血を流して、それでも不細工な剣を振るう私の……私の、マスター。
「守るのがダンジョンマスターの役目でしょー」
そんないい加減な言葉で押し付けた役割を、放棄もせずに守り続ける彼に、私はなんて謝ればいいの?
シノミヤに止められていたはずのグレイスが隠し部屋を飛び出してもの凄い速度で迷宮を走り出した。
私がシノミヤと作った何重にも重ねた大切な壁を突き破って梟猪に飛び掛かる。
そんなグレイスを、羽の一振りでオウルボアは軽く吹き飛ばす。風圧の魔法。森の賢者を宿した暴力の獣が猛威を振るう。矢のように飛び出した羽根が、距離を取ったグレイスとシノミヤの体に突き刺さる。
近づけば翼と猪の暴力が、離れれば羽根と魔法の巧みな技が二人を追い詰める。
それを私は見ていることしかできない。
いつかのように。
意識ははっきりしていて、死んでいく命たちが見えているのに、私はどうして動けない?
あの時、私は無数の命たちと共に死んだ。
だけど、彼らは……シノミヤだけは他の命のようには、私のようには死なせたくない。
死なせる訳にはいかない。
私を救ってくれたたった一人のマスター。
「シノミヤを護るのは……それは私の役目でしょ!!」
爪痕の刻まれた六畳一間。
たった一人で声を出す。
まずは声だ、言葉だ、言葉を紡げば記憶が溢れる。シノミヤが教えてくれた。
「声を出さないと、頑張らないと。私にできること、何かあるはずだから……」
探すの。
いつも導いてくれた彼の側には今は居られない。
話しかけて気を散らしてしまう訳にはいかない。
「捕虜を処分する? その場合に得られる戦力は……検索。複数ヒット。可能性あり。継戦能力は? 不十分。数を捌けない。ダンジョン拡張……できるのは二階層以降のみ。これじゃ私しか助からない。意味ないの、私だけじゃダメ。シノミヤが死んだら私も死ぬ。転移で逃すのも無理、罠の再起動はまだ無理。新しい罠ももう置けない。どうすれば……」
たった一体倒せるだけじゃ意味がない。
全部、全部、全部、倒さなくちゃ。
「星獣……しつこすぎっ!!」
何もアイデアが浮かばなくて、憎ったらしい鹿の姿をした星獣に悪態を吐く。何度も、何度も邪魔をしてくれる。
でも、そっか。
何度も邪魔をされたからシノミヤに出逢えたんだ。
私を救ってくれる人に出逢えたんだ。
「シノミヤは何度も、何もできずに震えていただけの私の代わりにあいつらの前に立ってくれた。そうだ、シノミヤ言ってた。あいつらは能力が強いだけの雑魚だって……能力、能力!!」
あいつらの能力は"超越過負荷"。上位存在による精神攻撃。攻撃方法は発声。聴くだけで狂わせ、未来を殺す異常能力。
その声を私は何度聞いた?
シノミヤは何度聴かせてくれた?
「そういえば、音源がないかっていつか聞かれたなぁ」
やっぱりだ、シノミヤの言葉はこんなボロボロのポンコツコアの私の記憶をいつだって救ってくれる。
「えー、こちらダンジョンコアですどうぞー」
「うわぁ!? ちょっとコアちゃん今忙しいんだけど! 遊ぶなら後でにしてくれる!?」
延長した洞穴の通路に声を響かせたら、戦闘中だと言うのにシノミヤがオウルボアの攻撃を避けながら返事をくれる。何度も転げ回ったせいで、血と埃と煤で体が真っ黒に汚れている。
そんな姿で、後で遊んでくれるって言うの?
「シノミヤー! グレイスも念の為お耳に栓をして置いてね!」
上手くいくかは、わからない。
けれど、あそこにいる敵はみんな既に"超越過負荷"の影響下にある。
それなら、私の下手な猿真似でも効果を発揮してくれるでしょう——してくれるといいな。
『意思を奪われ狂気に犯されし哀れな獣たちに死を与える————』
星獣の発声を解析、怪物たちの書き換えられた運命を上書きして簒奪する。
私の大切な人を奪わせはしない。
一生懸命心を込めて執筆しておりますので
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