028.貪食
「……ナイ」
それは、誰から発せられた声だったのか。聞こえるはずのない声に、脳が答えを出すのが随分と遅かった。
「シノミヤ……ワタシ、ウデ、ナイ」
「グレイス——うわっ!」
戦闘用に力を解放させたグレイスは、俺の困惑に応える間もなく俺の左腕を食いちぎった。
「クソっ! スラさんっ!」
「……!? ……!!」
慌ててスライムが傷口を覆い止血を始める。
「なぁにぃ? 仲間割れぇ? ぶふっ、ダンジョンマスターとか言って、ダンジョンマスターが配下に襲われるなんて聞いたコトないんですケド〜」
セレナとか呼ばれていたペニーを殺した女に嘲笑われる。
「ちょっとこれは俺も想定外だな。さっきの名乗りはどこまで信じていいものだろうか?」
「ラグネル、モンスターの戯言などはじめからなにも信じる必要などないのです」
ラグネルが俺を見る目が先ほどより侮って見える。女魔法使いは俺をモンスター扱いだ。
ただでさえ、意味もわからないまま肉を食われたっていうのにふざけてくれる!
「グレェイスッ! テメエ、やってくれた以上は絶対あのクソ剣士をブチ殺せ! 雑魚二人は俺がやる!」
腕が痛い。なんで喰われた。ショックで死にそうだ。仲間にこんなことをされるなんて……ははっ、仲間、仲間だなんてグレイスが俺のことを思っていたことがこれまで一瞬でもあっただろうか。目の前の脅威に、災禍の楔を解き放ったのは俺だ。俺だけが、また弱い。俺だけがまた、絶望して涙を堪えて立っている!
「グルルルル……ガァッ!」
「——ふっ! これは……さっきよりも重いっ!」
俺の腕を食って自分の腕を生やしたグレイスがラグネルと交戦を再開する。強靭化した全身は倍以上に筋肉を隆起させ膨れ上がらせている。腕のリーチも足のリーチも遥かにラグネルを凌ぐ、まさに人外の姿、暴力。
「ラグネルっ!」
「セレナ! こっちは俺がどうにかする! きみたちはそっちのメイジを頼むっ!」
ラグネルはグレイスの相手を一人で引き受けるつもりのようだ。
それは正しい判断だろう、油断はあったとはいえ、人間よりは遥かに頑丈で気配察知にも優れた俺からあっさり左腕をもぎ取った化け物だ。
女冒険者には荷が重かろう。
「くっくく、しかし、メイジか。俺をメイジと呼んだのかアイツゥ」
英雄の名乗りに合わせて、こちらもダンジョンマスターだと教えてやったと言うのに。
ふざけてくれる。ナメてくれる。バカにしてくれるな英雄サマよ。
「英雄のご指名だ、俺と遊ぼう、雑魚共」
「——雑魚はアンタだけだっつーの!」
背後からの違和感。身を捩る。耳朶を打つ罵倒。右肩に深々と突き刺さる短剣。
「ああ、俺も雑魚だからな。雑魚同士仲良くやろうってんだよ」
今度は反対側の肩に激痛。もう無理、死にたい。帰りたい。なんでこんな目にばかり遭わなきゃならない。
「このクソ女がッ!」
「ちぃっ!」
体を捩った勢いで後方に現れた女冒険者へ回し蹴り。しかし両腕で防がれる。女冒険者は吹き飛ばされたものの、軽傷。
「ガスト!」
俺が背後の女に気を取られた瞬間に放たれる突風の詠唱。
「イグナイトバースト」
俺を押し除けようと意図された風を地面を転がって避けながら風に乗せるように広範囲に点火させる。風を受けた炎は草原へと広がり、事象となって街道の両脇を燃焼させる。
「おいおい、風魔法さん、このままじゃ何処までも火事が広がるけど大丈夫そ?」
「なっ……魔法戦で、無闇に被害を広げるようなことをするだなんて! なんて非道な真似を!」
「別に、ここは俺の世界じゃねーし、知ったこっちゃないね」
