051. Blitzkrieg
凍てつく空気が音もなく舞う。しゃんと踏み締められた白い絨毯の音はこちらまでは届かなかった。しかし、そのかすかな音こそが急襲の合図だった。
雪斑豹がしなやかな細い脚で跳ぶように一歩を踏み出す。あっという間に縮む洞穴との距離。
雪斑豹はなんの躊躇も無く駆け出した。
「っ! 総員戦闘配備!!」
コアちゃん越しにダンジョン内のモンスターズたちに声を荒げる。
やばい。人が来ないからと後回しにした結果、第一の防衛に誰も配置していない。それに、昨日の遠征で失った戦力が戻っていないこの状況での襲撃。モニター越しに確認しただけでも種類の違う獣たちの数は五十なんて容易く超えて、百にさえ届くかもしれない。
雪斑豹はその俊敏でしなやかな肉体で極狭いハーフ壁ゾーンを軽々と超える。僅か数秒での突破。後ろからさらに豹の群が続き、順番を待つようにハチドリと狼が洞穴に群がる。デカすぎるオウルボアとニワトリは中に入ってきそうな様子はないが……おかげで完全に封じ込められた。
「コアちゃん、第二の様子は!?」
「落とし穴をジャンプで超えられた……スケルトンたちが応戦してる!」
ゴブリンメイジが人間の世話をしていることが多いからスケルトンを第二に置いといてよかった。第二のギミック完全無視で飛び越えられるとは……ローパーたちも虚をつかれたか。
「ローパーたちは後続は絶対仕留めるように! 狼は雑魚だ! ハチドリを狙え!」
「ダメよ! ハチドリの動きが早すぎてローパーの触手じゃ捕まえられない! むしろ触手が食い破られてる!」
「スケルトンが持ち堪えている間にゴブリンメイジを応援に向かわせて! 魔法で燃やさせよう!」
モニター越しにハチドリに苦戦するローパーたちの姿に冷や汗が止まらない。進行が早過ぎる。
「シノミヤ! スケルトンが凍っちゃった!」
「ウソだろ!?」
弓を放つ暇もなく雪斑豹に接近を許したスケルトンたちは剣を使って必死の応戦をしていた。豹に噛まれても殴り飛ばされても復活して抵抗していたが、凍らされればさすがのスケルトンも復帰はできない。
雪斑豹の群が抜けてくる。数は八。それに続いて後ろからローパーが止められなかったハチドリの群が雪崩れ込んでくる。こいつらが一番数が多い。二十以上はいる。狼たちはさすがに豹程の跳躍力がないのか落とし穴の手前で足止め——じゃない。あいつら、平気で落とし穴に飛び込んで行く。増設した木の杭に仲間の遺骸を積み重ねてその上を渡るつもりか!?
「ああ、雪斑豹が第三に到達しちゃう! ゴブリンたち、弓で妨害するのよ! あなたたちじゃ近寄られたら相手にならないわっ!」
俺が狼に気を取られている間に豹共は第三に到達したらしい。足が速過ぎる。
「ピチュン——」
あまりの進撃速度に目眩を起こしそうになっていると、ハチドリが数羽、突然落とし穴に落下した。
何が起こったかと見れば、ローパーが時間を稼いだ間に天井に広がっていたスライムたちが自らの体を切り離して大粒の粘液の雨となってハチドリに絡みつき自分の体の一部ごと落とし穴の底に叩きつけられていく。二体のスライムの活躍によってハチドリの数が半減する。どうやらハチドリは攻撃力特化で耐久はそこまでではないらしい。しかし、スライムはうちには二体しかいない。そのスライムも全てを出し切り霞のように消えていく。第二のローパーも力尽きた。
「ちくしょう! 格好良かったぞスラさん! 今度は確と目に焼き付けたからな!」
とはいえ、第二のモンスターズは壊滅。
敵の数が減ってきているとしても、まだまだ一番の脅威である雪斑豹は健在だ。
今度は戦闘配備に移っていたローパーが凍らされないように注意しながら触手を鞭のように振り回し、雪斑豹の跳躍を妨害する。そこにゴブリンたちから矢が放たれる……が、矢は豹の体を貫くことなく直前で凍りつく。
「ごぶごぶ」
炎の魔弾が放たれた。ゴブリンメイジ! 間に合ったか! 小さな炎の魔弾は雪斑豹の周囲を覆う冷気を物ともしない。その殆どは回避されるが、幾つかは別々の個体に命中。しかし、雪斑豹はハチドリよりは耐久は上らしい。平気で耐えられる。
