038.Nightmare after,
現実逃避すること数時間。目が覚めた俺を待っていたのはどうしようもない現実だった。寝る前の俺を殺してやりたい。俺に押し付けるな。
「コアちゃん、とりあえず腕治してくれる? MMは……泉でその人洗っといて」
何から手をつけるべきかと考えて、そもそも手が足りないのが一番ヤバいと気づく。なんかこの腕も暴走の原因らしいし。
魔法使いのお姉さんは、尋問するにしてもアヘってしまっていて今は話せない状態だ。別にイヤらしい意味ではない。MMが俺が寝ている間に気を使って、俺の体内の有害な気持ちよくなる成分を抽出してお姉さんの方に移していたらしい。どうりでキマッているはずだ。
「それじゃ、DP使って腕を生やすねー。ハイ、これで冒険者一人分のDPさよなら〜」
「そんな未練たらしくしないでよ」
「大丈夫よ、私頑張るから」
別に心配はしてないよ。なんで俺の腕のことよりDPが減ることを残念そうにしてるのかって言ってるんだよ。
「うん。やっぱり自分の腕っていいな。無理にあれこれ考えなくても動くのがいい」
「当然のことでも、失って気づく幸せってやつよね。わかるー」
あっさりと生えてきた左腕との再会に水を差すバレーボールの言葉は無視をする。これに食いつくと話が渋滞して停滞する。
「本当はもっと腕が治ったことを喜びたいところだけど……まずは他の冒険者の状況を教えて」
「外はもう暗くなってるからあんまりよく見えないのよねー。でも、特に動きはないかな?」
「それならこちらも一息つけるかな」
「多分ね」
冒険者が侵入して来ないのならば、ダンジョン業務についてだ。
「失った戦力は?」
「ゴブリンたちだけね。スライムもローパーも被害なし。スケルトンとコボルドは交戦すらしてないし」
ということは、第二のトラップとモンスターズ。そしてグレイスはうまくやってくれたらしい。正直、第二が機能するかはかなり気掛かりだったので嬉しい話だ。
「殺したのはシノミヤが倒した三人と行動してた三人ね。今日だけで七人殺して一人が捕虜。かなりいい感じ!」
コアちゃんはうきうきだし、俺としても良いことではあるのだけど、言葉にして具体的な数字を聞くとなんとも言えない感情になる。
「いい表情をしているわね」
「ひどい皮肉だなぁ」
「違うわよ。死にそうな顔で煙吸って怒り狂って暴れてるより、とてもいい顔つきよ」
「ごめん……いや、ありがと」
「どいたま!」
言われてみれば身に染みる。ここのところ体調が悪くてずっと機嫌が悪かった気がする。言葉遣いも汚かったかもしれない……こうして落ち着いて過去の自分を受け止められるのも、腕が治ったお陰なのだろうか。
「それでシノミヤ、次はどうする?」
「そうだな……ゴブリンたちが抜けた穴を埋めなきゃならない。本当は俺の強化っていうのも興味があったけど、今回は新しいモンスターを召喚しようか」
四つ目鹿対策の精神汚染耐性を身につけるための強化。個人的にはすぐにでも欲しいところだけど、寝る前の俺は左腕を再生するのと同じくらいのDPを消費して寝具セットを創造したらしい。ここでさらに俺が俺がとなるのは気が引ける。
四つ目鹿対策は別に俺が強くなるのは必須ではない。戦力の拡充、数の暴力。配下を増やすことも対策のひとつだ。
「今あるDPと素材だと、骨と死体を使ってアンデッド系を作るのが安上がりだよ」
アンデッドか。最初の二人の剣士はもうスケルトンにしてあるから、死体は五つ。
スケルトンはまだ実戦未投入なので、どのくらい活躍するのかまだ未知数だ。ゴブリンよりは耐久面では間違いなく強いはずだけれど……
「もう一段上のモンスターにしよう。できれば、正面から冒険者とぶつかりあえるくらいの大きさのやつ」