俺の世界はダンジョンの中にしかない。一歩でも外に出れば、クソみたいな鹿の世界で、さらに外は人間世界。
滅びてくれるに越したことはない。
「あんたが風魔法を使う度に炎をばら撒いてやる。消火に必要な人手と水のアテはあるかい?」
「ざっけんじゃねーんだよ、イカれ野郎! こっちにゃセレナ様がいるってんだ!」
再び、俺の死角から突然現れた女冒険者が俺の顔に殴りかかってきたのを、受け止める。
「なっ!?」
「遅いんだよ。お前、戦闘職じゃないだろ? 俺の知ってる戦闘職の天賦使いの攻撃はこんなに遅くなかったぞ。ああ、もしかしてお前の天賦ってイアンとかいうやつと同じ隠密系か?」
「!? どこでその名前をっ!!」
「さーね」
「ギィァァッ!!」
女冒険者の手首を握り潰す。悲鳴を上げて崩れ落ちたところに、蹴り、さらに悲鳴をあげたところで腹を踏み潰そうとして——
「——それは見過ごせないな!」
「ラグネル」
ラグネルの剣を軽く躱わす。女を助けるためにわざと存在感を露わにして目立つように切り掛かって来やがった。これが前衛、人の前に立つ者。導く者。英雄の在り方か。
「グレェイスッ! テメエ、人の腕食っておいてサボってんじゃねーぞ!」
英雄から視線は逸らさない。次にこちらに切り掛かるならば仕留める気でくるだろう。
だから、吠えさせる。
「グオオオオオオ————————!!」
獣に。
咆哮と共に黒き靄を全身から吹き上がらせて腐りゆく怪異に。カルマの化身、化け物に。
それはまるで、元からそれを意図していたかのように穴が空いていた。襤褸の衣服の胸元の大穴から、解れた糸は臍まで破れ。
その腹ががぱりと開く。肋骨の顎。貪食の名を体現する。
「な、何なのですか……これは……」
その時、セレナとやらを助けに俺の前にラグネルは立っていた。
故に、その貪食の化身と最も近くに居たのは、戦闘の変移についてこれていなかった後方の魔法使いミエレ。
ミエレは、自身の倍以上の背丈と異常に太く頑丈な骨格、関節、骨の数を持ち、グロテスクな皮膚のない剥き出しの筋肉を膨らませた猛獣を前に恐慌していた。風魔法はミエレに与えられた天賦である。天賦は、使用すれば反動がある。少しの使用であれば反動は微々たるものだが、その反動の最中にかつてない恐怖に出会えば、精神に伸し掛かる負荷は何倍にも増す。
「ミエレ!」
「助けに行くなら、こっちの女は俺が殺すぞ?」
剣を構え、走り出そうとした英雄に問う。
「行って、ラグネル! ミエレを助けて!」
「……っ!!」
ラグネルは、剣に眩い光を蓄えて、ミエレの元へと走った。その速度はこれまででもっとも早いものであり、ミエレを捕らえようと伸びたグレイスの腕を再び切り落とした、が。腕はそこからすぐに新芽が芽吹くように再生し、ミエレへと伸びる。
グレイスは先の戦闘で切り落とされていた自分の腕も回収を済ませていたのだ。体内に保管していた腕が伸び、さらに手の先、指先から鋭利な爪が射出されたかのようにグンと伸びる。
「ミエレッ!」
「う、ぐぅ……」
グレイスの爪はミエレの肩と腹、片足を貫いていた。尋常ではない膂力によって、ミエレの体が宙に浮き、グレイスの開いた胸部の空洞——骨の牙がガチャガチャと意識を持ったかのように歓喜に蠢く腹へと運ばれる。
「や、めろ……やめろォ!」
ラグネルの剣技が、強度を増したグレイスの爪を断ち切らんと何度も振るわれる。その度に振るわれる刃の黄金は輝きを増し、明らかな才能の限界を迎え、それでも越えようと抗っているかのようだ。
血の匂いの焼けた草の臭いが混じる中で、俺は一度だけ深く息を吸った。
