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【第二部開始】初心者マスターとポンコツコアの迷宮運営記 〜なんでもありの外道ダンジョンでも独立国家になれますか?〜  作者: 綴木春遥
第一部 ミストフォークと聖女の剣<下> Apex Predator 編

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046.英雄は遠く


 北の空が瞬いてから五日後、フレイズ伯爵領最大の街、領都フレイズは賑わっていた。

 街中では次期伯爵がミストフォークを襲った盗賊被害を憂いて自ら危険地帯へと慰問に赴くのだと噂になっている。しかも、次期当主自らが騎士団を率いて街道治安維持活動を行うという。


 自らの暮らす街を治める者が、民のために戦いに出る。それを市民はみなが肯定的に捉えていた。

 それに先立って、一部の領都の冒険者ギルドの者たちは北に向かったという。冒険者たちの行いは、獲物が居なくなる前に狩に出たとか、騎士団に対抗意識を持っているだとか、次期領主とは異なり、冒険者は同じ平民であるからこその現実的な思考の結びつきなのか、その噂はあまり褒め称えるといった内容は多くなかった。

 しかし、市民からすれば冒険者であっても騎士団であっても危険な盗賊や動物、モンスターを倒してくれるというのならば有難いことには変わりない。

 これを好機と捉えた商人などは騎士団たちの後を追いかけ一儲けしようと賑わっている。安全に北の街に向かうことができて、騎士団相手の商売もできるのだから濡れ手で粟というものだ。


 そんな賑わう街の中でも最も大きな屋敷の一室で、兄弟は向き合っていた。


「ギルドから連絡があったよ。兄上の言っていた通り、ダンジョンは存在したらしい」

「それだけを伝えるために俺の部屋にわざわざ来たのか? ロニー」


 自室に軟禁されていたラグネルは、部屋の中の家具をすべてどかして剣を振るっていた。入室してきたロニーには一瞥をするのみ。再び室内に剣を振る音が響く。


「実は……それ以外にもいくつか話すべきことはあるんだけど、こういうのには慣れてなくてね。どう話したものかってさ」

「……気にするな。別に何を聞かされてもお前に当たり散らしたりはしないさ」

「そうならいいんだけど……本当だね?」

「しつこいと気が変わるかもしれん」


 相変わらずロニエールトの方を見向きもしないラグネルに向かって重い息を吐きながらロニエールトは意を決する。


「これはヒナトのギルドマスターからの情報だ。彼が直接ダンジョンを確認したらしい」


 剣が止まる。


「ギルドマスターが直接? ダンジョン調査には冒険者を向かわせると聞いていたが」

「その冒険者たちね、多分全滅している」

「……何だって?」


 ラグネルは耳を疑った。ギルドマスターはヒナトの最高戦力である静嵐のフィニャセラに指名依頼をし、他にも高ランク冒険者を揃えると言っていたはずだ。恐らくは全員がラグネルよりも上のDランクと考えていいはずだ。


「あり得ない。ダンジョンマスターの配下には一体、化け物みたいな強さのやつがいたが、ダンジョンマスターはフィニャセラより確実に弱い。他の配下だってゴブリンしか連れていなかった。あのダンジョンはそこまで育っていない若いダンジョンのはずだ」


 ラグネルの予想は当たっている。実際にダンジョンは産まれて間もなく、フィニャセラであれば真っ向から戦えばダンジョンマスターとあの化け物では相手にもならないだろう。


「そうなら良かったんだけどね。調査に派遣された冒険者たちはその日の晩には全滅したと思われるそうだよ。襲われたのは恐らくはダンジョンの外。周辺の森は冒険者の大魔法で大変なことになっていたらしい。それなのに、冒険者は一人も見つからない。死体もね。現場にあったのは冒険者が持ち込んだ拠点を作るための天幕や物資が灰になるまで燃やされた形跡と、大量の血痕だけだったらしい。どうやらその魔法使いはかなり高位の魔法使いだったようだね。ヒナトからも魔法が見えて、異変を感じたギルドマスターが向かったらしいけれど、見つかったのはその争った痕跡と、小さな洞穴型のダンジョンの入り口だけらしい。だから冒険者たちが何にやられたのかは一切不明。もしかしたら、ダンジョンは関係ないのかもしれない」


