036.静嵐のフィニャセラ
ヒナトの街で最も高ランク冒険者フィニャセラはエルフである。元は王国の公爵領内に存在するエルフの都市にて生まれ育ったシティガール——でもない。生まれも育ちも都会だが、フィニャセラはエルフの中でも少しだけ向上心が低かった。
エルフというのは長命であり、その人間より長い生のため、大抵のエルフは意識せずとも身につけた技術は自然と長い刻のなかで洗練され、人間よりも遥かに優れた技能を身につけていく。だからこそ、エルフの工芸品や作品、発明は金を産み都市を栄えさせた。エルフとは、意識せずとも人間より優れる。ならば、人と同じ程度の向上心を持っていればどうなるかは自明である。
フィニャセラもまた、風の魔法の天賦を持って生まれ、エルフの都市で人間よりも高水準な教育を受けて育ち、その力を使い冒険者となってからは様々な依頼をこなし、時にダンジョンに潜りお宝を見つけ、若くして大金を稼いだ……人間の生活水準であれば、だが。
しかし、エルフの都市は特別である。未だダンジョンを支配下に置いていない王国にあって、王都や公爵領の領都の上流階級のような生活が当たり前である。一言で言えば、エルフの都市で暮らすのは金が掛かる。
フィニャセラは思った。どこか田舎の人間の街で暮らすのならば、これ以上頑張る必要はないのではないだろうか。
社交だの、流行だの。流行り廃りに合わせて浪費するから働く必要があるのだ。他のエルフたちはそれが当たり前のように生きているが……それを疑問に思ったことはないのだろうか。友人に尋ねてみた事もある。返ってきたのは「それが普通でしょう?」という、答えになっていない答え。
普通とは何か。好きな時に寝て、好きな時に起きて、好きな時に食べてまた好きな時に寝る。それ以上に何が必要なのか。フィニャセラには理解ができなかった。
正確には、より美味しいものを食べたいだとか、少しいい寝具で寛ぎたいだとか、そういう類のことは理解ができる。けれど、それをいったいいつまで続けるのか、死ぬまで繰り返すのか。
そうしたとして、本当に明日に今日より素晴らしい日が続いていくのであろうか。
そんな訳がない。真新しい物も新たな技術も、現れるのは良くて数年に一度。悪ければ数十年に一度。それなのに何故、毎日努力をする?
きっと友人に尋ねても、また返ってくる言葉は「それが普通だから」だろう。ならばきっと、普通でないのは自分の方なのだ。
エルフの都市はフィニャセラには合わない。
フィニャセラは公爵領を出て、王国の北の果てへとやって来た。
田舎伯爵が治める、土地は広いが栄えていない。それでいて生活に必要な物は手に入る。
フィニャセラの貯蓄だけでも数十年から百年は暮らせるだろう田舎街、ヒナト。そこをフィニャセラは第二の棲家とした。
ヒナトの街の冒険者ギルドへと移籍したフィニャセラはC級というヒナトの街で最も高いランクであることをいい事に、余程の事がなければ依頼は受けぬと家に籠って日がな一日過ごした。
ごく稀に、D級以下の冒険者ではどうにもならない依頼があれば、偶にであればと出掛けて軽く片付ける。
普段はギルドに顔を出すことも少ないというのに、現場に出れば魔法で嵐を巻き起こし獲物を葬る。故に着いた二つ名は静嵐のフィニャセラである。
そんなフィニャセラ、見知った冒険者たちからはフィーニャと呼ばれる彼女は、一人の若い魔法使いの教師をしていた。
魔法使いの名はミエレ。フィーニャと同じ風の魔法の天賦を授かった少女。近所に住んでいたミエレが力を授かり、親と本人に頼まれ小遣い稼ぎに世話をした。きっかけはそんなものだったが、エルフと人間、種族は違えど子どもというのはなかなか愛らしいものである。時折り、言うことを聞かず手が掛かることもあれば、突然大人のような振る舞いを見せて驚かせる。ミエレが少女でなはなく女と呼べる年頃になった頃、ミエレが冒険者になりたいと言い出した。
それならばと、ミエレには特別にエルフの都市で自らが学んだ水準の教育を施した。
現在になって思い返せば、それが余計だった。その時に止めるべきであった。
そうすれば、少なくとも英雄の素質を持つ者に導かれることはなかっただろう。
「ミエレを英雄の運命に関わらせてしまったのは、私の過ち……」
昏き霧の森の中、丘の下に空いた小さな洞穴の前に設営された天幕の中、フィーニャは重く息を吐いた。
ダンジョンが生まれ魔王が現れた。ミエレが死の淵を彷徨い、極秘でのダンジョン調査依頼が舞い込んだ。
全てが突然のことだった。ギルドで詳しい説明を受けた後、ミエレを見舞った。まだ若い女の体に刻まれた無惨な傷。命を縫い止めた糸に染みた紅。
過去の軽はずみな自分の判断が招いた不幸。他人の娘に、甘えられたからと言って好き放題に与えた者の咎。
「私に……できるでしょうか……いいえ、やらねばならないのです。あの子がまた無茶をしないように、大人の私が」
王国の北の果て。この土地で最も高位の冒険者は自分である。ダンジョンに潜った経験があるのも自分一人。
いずれ、あの将来の英雄が伯爵領の領都から自分よりも高位の冒険者や、領軍を率いて戻るだろう。
それまでは、ダンジョンの脅威が再びミエレを傷つけることがないよう、この場を守らなければならない。
