053.死ぬまで殺す
灰と煤塗れの傷だらけになったグレイスを、第一階層最奥の小部屋に運んで横に寝かせる。
気は進まないが背に腹は変えられないと、前に食べさせるのをやめさせた汚い肉を一つと小さい肉を三つ与える。
「グレイスはここにいろ。肉体の再生が済んでも俺が呼ばない限りは動かなくていいからな」
「……」
グレイスは何も言わず、嫌そうな顔で肉に手を伸ばすのを見て、少し後悔する。嫌がらせの時は平気な顔でなんでも食うくせに今更嫌がる素振りを見せるとは、何処までも人の傷を抉る女だ。
「コアちゃん、俺を洞穴の入口まで飛ばして」
「え? 帰って来ないの? 外に出るつもりならやめた方がいいよ、最適化は完全じゃないの。まだ本来の一〜二%程度しかできてないんだよ。中に引き篭もって敵が居なくなるのを待った方がいいよ!」
「外には出ないから大丈夫。引きこもるにしたって、今のままじゃダメだ。足止めしている間にダンジョンを改築する。小型の追加が来たらもう止められない。せめて昨日死んだ連中のリスポーンまでの時間は稼がないと」
今はコアちゃんとは別行動だから映像が見えない。外にどのくらいの敵がいるかはわからないけど、今戦えるのが俺だけなら、俺がやるしかない。このダンジョンのマスターは俺だ。
「……なら、せめてこれは持っていきなさい」
俺の手元に練習で振っていた鉄の剣が転送されてくる。
「ありがとう」
「おかえりなさいって、言わせなさいよね……転移!」
視界が一瞬で切り替わる。洞穴の入口、その穴の向こう側にひしめく竜のような脚、爪。熊よりでかい嘴と羽の生えた猪の群。
騒々しく吠える獣たちの声はもう聞き分けることもできない。耳を劈く騒音、それだけ。
「アビサルフレイムウォール」
そんな怪物たちの相手なんてしていられない。さっさと入口を封鎖する。
黒紫の焔の壁がダンジョンに蓋をするが、これは対策されて耐えられる奴なら抜けられるから完全封鎖扱いにはならない。俺を殺しかけた盗賊が身をもって教えてくれた。
焔の壁の向こうから聞こえてくる。さて、コアちゃんにはああ言ったものの、改築なんてどうすればいいものか。侵入者が中に居ない状態なら改築できるとは言ってもあまりに急な事態に何が正解かわからない。
モンスターを増やすことは考えたが数の差が多すぎる。一番多く呼べるゴブリンやコボルドでは何十匹呼んでも何体倒せるか。最悪踏み潰されて終わり。だからモンスターはない。
罠を作るための素材はこの前木を沢山手に入れられたからまだ余裕はある。いっそこの通路を杭だらけにするのもありかな?
感圧式の床を踏んだら天井や床から硬化させた杭が飛び出して突き刺す。ニワトリならやれる。あれは過去に硬い棒でも倒せた。
効き目があるかわからないのはオウルボアだ。あいつだけは交戦経験がない。
考えがまとまらない。否定的に考えすぎるのは焦りのせいか、けれど安易にそれで大丈夫だと思い込むのも正常性バイアスとかいうやつか。
「コアちゃん、俺のいる通路を伸ばしてくれ。三十メートルくらい。大体でいい」
「わかった!」
とりあえず動かないと。間違えたら終わり、でも動けなければそれも終わり。
「天井と床、横壁からでもいい。侵入されたら罠が作動して丸太サイズの杭が飛び出るようにしたい。感知システムはなんでもいいから今あるDPで足りるようにして欲しい。杭の本数を優先で」
「飛び出る杭ね! わかった! ボタンを踏んだら作動するタイプが一番安いけど……」
「人間用じゃないからとりあえずそれでいい、むしろボタンは大きめでニワトリが踏みやすいようにしてくれ」
「ボタン大きめね! 罠を作るからシノミヤはできるだけ後ろに下がって!」
コアちゃんに言われて第一の手前まで後退。足元の床が急に伸びて入口が遠のいていく。コアちゃんが通路を弄ってくれたようだ。
そこからポコポコと床の上に疎にタイルのようにトラップのボタンが生えてくる。壁や天井の裏にも杭を仕込んでくれているはずだが、作動していない状態だと長さや鋭さの確認ができない。
確認のために罠を作動させてみたい気もするが我慢。自分から死ににいくつもりはない。
「ここからは持久戦」
魔力——コアちゃんはカオスと呼んでいた——力が消耗していくのを感じる。額から頬を伝うねばつく汗は焔の暑さのせいではない。じりじりと何かが頭の血管を塞いでいくような、痛みとも違う閉塞感。塞がっていく。暗がりに沈んで、思考能力が奪われる。俺は今まともか? 正しい選択肢を選べているか。不安になる。
DPで強化され安定していたはずの体と精神が乖離していく、自分を後ろから俯瞰しているような離脱感を覚える。俺は誰で、なんでこんなところに居て、何をしている?
