048.Hey dad,
そのオークは新たに混沌の群勢の仲間に加わった新顔だが、これまでのカオスの眷属たちよりも大きく強靭な肉体と戦闘力を誇る。
その戦闘力は残念ながら今のところは群の妻との営みでしか発揮されていないが。
そんなオークと行動を共にしているゴブリンたちだが……先日行った偉大なる混沌の母と偉大なる混沌の父への説得が功を奏し、ダンジョンの外への遠征の許可を勝ち取った。
旅立ちの前には、妻を同じくする群の仲間たちにダンジョンと妻のことを頼み、抱擁をして別れた。それはゴブリンたちも同じだろう。
偉大なる父は古参であるゴブリンではなく、オークにチームリーダーを任せた。遠征に出るのはブラボーチームと名付けられたこのオーク率いるチームと、チャーリーチームと名付けられたもうひとチームである。
チャーリーチームはダンジョンを出て、冒険者と呼ばれる敵が作った経路を探索している。
チームリーダーであるブラボーワン、このオーク率いるチームは森の外縁沿いに北西へと進路を取った。
「フゴフゴ(人間の気配なし。こちら側には今のところ脅威はないようだ。森の警戒をしながら進もう)」
「ゴブ(ブラボーツー了解)」
ブラボーチームは先頭に父からペニーという名を授けられたゴブリンが進む。最もこの森に詳しいのはこのゴブリンであり、ゴブリンたちのまとめ役のようだ。魔法を使うゴブリンメイジまでがペニーを尊重している。そんな存在に新参であるオークが指示を出すというのは申し訳ない気もするが……戦闘になればこの身を捧げチームを守る為に戦う覚悟はできている。
父から与えられた鎧と、ダンジョンの装備の中でも最も大きな剣を与えられた。その期待には応えなければならない。
今回の遠征の目的は食糧の確保が最優先。それ以外にも父が喜ぶようなもの……人間や鉄、人間の使う道具を手に入れることだ。
父は常日頃から、資源の大切さを語っていた。より強大な力を持つためには鉄が要るのだという。
この身に纏う鎧も剣も鉄でできている。それを思えば父の言葉の重みもわかる。鉄とは文明であり、同時に命を護り、奪うための道具である。
「ゴブゴ、ゴブブ(この辺りで森の外に抜けよう。背の高い草が身を隠してくれる……ブラボーワンはさすがに無理そうだが)」
「フゴッフ(気にするな、ブラボーツー。身を屈めて行くさ。先に進んでくれ)」
「ゴブ(了解。先に進む)」
森の外縁をしばらく北上したあと、西に向かう。人間は森の側には居住地を作らない。ゴブリンから聞いた話では、森にはカオスの眷属でさえ容易に殺す生物が多数存在するという。
初めは耳を疑ったが、あの雷鳴の日、飛び出した父の命令で母にダンジョンの入口に送られた時に感じた強烈な死の波動。強靭な肉体を持つオークでさえ恐怖に胸を掻きむしりたくなる衝動を、必死に敵対者への怒りの咆哮へ変えた。
この森は異常だ。そして父と母はその異常な存在たちと森の覇を争っている。さらには人間の敵まで自ら呼び込むのだ。狂っている。闘争に飢えた狂気の王、それが我らの父である。
「ゴブゴーブ!(止まれ! 声を顰めろ。ブラボーワン、あの先に納屋のようなものが見えるか?)」
「フゴフゴ(ああ。あれが人間の巣か?)」
「ゴブゴブ、ゴブゴ(違う。人間の巣はあれより大きな家がもっとたくさんある。だが、納屋があるということは近くに村があるかもしれない)」
「フゴゴ、フゴ? (どうする? 納屋の中を確認するか?)」
「……ゴブ(確認するとしても、帰りに余裕があればでいいだろう。今荷物を増やせば村で物を奪うのに邪魔になる)」
「フゴ(了解。ブラボーツー、そのまま村を探してくれ)」
腰を屈めて草むらを進む一行。オークのみ、草むらから頭が飛び出してしまっているが……完全に隠れるには四つん這いにでもなるしかない。それでは動きが鈍る。なるべく静かに移動を再開する。
それから少しすると、草の背は徐々に低くなり、最後には足首さえも隠せない程度になる。
