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【第二部開始】初心者マスターとポンコツコアの迷宮運営記 〜なんでもありの外道ダンジョンでも独立国家になれますか?〜  作者: 綴木春遥
第一部 ミストフォークと聖女の剣<上> 始マリノ歌 編

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030. ゴブリンメイジ及びゴブリン討伐クエスト


 ラグネル一行がヒナトの街に辿り着いたのは、空が暗い闇と無数の星の輝きで溢れる時間だった。

 セレナは自力で歩くことができたが、ミエレは手持ちの薬品では止血が精々、ミエレを背負った背にはそれでも止められなかった血の感触が伝わる。

 ミエレは瀕死の状態で詠唱破棄(スペルブレイク)し、それでも止まらぬ延焼を最後の力を振り絞り消し止めた。そのまま意識を失ったミエレを背負い、片腕を潰されたセレナと共に長い道を走った。


「E級冒険者ラグネルだ。扉を開けてくれ」


 既に閉ざされたヒナトの門。その前に立つ守衛にギルド証を見せ、通用口を開けるように請う。


「まさか……ラグナ様?」

「済まないが問答をしている時間がない。申し訳ないが俺たちがここに現れたことは暫く隠しておいてくれ。上にはあとで俺が話を付ける」

「は、はっ! どうぞ、お通りください!」

「感謝する」


 幸いなことに、今夜の夜番の守衛はラグネルの素性を知る者だった。速やかに門の横の通用口を抜け、ラグネルは深夜のヒナトの街を駆ける。


「セレネ、口の固い医者の知り合いはいるか?」

「宛はある」

「では案内を頼む」


 普段ならば、こんなことを頼みはしない。だが、今は目立つ訳にはいかない。それは短期間であろうと、この街で名を上げたラグネルの敗走を民に知られぬため。名誉のためではない。ラグネルの名のせいで、あの危険な取引相手の話が不用意に市井の噂にされては困るのだ。


「おっちゃん! セレナだ! 済まねーが開けてくれ! 怪我をした!」


 街の大通りからひとつ逸れた通りに立つ住宅の戸をセレネが怪我をしていない手で激しく叩く。


「こんな時間になんだ……ってセレナか? それに、そっちのは……」


 扉を開けた妙齢の医者はセレナを見て、それからラグネルの顔を見て怪訝な表情を浮かべる。


「済まないが、話はセレナに聞いて欲しい。金は必要なだけ積む。セレナ、ミエレを任せる」

「おい、いくらアンタが誰でも物には頼み方ってもんが……」

「おっちゃん! 頼むよ! 本当に困ってるんだ、ミエレが死んじまうっ」


 冒険者ラグネルの顔を知っていた医者は、金に物を言わせるようなラグネルの態度に憤りつつも、セレナに促されてミエレの容体に気づく。


「ったく……今回は黙って働いてやる。だが、英雄様だろうと次にこんなやり方をすれば追い返すからな」

「申し訳ない」


 医者にミエレを託し、深く頭を下げる。セレナの顔を見て、セレナが頷くとラグネルはまた来た道を引き返し大通りへ、そしてギルドへと駆け込んだ。


 依頼を終えた冒険者たちの姿も既にないギルドの中に入り、受付の机を何度も叩く。


「はーい、すみません。お待たせ致しまし……ラグネル様?」


 冒険者相手の仕事を終えて裏で事務作業でもしていたであろう職員が疲れた顔で現れる。グロッグの依頼を受けたときに立ち会った職員だ。


「済まないが、至急ギルドマスターに会いたい」

「ギルドマスターは現在幹部会の最中でして。よろしければ、先にお話の内容をお伺いいたしますが?」

「それは結構。ちょうどいい、幹部会の場まで案内してくれ」

「いくらラグネル様でしてもそれは……」


 食い下がる——というよりも、職務を全うしているだけではあるが——職員に、思わずラグネルは胸ぐらへと掴み掛かった。


「いいから連れて行け。頼むから、今は俺を怒らせるな」

「ひっ……申し訳ございませんっ」


 これまで何度もラグネルと顔を合わせ、親しみを持っていた職員はラグネルの変貌に慌てふためき悲鳴をあげる。胸ぐらを離され、急いで廊下を先導するが、後ろを振り返ることはない。