 フィニャセラの魔法に、ラグネルは心当たりがあった。真夜中だというのに北の果ての空を照らした謎の発光現象。あれがフィニャセラの魔法だというなら、昏き霧の森でもヒナトの街からならもっとはっきりとその力は観測できただろう。

 フィニャセラはミエレの魔法の師であり、ラグネルもよく知る偉大なエルフの魔法使いだ。

 そのフィニャセラが大魔法まで使って負けるなど……想像もつかない。


「待て、拠点の残骸は燃やされていたのか?」

「報告によればね」

「……ダンジョンマスターは炎の魔法の使い手だ」

「それはエルフの魔法使いよりも強力な?」

「それは……ない」


 ダンジョンマスターの魔法はいくつか見た。どれも低位の魔法で、ラグネルならば天賦を使って剣を強化するだけでその全ての魔法を切って消失させることが可能だ。


「なら、森の他の脅威と交戦した可能性が高いね。遺体もないんだ。食べられてしまったり巣に持ち帰られていたら見つけようがない。残骸が燃えたのはエルフの雷のせいかもしれないし、兄上のいうダンジョンマスターがゴミを片付けるのに燃やしたのかもしれない」

「ゴミ……」

「気を悪くしないでよ? 可能性の話さ、ゴミだって壊れた拠点の瓦礫の話さ。どっちにしろ、ギルドからの報告からの推測だから、僕が実際に確かめるさ」


 ロニエールトが困ったように頭を掻けば、ラグネルによく似た黄金の髪が揺れる。


「お前が確かめる? 俺を連れて行け。お前は剣など手習程度にしかしていないだろう」

「そりゃ兄上に比べたらそうさ。けどね、僕だって伯爵家の後継として苦労したのさ、苦手な剣に弓だってね」

「そんなもの付け焼き刃だろう」

「兄さんにはそう言って欲しくはないね。誰のせいだと思ってるんだ。兄さんが父上とうまくいっていないのも、僕がこんな役目を背負うことになったのも、兄さんが今こうして部屋に閉じ込められて一人で剣を振っているのも自分の行いのせいだ。いい加減何もかもが人のせいみたいな顔して周囲に八つ当たりをするのはやめてくれ」


 ロニエールトは兄の呼び方さえ忘れて、幼き頃の兄弟喧嘩のように言葉を荒げる。

 今すぐにでもヒナトに向かいたいと気が急いていたラグネルでさえ、そのロニエールトの昨日とは違う剣幕に思わず口を噤む。

 正論だ。ロニエールトの言う通り、ラグネルは感情を自制できていない。不安なのだ。仲間たちが無事なのかどうか……それに、恨まれてはいないだろうか。それはまさしくラグネルの心の弱さであった。


「とにかく、兄上にはこの報告を王都へと届けて貰うことになると思う。報告書は父上が今まとめているはずだよ。こっちのことは僕に任せて、兄上はすべきことをして欲しい。今のところ実際にダンジョンマスターを目撃しているのは兄上一人なんだ。報告に一番適しているのは兄上なんだよ」


 顔を歪めて俯くラグネルを見て、大人になるのが早かったのは弟のロニエールトだった。ロニエールトは冷静に、領主を継ぐ者として自らの兄の気持ちを踏み躙る。決して、兄を嫌ってなどいない。知り合いが大勢死んだ気持ちはわからない。寄り添ってやりたいが、政治はそれを待ってはくれない。


「ロニー……俺は」

「いいんだよ、兄さん。たまには兄が弟を頼ることがあったっていいだろ?」


 そうして微笑みを浮かべるロニエールトにラグネルはただ「すまない」と答えるのが精々だった。


 そうしてその日、ロニエールトは百人の騎士を率いて領都を出立した。目指すは北方、ミストフォーク地方の昏き霧の森(テネブラエ)に誕生したダンジョン。


 ラグネルは屋敷から領都の大通りをパレードのように進む弟の背中を自室の窓から見送った。

 そして、ラグネルもまたフレイズ伯爵の書状を受け取り、伯爵家所有の白馬に跨り遠く、王都を目指す。長い旅路になる。不安と弱さにすり潰されぬよう、手綱を強く握り締めた。

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