「フゴ? (人間の手が入っているようだな)」
「ゴブ? (そうだな。なるべく物音を立てずに進む。最優先は物資、人間との接触と交戦は避けるでいいか?)」
「フゴフゴ(ああ、それでいい。父はダンジョン外で人間を殺しても意味がないと言っていた)」
父は人間を殺すのが好きだ。いつも口癖のように「人間が来ない」と言っている。人間を殺し魂を奪い混沌の力を強めることに貪欲なのだ。
グレイスと呼ばれている父の眷属はダンジョンの他の仲間と違い、あまり意思の疎通がうまくいかないことが多い。そしてそのグレイスは仲間の中でも飛び抜けて強く、凶暴である。常に娘のように、時に愛人のように父に侍るそのグレイグールもまた人肉を食すことに享楽を得る。
そんなグレイスにさえ、父はダンジョンの外で人を殺すなと誓わせている。殺すのならばダンジョンの中で殺せと。その魂まで喰らうために。
身を隠すものがない平地を、まばらに生えた木の影などに身を潜めながらしばらく歩くと、木の柵に囲われた数軒の人間の家を見つける。
「フゴ(一番外れにある家の裏に一度身を潜める。中に誰も居なければ一度家の中に隠れよう)」
「ゴブ(了解した)」
移動中、木の柵に覆われた家々よりも離れた場所に数人の人間の動く影があった。恐らくは今は畑でも耕しているのであろう。
ダンジョンでは食糧を作る畑はないが、いつかダンジョンにも畑ができれば妻たちにもっといい物を食わせてやれる。人間たちが持つ木と鉄の道具。あれが妻たちに必要な文明という道具なのだろう。
「ゴブゴブ……(全員、家の中を探索しろ、食糧が最優先。父は調味料も喜ぶ。あとは……)」
「ゴブッ! (こちらブラボーフォー、奥に人間の子供が一人。息子たちと同じくらいの大きさだ。どうするっ!)」
オークが確かめに行けば、たしかにゴブリンの子供ら——といっても、成長が早いためゴブリンの子は既に大人のゴブリンの半分以上はある——と同じくらいの人間の子供。どうやら、寝ているようだ。
「フゴ(ブラボーツー、この人間は赤子か?)」
「ゴブ(わからない。だが、もしそうなら起きれば元気に泣くだろうな)」
「フゴ……フゴフゴ(ふむ……ならば起きる前に別の家に向かおう。連れて行くにしても適齢期の娘の方がいい)」
「ゴブ(了解)」
そうして物色を終えたブラボーチームが家の外に出ようとしたところで——
「——オギャア! オギャア! アギャア!」
赤子が泣いた。
「弟が起きちゃったみたい。ちょっとお家の様子見てくる」
「私も一緒にいくよ、一人で赤ちゃんの面倒を見るのは大変でしょう?」
家の外から幼い女の声が二つ。恐らくは赤子の姉妹と、友人。ブラボーチームは慌てて身を潜める。
「ゴブ(どうする? ブラボーワン)」
「フゴ(どうやら今回の遠征はここまでのようだ。仕方ない。子供でも人間、父は喜ぶだろう。捕らえて帰還する)」
「ゴブ(了解した。全員物陰に。人間が赤子の部屋に入ったところで捕まえる。まずは口を塞いでから拘束しろ)」
「「ゴブ!」」
ゴブリンたちが物陰に隠れた後、オークは背中の剣を抜き放ち床に寝かされて泣いている赤子を前にして立つ。
「え?」
「な、むぐぅ」
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
家に入ってきた娘たちは赤子のそばに立つ巨大なモンスターと分厚い鉄の刃の前に驚愕し、動きが止まる。そこにゴブリンたちが襲いかかり、手早く口を塞ぎ手足を拘束する。
「ゴブ(赤子はどうする?)」
「……フゴ(……一人残すのも哀れだ。ブラボーファイブに担がせろ。口に何か咥えさせておけ)」
村の外れにある一軒目を探索しただけ、食糧もその他の物資もほぼ得られていない。
しかし、存在が知られてしまえば殺し合いになる。そうなればゴブリンたちに犠牲が出ないとも限らない。何より、ここはダンジョンではない。
本望ではないが、ここは撤退だ。ブラボーチームは素早く家の外へ出て、裏手に周り村を後にしようとした。