「これは本格的にまずいな。足止めできているうちに俺の魔法で仕留めにいくべきか?」
「ダメよ、ハチドリの数が多過ぎる。一羽にでも襲われたらシノミヤなんてすぐ穴だらけよ」
「くっ……なら、グレイス! 行けるか!?」
「ぐるる?」
「人間じゃないけど頼むからひと頑張りしてきてくれよ!」
「グル」
嫌そうにしながらコアルームを出ていくグレイスを見送る。だが、いくらグレイスといえど、迷路を抜けてあそこまで辿り着くまでゴブリンで耐えられるか。
「グゲッ」
モニター越しにゴブリンの悲鳴。
「先頭がハチドリに入れ替わったか!」
鳥に落とし穴は関係ない。奴らは触手さえ避けられる高速飛行をしている。止めてくれるスライムもいない。増やしておくべきだった、スライム! 悔いても遅い。
先頭を譲った雪斑豹の標的はローパーに移る。二匹の雪斑豹がローパーに飛びつき、触手に絡め取られ、そのまま触手に圧迫されて体から出血し、脚を捥がれながらローパーを氷漬けにする。
豹二体とローパー二体がトレードされた。
残りの六体の雪斑豹が第三を突破する。
「ヤバいぞ。本気でヤバい。この先にはまともな戦力なんてオークしかいない」
コボルドが迷路ゾーンにいるのが、あいつらはゴブリンと同じ最弱モンスター。
オークは居るが……昨日見た人間の死体からしてハチドリの攻撃には耐えられないだろう。しかも的がデカい分不利になるまである。
迷路ゾーンでバラバラに飛び回りダンジョンの奥へと続く道を探すハチドリたち。
雪斑豹はゆっくりとハチドリが見つけた正しい道を進んでくる。
さらに後から、数をたった三匹まで減らした血染めの三尾狼が追いついた。
頼む、グレイス……間に合ってくれ。
「グルルルァァッ!!」
祈りが届いたのか、両手まで脚のようにして四足で壁を蹴ってグレイスが現れる。
暗闇の迷路の中に現れた灰色の怪物が鋭い爪を長く伸ばし、牙を生やして鳥を狩る。
その長い爪が一羽を切り裂く間に、グレイスの体に十以上の穴が空いて破裂するように吹き飛んだ。
「冗談だろ。こんなものもうドリルじゃなくてショットガンじゃねーか」
暗い迷宮の壁にこびり付く灰色の肉片と赤黒い血飛沫。体を撃ち抜かれたグレイスの全身の穴から牙が生える。貪食の本能が、目醒める。
「喰らい尽くして来い——闢開、貪食グレイグール」
「ガァルゥゥァァアア——」
グレイスの姿が消える。モニター越しにグレイスを凝視していた俺でさえその存在を見失う。
"存在希釈"あの冒険者の遺骨から生み出したスケルトンには引き継がれなかった異能。
「食い逃げしてやがったな」
嬉しい誤算に苦笑する。
姿を消したグレイスが突然現れ、ハチドリを貪りまた姿を消す。次に姿を現した時には体に負った損傷が僅かに回復している。
俺の腕を喰らって再生したあの時のように、喰らった肉でその身を再生するユニークモンスターであるグレイスの能力"貪食再生"だ。
「やっぱりうちのグレイスは最強ね。これならなんとかなりそう」
コアちゃんが安易にフラグを立てるのを待っていたかのように、ハチドリを囮に今度は雪斑豹が疾る。途中、二匹がグレイスに喰われたが仲間の様子など気にも止める様子がない。
「こいつら、やっぱり精神支配状態だよな」
「さっきから仲間が死ぬのも自分が死ぬのも関係ないって感じよね。超越過負荷こんな死に方を強制させるのね」
「……そうか、これが俺が見せられた未来の死の始まりってことかよ」
配下のモンスターの全滅、グレイスの二度目の死。俺が死に、コアちゃんが滅びる。
その様を嗤っていたのか、あの時から。
だが、そうか。
だから俺は生きていて、この未来はもう俺の手の中にある。
「オーク、コボルド、ガキ共全員連れて死んで来い。コアちゃん、DP全部俺にぶち込め、片付けてくる」
一生懸命心を込めて執筆しておりますので
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