052. 跳ね除けた未来
ダンジョンに残っていたオークが、ゴブリンキッズを連れて迷路を進む。番のコボルドが自分たちのパピーを連れて死地へ赴く。
これでダンジョンの全戦力。全てを以て侵入者を阻む。
グレイスは雪斑豹を喰らった影響か、体の一部が凍りつき隠密を使えなくなった。姿を晒したままハチドリと互いの肉を喰らい合っている。
その横を抜けた四匹の雪斑豹と三匹の三尾狼が迷路を駆ける。
オークたちとの接触はもう間も無く。
「シノミヤ、もう一度だけ……俺にぶち込めって言ってみてくれない?」
「言わないからさっさとしてくれる?」
ダンジョンの仕様上、侵入者がいる状態で改築はできない。かといって、今あるDPは襲撃してきた獣共から奪ったDPしかない。人間の魂と違って、どう考えても人間よりも凶暴なこいつらのDPはそう多くない。多くないが、数はある。
モンスターは増やさない。今ある手持ちであの雪斑豹を倒せるモンスターを探している暇はない。
なら、炎の魔法適正のある俺が行くのが一番手っ取り早い。
「だからはやくして」
「わかった。後悔はないものと受け取るわ——殄滅と破壊の混沌、戒めの鎖縛は解れ、汝の承諾を以て深淵へ降る。終焉の漂着者よ、否定せよ。汝、混沌の子にて混沌の王。空白の玉座に坐すことなかれ——魂沌合綴」
詠唱とも違う紡がれた言葉に一瞬、視界が何重にもぶれたあと、収束してクリアになる。
「なんか、あんまり変わった感じはしないな」
特に力が湧いてくるとか、黒い靄に包まれるなどもない。ただ、少しだけ気分がスッキリとした感じがするだけ。
本当にこれで体が強化されたのだろうか? 疑っている暇もない、今は始末をつけに行かなければ。
「待って、シノミヤ」
声をかけられて振り返る。三本の爪痕の残された壁からふよふよとコアちゃんが近づいてきて——ゴチン。
「なんで頭突き?」
「キッスよ」
「キッスて言い方」
「じゃあチュー。ほら、これでもうシノミヤは大丈夫。いってらっしゃい」
「……行ってきます」
下手くそ過ぎるファーストキスは歯が当たるどころじゃない硬い音がした。
扉を開く。明かりもない暗闇のはずのダンジョンが昼間のように明るく見える。
「深淵に馴染んだのよ」
頭の中にコアちゃんの言葉が響く。言っていることはよくわからないけれど……これなら一人でだって問題ない。それにコアちゃんは見守ってくれている。
だから、走る。体が軽い。いつもより早く、それでいて制御ができている。
強化されたというよりも、扱いきれていなかったこの体の本領を使いこなせている感じ。
どんなに速く走ってもバランスを崩さない、人を超えて、モニター越しに見た雪斑豹のようにしなやかで俊敏な足運びで迷路を駆け抜ける。
最前線、いや、最終防衛線が見えた。オーク三体が身を挺して四匹の雪斑豹を止めている。全身が凍傷を起こし傷つきながら、巨体で抱え込む。雪斑豹はそんなオークに爪を突き立て、首を食い破らんと牙を剥く。
ゴブリンキッズたちは武器も持たずにそんな雪斑豹たちに飛びかかり妨害をしようとして、尻尾や脚に蹴り飛ばされて弾けて消えていく。数体のゴブリンメイジキッズが小さな炎を放つが、豹の冷気に負けて霧散する。
コボルドの番が三尾狼に首をへし折られて霧散するのが見えた。六匹のパピーが両親の仇の尾に飛びかかり牙を立てた。
俺の送り出した配下全員が死に瀕している。俺の命令で、俺とコアちゃんを守る。それだけのために。
「よく耐えてくれた」
配下の死が見えた、速度を上げた。一息に跳び、コボルドパピーを振り払おうと暴れる三尾狼の頭を踏み潰して着地する。狙い通りの跳躍、やはり身体能力に意識が最適化されている。
「ギャウンッ」