決意したその時、ダンジョンから奇妙な音が響き渡った。
「あー煩ぇ。ゴブリン共が騒いでんのか? ぶっ殺してきてやる」
「おい、抜け駆けはするなよ。中に行くなら俺が先だ」
フィーニャが天幕から出た時には既に、ダンジョンに入っていった二人の剣士の後ろ姿がダンジョンの暗闇に飲みこまれていく所だった。
「すいません。あいつら、腕はいいんですが……どうにも浮き足だっていて」
顔見知りで、この場ではフィーニャに続くD級冒険者の中でも最も優秀な斥候の男が苦笑を浮かべて近寄って来た。
「まだ周辺の安全も確保できていませんし、彼らにはダンジョンの対策についてまだしっかりと話ができていないのですが……彼らはアイテムはしっかりと持っていきましたか?」
「いや、それが……武器だけ持って行っちまいまして……まあ、あいつらも剣の腕は確かですし、それなりに長くやってるD級です。いきなり無茶はしないでしょう」
頼りにしている斥候の男の言葉に、少し迷ったものの……フィーニャはそれを信じることにした。
それから、斥候の男にもしもに備えての注意事項や備えを指示し、フィーニャは拠点作りを担当している者たちの様子を見て回った。
今回、フィーニャを含めて三十人の冒険者が動員されているが、依頼の全てを知っている者は半数に限られる。それが、現在拠点作りをしている冒険者たち。
残りの半数はダンジョンの位置を見つけ次第、街道までの最短ルートでの補給路の整備をするために後方支援として、ゴブリンの巣の討伐依頼を手伝うという名目で集められたE級冒険者である。
ヒナトでたった一人のC級冒険者フィニャセラ、更にD級の上澄みを連れて来ている。これ以上を集めるのは秘密を守るためにも、ギルドを通常通り運営させるためにも、万が一の街の防衛のためにも無理だった。
E級冒険者たちも、補給路の確保が済み次第、彼らは一度ヒナトに帰す。
少数精鋭での極秘任務はまだ始まったばかり。ダンジョン入口前が何の獣が暴れたのか穴だらけになっており、油断はできない状態で、否が応でも緊張感が張り詰める。
そんな中でもフィーニャは努めて冷静に冒険者たちを指揮し、拠点も様になってきた頃。
「あいつら戻ってこないな?」
誰がともなく口にした言葉が耳に入る。
「まだ数十分しか経ってないだろ」
「それもそうか。だが、戻って来たらこっちの仕事サボったことは文句言ってやる」
そんな冒険者たちの会話に、フィーニャは誰かに呼び戻しに行かせるべきかと悩み始める。
そしてそれを測ったかのように——ドゥン……ドゥン……と不気味な、悪魔の鼓動のような不安を煽る音がダンジョンから鳴り響く。
「なんだこの音は!?」
騒めく冒険者たち。
重低音の後、洞穴の中で反響した悪霊のような声が響き渡る。
「……これは、まさか詠唱?」
「なんだ!? この不気味な詠唱は!?」
まさか魔王か——その場にいた冒険者たちの脳裏にギルドで聞かされた魔王の話が思い浮かぶ。
人喰いの化け物を従えた、ゴブリンメイジのコスプレ趣味の魔王の能力は、炎の魔法である。
「フィーニャさん!」
斥候のあの男が仲間を集めてやってきた。ダンジョンに向かうつもりのようだ。
「……これは魔王からの挑発、罠かもしれません。ダンジョン用のアイテムは揃えてあります。安全を最優先に、無理に進む必要はありませんから、拠点との連絡を密に。常に奇襲に気をつけてください」
「任せてください。俺らだって早死にするのはごめんですから。それに、この依頼が終わったら、あいつに結婚を申し込もうと思ってるんです」
そう言って、男はちらと仲間の女魔法使いのほうに視線を向けてから、赤くなった顔を見られぬように視線を伏せた。
「そう言うわけで、ちょっくら行って来ます」
「くれぐれも気をつけて。私はあなた達が戻ってこられるようにこの場所を必ず安全に守り抜きます。そうだ……よかったら、結婚式には呼んでください。私、長生きはしているけれど、結婚式って出たことがないんですよ」
エルフにも結婚式という文化はある。だが、長命故に結婚を急ぐ者は少ない。フィーニャもまた、同世代に結婚をした者がおらず、そういう場には出たことがない。普段の自分ならば、わざわざ出たいとも思わぬだろう。
けれど、こんな命懸けの大仕事だ。恐怖がないはずがない。誰もが怯えを勇気の下に隠している。
ならば笑おう。この仕事が終わったらみんなで少し美味しいものを食べて飲んで祝うのだ。
ああ……これが私に足りなかった向上心というものか。友との約束、未来への希望。なんだ、思ったよりも悪くないではないか。
こうしてフィニャセラは、この日だけで八人もの仲間を失った。
下の文章とは関係ないんですけど
もし何かの間違いでこの作品が日間ランキングにでも載るようなことがあったらノクターンに魔法使いのお姉さんの公式エロ同人を書いて無料公開するかもしれません
レビューやブックマーク、評価欄の「⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎」を「★★★★★」などにして頂けると嬉しく思います。
完結まで辿り着けるようにたくさんの応援お願いします。