「風刃」
「フゴァ!?」
殿を務めていたオークの背後から飛んできた風の刃が背中の肉を削ぎ落とす。
——ヒュと、風を切る音が鳴く。
「フグゥッ」
剣を握っていたオークの右前腕に矢が突き立つ。力が抜けて、剣が手から滑り落ちる。
「フゴォ!! (ブラボーツー、全員を連れて撤退せよ!!)」
「ゴブ! (ブラボーワン!)」
「フゴォーッ! (いいから行けッ!)」
オークは左手で右腕に刺さった矢を無理矢理引き抜き、剣を拾って振り返る。
人間の群が居た。何処から現れた。何故、我らを恐れない。
「ふぅ、到着してそうそうモンスターですか。あのデカブツは僕とミエレ嬢で相手をします。他の者はゴブリンを処分してください。森に入られては僕らの人数では追えなくなります」
指揮官と思われる金髪の指揮官の指示に、多くの揃いの鎧を纏った男たちが北側から森へ向かって走るゴブリンたちを追おうと走り出す。
させてなるものか。
「フグォォォォッ!!」
オークは握りしめた矢をへし折り、血の滲む腕で大剣を掲げてゴブリンを追う人間たち目掛けて突進した。
「ガスト」
「フグッ、フゴ!」
突風が吹き、体がよろめかされて倒れかける。
「素晴らしいアシストです。ミエレ嬢」
動きを止めたオークの両腕と腹に合わせて三本、矢が突き刺さる。両腕の矢は頭を庇ったものだ。そうしなければ、頭を射抜かれていた。
「フゴォ」
ゴブリンたちのことは気掛かりだ、だが、あの金髪の指揮官と風の魔法使い、あれは仲間を救いに行くことを許しはしないだろう。
「フーッフーッ(ならば、我死兵となって、貴様らが何者か確かめさせて貰う)」
「汚い息を吐かないでください。化け物が」
チームを任されたオークリーダー。父に託された鉄の鎧と剣。ここで自分が死ねば鎧も剣もダンジョンには還らない。
自ら申し出た作戦で武器を失い、死ぬ。
「フゴ、フゴフゴ(父よ、それでも戦いを選ぶことを赦してください)」
剣に、力を込める。
穴の空いた腹から血が吹き出す。
「フゴォッッ!!」
両脚を深く踏み込み、その足跡を深く刻みながら獣の戦士が疾る。
「ロニエールト様! お下がりを!」
「まさか。魔法使いより後ろに下がる男がおりますか。大丈夫、これで僕が剣も使えるというところをようやくミエレ嬢にお見せできます——天賦覚醒・貫志刹那」
黄金の男が剣を抜く。銀が陽光と交わり一筋の銀糸のように光輝く。
オークの巨剣が振り下ろされるよりも早く、その刺突は鉄の鎧さえも貫き、オークの心臓を背中まで貫いた。
「……ふ、ご」
オークは驚愕に目を見開き、霞む目で金髪の男の顔をじっと見つめる。
「何をそんなに驚いているのです? 僕はこの地を護る者。お前如きに負けるはずがありません」
オークの身は崩壊をはじめ、その身が世界から失われ、再び混沌に導かれる。
「装備だけを残して消えましたか。ダンジョンのモンスター……まさかこんな処にまで出没しているとは。慰問は早めに切り上げるつもりでしたが、他にもいるとなると……悩ましいですね。こういう時、父上ならばどう判断するでしょうか?」
「ロニエールト様、何かお悩みでも?」
「ああ、いえ、ミエレ嬢。村の被害はどうでしたか?」
「家が一軒荒らされたそうです……それから、小さな子供が三人攫われたと」
「そうですか……あのゴブリンたちの統率された動き、厄介ですね。騎士の装備で追いつけたでしょうか」
ロニエールトはオークが残した穴の空いた鎧と大剣を見やる。
一番の戦力であろう者が死地に残り、まるで仲間を守る戦士のような姿を見せた。笑えない冗談だ。
「やはり合流は早めることにしましょう」
ロニエールトはミエレには聞こえぬように小さく呟いた。
一晩中ゲームしたい気持ちを押し殺して第二部を執筆中です。応援してください。
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