今はまだトラップで対処できているけれど、第三を抜かれたら戦力がコボルドしかいないのは心配だ。迷路の中を徘徊して、冒険者と正面から戦える戦力が欲しい。別に勝てなくてもいい。ゴブリンのように一撃で撃退されず、少しでも消耗させてくれればいい。数が多いなら尚良い。
「とは言っても、上のクラスのモンスターで数も期待できるのなんてそうそういないよなぁ」
冒険者三人分のDPで、スケルトンより強くて数が出せるモンスターなんて、そんなの都合の良い存在がいる訳がない。
「オークはどう? オークは体も大きいからそれなりに戦えるし、冒険者が持っていた大きな剣も使えると思うよー」
「オークかぁ。確かにうちの戦力に比べれば期待できそうだけど、そんなに数は出せないでしょ?」
だって、スケルトンより上のランクだよ。そのスケルトンだって遺骨があったから少し安く召喚できただけ。
オークが数体増えたところであまり変わらない気もする。グレイスのようなユニークモンスターでもないんだし。
「そこに人間の女がいるじゃない。繁殖させればいいのよ」
「……なんて?」
「繁殖よ、繁殖。コボルドだって今は迷路で仔犬たちを育ててるじゃない」
え? コボルドにこどもがいるの? 初耳なんだけど。そういや最近姿を見てなかったな……それに、時折あいつら暗がりで良い雰囲気でせっせと……あれか!
「ちょ、ちょっとコボルドのこどもたち写して」
「見たいの? 可愛いわよー」
コアちゃんの白く発光する球体がモニターモードに変わる。親コボルド二匹に見守られながら、コボルド・パピーが六匹、迷路の中で走り回っている。幸せそうだ。
「ええ……モンスターってDP使わなくても増やせるの……」
上擦った声が出た。
「なんかそうみたい。私もびっくりした」
「マジかぁ」
久しぶりに大きいのがきたなぁ。以前から、コアちゃんには本当にダンジョンコアなのか、コアとしてそれを知らないのはどうなのかと思わされることはあったけれど、これは大きい。
モンスターは繁殖する。
なら、ゴブリンは? オークが繁殖できるならゴブリンだってできるだろう。スライムやローパーにだって可能性が出てくる。
スケルトンとグレイスは……死体だから無理そうだな。
そして、そうなってくるとMMに泉で洗われているお姉さんには、情報源以上にとんでもない価値があることになる。
ただ——
「——俺だってセックスしたい」
「なんて?」
「俺だってセックスしたい!!」
オークがセックスできて俺ができないのはおかしい。それが俺の主張である。
「なんで急にそう思ったのよ」
コアちゃんが疑問に思うのも無理はない。
「だって! ずっと禁欲してたのに! 裸のお姉さんを見ちゃったんだよ! コアちゃんだって、正気を保つためには元の人間らしくするのは大事って言ったじゃないか!」
捲し立てる。知恵が回る。相手の言葉を利用する。俺は今、性欲に支配されている。
「ダメよ。シノミヤが孕ませちゃったらモンスターが孕ませられないじゃない。人間の子は産まれてくるのが遅いでしょう?」
「そ、そんなの! モンスターは違うって言うの!?」
「違うよ。モンスターにも寄るけど、人間の子供よりは何倍も早いわ」
「嘘、だろ……な、なら避妊するから!」
「どうやってするのよ。無責任なこと言わないで」
正論で諭されたら何も言えない!
正面から殴ってくるなんて卑怯者!
レスバで一番やっちゃいけないことだろ!
「オークと穴兄弟になりたいの?」
「くっ……俺の負けだ、殺せ」
何もかも俺が間違っている。反論の余地がない。完全にお手上げだ。
結局、コアちゃんの指示通りに喚べるだけのオークを召喚して迷路に配置した。お姉さんはまだオークに渡してはいない。これから情報を引き出さなければならない。