——風流だねぇー
間の抜けた平和ボケした声が聞こえた。コアちゃんに出会った日。俺がここに連れて来られた日。
今にして思えば全然風流なんかじゃない。あの時感じた趣は全て死の予兆だった。
わけのわからない生き物の襲撃、想像以上に強すぎる冒険者たち。
そんな連中だらけの世界で、俺と光るバレーボールはバカみたいな夢を語った。
城が作れる。土地が広げられる。モンスターメイドを侍らせる。
誰にも襲われない楽園を作る。
「だけど、今叶っているのはたったひとつだけだもんな」
焔の壁の向こうで喚く怪物たちの声を聞きながら必死に魔法を維持して、何十分……何時間?
ただ力を吸い取られ続けるのに耐えるに必死で時間なんてわからない。
黒紫の焔がチラチラと火花を散らせて解れていく。壁が崩壊する。隙間から異臭が漂ってきた。どうやら何体かの敵が洞穴に入ろうとして焼かれていたらしい。
「俺の限界はここ、あとは頼むよコアちゃん」
壁が消える。
剣を構える。
前を向く。
「さあ、俺が餌だ。入って来い」
巨大ニワトリにオウルボア、その後ろにはどれだけの追加が来ているのかわからないが……
「殺して殺して死ぬまで殺す」
この剣と罠で殺して魂を奪い、消費する。自転車操業のプロを舐めるなよ。
「ゴゲェ——」
洞穴に足を踏み入れた瞬間、横壁から突き出した硬質化した丸太の杭がニワトリの横っ面を貫いた。
「一歩目に仕掛けるなんてやるじゃん」
コアちゃんの鬼畜外道な罠は見事に先頭のニワトリを仕留めたが——
「コケーッ」
——二匹目のニワトリの蹴りに激しい音を立てて杭がへし折られる。たった一度だけとはいえ、よくアレを耐えたものだと冷や汗が流れる。
そこから雪崩れ込むように侵入してきたニワトリたちが貫かれては後続に罠を破壊される繰り返し。
破壊された杭がニワトリの死体とともにダンジョンに吸収されていく。そのまま罠が復活してくれれば最高だったが、そんなうまい話はないらしい。クールタイムか、それとも侵入者判定で罠の再設置ができないのか、壊された罠は再起動しない。
「コケッ」
そして遂に、目と鼻の先に巨大ニワトリが立ち塞がる。いつかと同じ光景。
いつかとは違うのは覚悟と自信。
「さすがにもうお前相手にビビりはしないよ」
剣を構える。習ったこともない、我流どころかおままごとレベルの剣を振る。
——ガギンッ
ぶつかり合ったニワトリの爪と剣。力いっぱい振るったはずの刃が当たり前に弾かれる。
人間を超えた力が、ただの爪と同等。笑える。笑えない。
弾かれて、弾いて、互いの力を押し付け合う。急所を突かなければ俺の剣なんてこの程度。それでも耐える。
「じぃっ」
蹴りの相手をするのに夢中で上の警戒が疎かになったところに鋭い嘴の一撃が腕を掠めて血飛沫が舞う。
焼けるような痛みに変な声が出た。恥ずかしい。デカい口を叩いておいて、まだこの手で一匹も敵を倒せていない。
油断をするな。なんのための暗闇だ。なんのための暗闇を見通す目だ。目……? あいつの攻撃が直撃しなかったのは見えていないから?
これまでのニワトリとの戦闘はまだ洞穴が狭かった頃と野外。可能性はどのくらいある?
確認のしようなんてない。ないなら進め、前に出ろ。ニワトリの蹴りに剣を叩きつける。互いに弾かれる。剣を捨てる。踏み出し、胴に手を当てる。ゼロ距離。
「炎弾」
焼け、焼け、焼け。
炎弾を直接連続で叩き込む。羽毛が燃えて肉が焦げて膨れ上がった鶏皮に指先を抉り込ませて、もう一発、炎弾。
焼けた脂が鼻腔にこびり付く。聞き飽きた断末魔に興味はない。
死体が闇に呑まれて沈んで消える。
「ホウ」
「……今回も見逃してくれない?」
「ホウッ!」
四つ目鹿の精神汚染で狂ったオウルボアにそんな言葉は届くはずもなく。巨大な翼が圧倒的な質量で横薙ぎに迫るのを咄嗟に地面に伏せて躱わす。ついでに剣を拾って後ろに転がって、距離を取ろうとして背中を打ち付ける。
背後にはあるのはハーフ壁ゾーン。上下に入り組んだ構造のせいで、立ち上がるにも壁が邪魔をするようになっている。逆を言えば、上から襲われる心配はないが——ドゴン。と衝突音、嫌な予感がして背後の壁に体を張り付ける。目の前にギロチンのように砕けた石壁が降ってきた。
ダンジョンの壁はちょっとやそっとじゃ壊れないようになっているというのに、壊された?
万が一耐えられなくなってもこの壁が大型の侵入を防いでくれると考えていたというのに、これではもうお終いだ。
「イウコト、キク、イヤ……」
そんな俺の諦念も、ダンジョンの壁もぶち壊したのは、最低の救いだった。
「ぐ、グレイス……」
壁壊したのお前かよ!
外伝書きました。完全新規書き下ろしです。
興味のある方は作者の名前かタイトル
炎の魔法使いミリア・ミリオンの見る夢〜ダンジョンに抱かれて堕ちる絶望快楽〜
でノクターンで検索してください。
18歳未満は読んではダメですよ!