残った二匹の三尾狼の首を引っ掴んで壁に叩きつける。何の工夫も技術もない膂力に任せた暴力で押し潰す。
「わんわんっ」
「きゃんきゃん」
「お前らはもう隠れてろ」
狼が死んだのを見たパピーたちが雪斑豹に向かって行こうとするのを止める。あちらでは既にゴブリンキッズたちは全滅し、血だらけのオークが半身を凍らされていた。
「オークの戦士たちよ、そのまま役目を果たせ」
「フゴォーッ!!」
血を吐きながらオークが雄叫びを上げる。雪斑豹を捕える手に力を込めれば、凍てついた体から肉が崩れ落ちていく。
戦士たちは理解しているのだろう、それが主からの死の宣告なのだと。
「深淵灼焔」
体の内側から滾る憤りを伸ばした手のひらから射出する。黒紫の焔が巨大な塊となってオークごと雪斑豹を飲み込み静かに燃える。派手な爆発音も無い、静寂の中で燃え尽きて死ね。
冷え切っていた通路に膨れ上がった熱が行き場を探して前後に伸びていく。せっかく逃したパピーたちさえ飲み込んでしまうかもしれないが……仕方ない。
未だ消えぬ黒紫の焔の中。
「DP化を確認したよ!」
視界など関係ない。ダンジョンの全てを把握する存在からの通信に、この場での決着がついたことを理解して一歩、強く踏み出しまた駆ける。
「グルル……ガゥゥ……」
「苦戦してるじゃないかグレイス。らしくないな、手を貸そうか?」
「グルウッ!」
そこにはハチドリ相手に穴だらけになって無様に肉を喰らい合う化け物。俺を見て眉を顰めたのは不快感からか、困惑からか。
——ヂュンッ
「おっと」
グレイスを襲っていたハチドリがこちらにターゲットを変えて飛んできた。銃弾のような速度のそれを、見て躱わす。躱わした側から、通り過ぎたはずの嘴の弾丸が背後から折り返してくる。
空中で自在に停止、制動、爆速での射出を繰り返すイカれた挙動。少し前までなら絶対に対応できなかったそれが、何と容易いことか。笑えてくる。
「グレイス、避けろよ——深淵炸裂灼焔」
動き回る鳥共を纏めて処理するための黒紫の焔が今度は豪快な音を迷宮中に響かせながら炸裂する。甲高いハチドリの断末魔が炸裂の衝撃に掻き消されて肉体ごと燃え尽きただの灰となって舞う。
「侵入者の全滅を確認! やったよ! シノミヤ!」
コアちゃんの通信で襲撃の終了を確認。
グレイスに「生きてるか」と聞こうとして、元々死んでることを思い出して「グレイス」とだけ叫んでみる。
「がぅ」
灰に埋もれてボロボロになったグレイスが起き上がった。魔法を躱わしきれずに直撃したらしく、割と惨たらしいビジュアルで呻いていた。
だが、それでも動いているのはさすがは俺の眷属か。
「ほら、背負ってやる」
「がじがじ」
自力で起き上がれそうもないグレイスの手を引いて起こし、背中に背負うとすぐに首を噛まれた。今日くらいは甘んじて受ける。
グレイスだけではない、全員の命を顧みる余裕がなかった。
突然の急襲、圧倒的な制圧速度。考える余裕さえない電撃戦。相手全てが死を恐れぬ特攻部隊。
こんなもの、備えているはずもなければ、備えられるような戦力もなかった。
「コアちゃん、外の状況は?」
「大型がどんどん集まってきてるよ……」
そして外には洞穴に入れなかった怪物たちが次々と森から現れてダンジョンを取り囲んだまま。
まだ、敵の初撃を凌いだに過ぎないというのに、こちらの戦力は捕虜の監視をしているMMと卵から孵りたてのローパーを除けば、ボロボロのグレイスと俺一人。敵の総数は不明。
「だけど怖くはない」
ここで死ぬ未来はとうに死んでいる。殺したのはこの状況を作った四つ目鹿自身。ここで死んだ知らない俺に有難う。お陰で俺は生きて復讐に燃えている。