「なあ、お前。完全に蚊帳の外だな。ラグネルってやつはよっぽどお前の時より、あのミエレって女のときのほうが本気で頑張ってるよ」
「……うるせぇよ。殺すなら殺せよ、クソッたれが」
「まあ、聞けよ。イアンの居場所が知りたくないか?」
「し……イアンは、生きているのか!?」
「ああ。今は俺のダンジョンで捕えてる」
「なんのためにそんなことをする? というか、本当にダンジョンが存在するのか?」
「するさ。森に入ってみろ。イアンはしっかり森に道案内の印まで付けてるしな。冒険者ならすぐに見つけられるだろ」
「なんのためにそんな話を聞かせる? 冥土の土産か?」
「ちょっとした取り引きがしたいのさ」
「……そんな話に乗るとでも?」
セレナの言うこともわからんでもない。ならば少し材料を増やそう。
「グレーイス!! その女魔法使いを食うのはやめろ! 今商談中だ! 止めなかったらその腹の中に山程大麻ぶち込むぞ!」
「ガァァ——るる?」
「それからラグネル! こっちの仲間も殺されたくなければ剣を引け!」
「……まずはミエレを解放してくれ」
「グレイス、その女を置いてこっちに来い。闢解は解かずに、そのままだ」
グレイスがミエレを地面に下ろして爪を抜くと、ミエレが血を吐いて咽せる。ラグネルはそれを何かの薬を使って急いで治療しているようだ。
「取り引きだ。お前が飲むなら三人、まあ……本気でやればラグネルは殺せるかわからんが、お前たち二人は揃ってラグネルと街に帰れる。依頼も大したものじゃない。ただ無事にお前たちがヒナトの街に帰ってくれたらほぼそれで達成だ」
正直に言えば、最初の筋書きとは違いすぎる。二人は拉致して一人を生かすつもりが、こちらが壊滅的な被害を受けて隠し玉まで使わされた。
しかもあのラグネルという男、グレイスとの戦闘の中で明らかに天賦の才を向上させていた。
女二人を殺せばあの男が死に物狂いで何をしてくるのか……何故だかそれは避けなければならない気がした。
必要とあらば戦うが、それはこんな場所ではないし、戦いを避けて元の狙いが果たせるのならばそれで構わない。人生は、どこに妥協点を見つけるかの連続だ。
「さて、取り引きの内容だが……お前らの同僚のイアン・マクセルは、盗賊の残党を追っかけながら森を走り回った挙句、四つ目の鹿に手を出して俺のダンジョンに逃げ込んできやがった。お前らにはそのことをヒナトの冒険者ギルドに伝えて貰いたい。森の中に潜む凶暴な鹿のモンスターの討伐と、ダンジョン発見の報告だ。それで見逃してやる。どうだ?」
「チームのリーダーはラグネルだ。セレナには決められない」
「イアンは見殺しか?」
「……説得してみせる」
地面に倒れたままの女冒険者は、ようやくと頷いてくれた。
ならばもうここに用はない。今日は随分と外の世界で暴れてしまった。
四つ目鹿対策のために四つ目鹿に出会っては意味がない。
「グレイス、帰るぞ。左腕返せ、あと、肩のナイフ抜いてくれ」
「がじがじがじがじ」
グレイスは食事の途中で邪魔された怒りで中々話を聞いてくれなかった。
尚、取り残された冒険者たちは、セレナから聞かされた話に見逃された理由を把握はしたものの、大いに困惑していた。そして、草原の大火事をどうしたら良いのか、途方に暮れたのだが——それはシノミヤは知る由もない。
バトルらしいバトル回!ダンジョンの外ではつらい……ダンジョンはDPで!作品は高評価で育てよう!
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完結まで辿り着けるようにたくさんの応援お願いします。




