029.負け犬は吠える
「座して待つ」
帰還した俺はコアルームで真っ先にコアちゃんに宣言した。
「なんかいきなりテンション下がってるけどどうしたの? 左腕失くしてるし」
そう、そうなんだよコアちゃん聞いてよね! と、今回の遠征の顛末を説明する。
バカ強い冒険者に出会ったこと、いつもがじがじしてるか唸ってるだけのグレイスが実は喋れたこと。つまり、これまでは俺とのコミュニケーションを避けていたという悲しい事実発覚とともに腕を食われたこと。
なんだかんだあって冒険者は三人とも解放することになったこと。
解放しなければ、負けていた可能性もあったこと、本当に痛くて辛くて諦めたくて死にたくなったけど頑張ったこと。何もかもを詳らかに説明した。というか、泣きついた。
「ふーん。つまりどういうこと?」
コアちゃんには難しい話は伝わらなかった。
「負けた。でも多分カナリア作戦は成功した。あと、左腕治して」
三行で説明した。あんなに苦労したのに案外三行にまとまるものである。悔しい。
ちなみに左腕はグレイスから返してもらっている。
「返せ」って言ったら三本分になってる腕をひとつ引きちぎって渡してくれた。結構グロ目で見た目も違うけどこれ本当に俺の腕?
「よくわかんないけど、作戦成功おめでとう? あと、腕はさすがに治せないよ。シノミヤの体はDPがないといじれないもの」
「そんなぁ」
「だからその気持ち悪い腕はさっさと捨てなさい」
「ぐすん。グレイス、これ食べていいから次からはもっと俺の話聞いてね」
「イタダキマス」
コミュニケーションが取れた。普通に喋りやがった。俺の腕食う時だけ。飯の時しか言うこと聞かないバカ犬かな?
「ああ、それから帰りに多分鹿に見られてたけど何もして来なかった。うちの戦力が増えるどころか減ったからなのか、それともあの力には何か条件があるのかも」
「戦力って言っても死んだの普通のゴブリンでしょ? 明日には生き返るし、条件の方じゃない?」
「ふーむ」
セレナとかいう女冒険者にイアンは生きてるとか大ボラ吹いたが、そのイアンは死ぬ前にあの鹿の目について何か言っていた気がする。
「確か、生と死を視る目……だったか」
それが超越過負荷を引き起こすのに何か関係があるのだろうか?
「それは考えても今は仕方ないでしょ。それより、腕はちゃんと治療しなさいね」
「暫くは綺麗に洗って薬草スライムくっつけとくよ」
「そうしなさい。そういえば、行商人の荷車の中に薬品もあったような……化膿止め、これとかいいんじゃない?」
「マジか! やっぱ馬車襲撃は美味しいな!」
コアちゃんが出してくれた化膿止め、瓶に入ったどろりとした薬品を指で掬って舐める。不味い。
「それ塗り薬じゃないの?」
「はやく言ってよ」
俺は地球じゃ錠剤の化膿止めしか飲んだことないのに!
ああ、そう言えば地球じゃこんな大怪我したことなかったなぁ……マジなんで腕ちょん切れるとか意味わかんないことになってんだろう。
しくしくと、激まず軟膏をスライムにがぶ飲みさせて腕に固定する。
「それでー? 作戦は上手くいきそうって言ってたけど、ここから先は座して待つっていうのは?」
俺の腕の治療がひと段落したのを見てコアちゃんが声をかけてくる。
「冒険者に四つ目鹿の討伐依頼を出したよ。倒してくれたらラッキー。倒せなくてもダンジョン攻略ついでに警戒して追い払ってくれるだけでもラッキー。鹿と冒険者が共倒れになってくれたら超ラッキー」
カナリア作戦の最大目標はダンジョン侵入者を増やすことではない。正確には勿論それも含まれているが、一番大事なのは。
「俺たちには戦力が足りない。だから外から俺たち以上の脅威を森に集めさせる。三つ巴を作るんだ」
「でもそれ、うちのダンジョンだけが負ける可能性もあるでしょ?」
「それは勝つさ。死んでたまるか」
「完全にノリじゃん」
「正気でダンジョンマスターなんてやってられないからね」
「それなー」
実際、ラグネルのように強い冒険者が大勢やってきてダンジョンに攻め込まれたら終わる。
だが、幸いにもこのダンジョンの周囲は鹿以外にもオウルボアさんやまだ見ぬヤバいハチドリなど、多くの化け物が存在している。
ダンジョンの敵は鹿と冒険者だが、冒険者の敵はダンジョンと森の化け物。鹿の敵はダンジョンと冒険者。勢力の数だけならトントンだ。
確定負けの状況に、不確定要素をぶち込めただけマシ。
それに、ラグネル級の冒険者はそうそう居ないのではないかとも思っている。
もっとたくさんいるなら、ラグネルのパーティメンバーがあんなに弱い訳はない。
イアンから手に入れたこの辺の土地情報から考えるに、ラグネルは特別枠だ。領主もいない地方田舎の街にあんなのはそうそういない。そういうのは領都や王都とやらにいるらしい。
「そう言う訳で、ここからは冒険者がやってくるまでは全員ダンジョン内で準備を整える」
木材はたくさん集まっている。弓矢を作ってスケルトンに持たせたい。第二第三ゾーンの突破率を大幅に減らせるはずだ。
ゴブリンたちは手が器用なので手伝って貰う。ゴブリンはあまり賢くないけれど、そういうのを作る知識と技能はあるんだよね。
あとは、実際に全員を防衛配置につかせてから、攻撃練習もしておきたい。
しっかりと罠ハメできれば現有戦力でも冒険者に勝てるはずだ。
ラグネル級が出た時はグレイスに任せる。
「グレイス。ダンジョンの中なら手加減はいらないからな」
「がぶがぶ」
せっかく全力を解放してやったというのに、俺の命の危機でもグレイスは最初の命令通りに"殺さず確保"に動いていた。
俺はラグネルはもう殺せるなら殺しても仕方ないと思っていたのだが……グレイスはどうやらダンジョンで殺せば人を食べていいというのは覚えているらしい。DPのことまでは……多分考えていないだろう。わからんけど。
どちらにしても、次は屋外という相手の世界で戦う必要はない。俺たちの世界で、地獄に落としてしまえば良いのだから。