 やり過ぎだ。仲間が死にかけている。どんな瑣末な依頼にでも命の危険はある。それも、今回はあの森近辺の依頼だ。何かがある予感はあった。それでも、自分は何かがあっても切り抜けることができるのだと過信していた。間違っていた。

 生き延びたという点では確かに切り抜けたとも言えるのかもしれない。しかしそれは、あのメイジ——否、魔王(ダンジョンマスター)と名乗った男の気紛れに救われたのだ。


 無自覚に驕っていた。史上最速のランクアップタイトルホルダー、英雄、超新星。市井の声に浮かれていなかったと言えば嘘なのだろう。

 その噂の全てが事実、自分の成した成果なのだから、適正なものであると胸を張っていた。それがどれだけ愚かなことであったのか。

 悔やんでもセレナとミエレが負った傷は癒えることはない。それはあの医者に託した。

 何処までも仲間の役に立たない木偶の坊、それがまさしく今の己であるのだと、ラグネルは拳を強く締める。


「こ、こちらです……」

「ありがとう。さっきは済まなかった。申し訳ないが、正式な謝罪と説明は後にさせて貰う」

「い、いえ、お気になさらずに!」


 ギルド職員は小走りに去ってしまった。声を掛けただけでその身を震わせていたのがわかる。

 ラグネルはそのことに、まるで自分こそがモンスターではないかと自嘲する。


 ひとつ息を吐いて、吸う。

 そしてまた、吐き出し、扉を開ける。


「会議の邪魔をする」


 室内には、ギルドマスターを含め、幹部職員が五名。それぞれに怪訝な顔で闖入者をねめつける。


「ラグネル。いくらお前でもされて許せることと許せないことがあるのはわかっているか?」


 問うたのはギルドマスター。


「理解している。だからこそ今、この場で俺はラグネルの名を捨てる」

「なんだと?」


 ラグネルの宣言に会議の場が騒めくなか、ギルドマスターだけは鋭い目つきのままラグネルを睨みつけていた。


「ヴィシャン・ラグナロウ・フレイズの名において、今これよりこの場をダンジョン対策会議の場とさせて頂く」


 ヴィシャン・ラグナロウ・フレイズ。フレイズ伯爵家長子。ラグネルの本当の名である。


「ダンジョン、だと?」

「ああ。昏き霧の森(テネブラエ)でダンジョンマスターと接触し、仲間が二人負傷した。ダンジョンマスターはE級冒険者イアンを捕えているとも言っていた。詳細を説明する前にひとつ、はっきりと言っておくが……ダンジョンマスターの配下は俺よりも強い化け物だ。不用意な手出しはするべきではない」


 ダンジョンマスターの問いに答えるラグネルだが……


「……ラグネル様、失礼。ヴィシャン様よりも強いモンスターと言われましても、元々あの森は高ランク冒険者と同等以上の存在が以前より確認されております。ダンジョンマスターとは仰いましたが、それは真実なのですか?」


 ラグネルの言葉に疑問を呈したのは幹部の一人、それに続いて他の者たちも"ダンジョン"という言葉に動揺している。


 それもそのはず、ダンジョンは大昔であれば何としてもでも駆逐すべき人類の敵であった。

 しかし、数十年前にダンジョンを資源とし、台頭した国が現れた。

 それから、世界中の国がダンジョンを求めている。ダンジョンが齎す脅威さえ支配し、ダンジョンが産み出す富と力を手にしたいと願う。

 しかし、ダンジョンの発生理由は解明されていない。自然発生を待つのみなのだ。

 そして、このアルヴァリア王国は未だにダンジョンを支配下に置けていない。ダンジョンの数自体が少ない平和な地だったからこそ、長く存在してきたとも言えるが……ダンジョン産の資源や兵器を活用した他国には大きな差をつけられてしまっている。


 そこに発見された新たなダンジョン。

 これは既にヒナトの街だけではない。フレイズ伯爵領どころかアルヴァリア王国にとっての一大事であり、他国との関係にも影響を及ぼすものである。


 だからこそ、あの危険な男を誰にも知られずに倒すことのできた、たった一度の機会を失ってしまったことが悔やまれる。

 ゴブリンメイジに擬態した人間の見た目をしたダンジョンマスター。それを遥かに超える残忍で凶暴な貪食の化身。

 あんなものの、何が我が領のためになるというのか。あれを支配するためにどれだけの犠牲が伴うのか。


 そんな存在が嫌悪する四つ目鹿とは何なのか。


 仲間の命を繋ぐため、己もまた生き残るため、魔王の口車に乗り、手のひらの上で踊らされているこの不快感。敗北の苦味。


「悪いが、ダンジョンの場所までは特定できていない。だが、間違いなくダンジョンは存在する。森にはイアンがダンジョンまでの道のりを印している。だからこそ、フレイズ伯爵家の名でギルドに極秘依頼を出す。ダンジョンの発見、監視と、ダンジョン管理の邪魔になる存在の排除だ」


 四つ目鹿とやらの名前は出さない。どうせ、あの森に棲まう生物の殆どは人間と敵対している。ダンジョンの調査に邪魔になるものを排除していれば、もしかしたら遭遇するやもしれないが、積極的に魔王の言いなりになるつもりはない。


「いきなり乗り込んで来て好き勝手言うじゃないか。フレイズ伯爵家の名をお前が談るのか?」

「俺はこれからすぐに領都に向かう。伯爵家がダンジョンの調査をするなと言うことがあり得ないことはギルドも分かるだろう?」

「気に入らねぇが、お前の言う通りなんだろうよ。名を捨てた男がまた、名を捨てて、捨てた名を拾い上げてまで泣きついて来てんだからな」

「……何とでも言うがいい」


 ギルドマスターは長年冒険者として務めた実力者且つ、貴族の対応も熟せる者が選ばれる。ヒナトという辺境の街のギルドであっても、ギルドマスターのこの男は王都の本部でも認められた存在だ。田舎伯爵家の息子に甘んじて侮られるはずがない。


「依頼は受けてやる。どうせ、ダンジョンなんて言葉が出てきた以上放置はできねぇ。しかし、お前が領都に戻っている間の情報はどう伏せる?」


 ギルドマスターはラグネルを責めるのに満足したのか、ようやくとダンジョンの話を受け入れる。


「それならば丁度いい表向きの依頼がある」

「依頼だと?」

「ああ、"ゴブリンメイジ及びゴブリン討伐クエスト"だ。俺が向かった依頼でゴブリンの巣を見つけた場合は規模によってギルドに報告に戻り、ギルドから正式な討伐依頼を出して貰う手筈になっていた。ギルドで選別した冒険者たちには、表向きはその依頼ということで街の人間には秘密裏に動いて貰いたい。門の守衛には話を通しておく」


 ダンジョンの存在はまだ民には知られる訳にはいかない。ダンジョンの存在を知った愚かな者がダンジョンに手を出せばどうなるかは容易に想像がつく。何より、これは既にラグネルよりも上……伯爵家よりもさらに上の王家が関わる案件となるだろう。


「国の行末を左右する"ゴブリン退治"か。面倒な手を回さにゃならんな。貴様ら、話は聞いていたな? 高ランクの実力者で、話の分かるやつをリストアップしろ。静嵐のフィニャセラは指名だ。絶対に捕まえろ。それから()()()()

「……なんだ」

「馬を貸す。さっさと話をつけて戻って来い。面倒だけ押し付けて逃げるのは許さんぞ」

「馬は有り難く借りる。それ以外は余計な心配だ」


 ダンジョンマスターの生殺与奪の権限はこの手から離れようとも、借りは返さなければならない。

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― 新着の感想 ―
ランクアップが早いだけで英雄とか盛り過ぎやろ思ってたけど、やっぱお偉いさんでしたか。
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