026.ホブゴブリン夫人
ゴブリンたちが引く荷車に腰掛け、木々で入り組んだ森の中を運ばれる。ガタガタと揺れる荷車の上の居心地は最悪だ。
「スラさん、もう離れてくれていいよ」
「……!」
ゴブリンメイジの提案によって、雑草の煮汁を吸い込ませて緑色に変色させたスライムがもにゅもにゅと俺の顔面と体の上で蠢き分離していく。
ダンジョンを出るにあたって、鹿の目と人間をごまかすための変装である。
服装も本物のゴブリンメイジを参考に、ダンジョンで保管していた様々な動物の毛皮で取り繕った蛮族スタイルである。
「はー、すっきりした。スラさんも大分色落ちしてきてるね」
剥がれたスライムを見れば、緑の色味はかなり薄れている。体内に入れっぱなしで雑草汁の消化をなるべく止めて貰っていたが限界だったようだ。
作戦がうまくいった後でよかった。そう思えるのは、無事に事が済んだから思えることだけど。
振り返れば、今朝から散々だった。変装を済ませてダンジョンを出ようとしたが、まずグレイスが離れない問題を解決するために葉巻をしこたま吸った。俺がダンジョンを離れる以上、コアちゃんを守るための最大戦力であるグレイスを連れていくのは躊躇われた。だからこそ葉巻をキメた訳だが、それが失敗だった。
「ゴブゴブ、ゴブブゴーブ、ゴブゴブゴ」
「うんうん、そうだね」
そんな風に、道中のゴブリンたちとの会話をダウナーラリ状態で聞き流していたら、巨大ニワトリよりデカい熊みたいな梟の猪に出会った。
言葉にすると意味不明なのだが、とにかくデカくて猪みたいな胴と四本足の梟——オウルボア——だ。
どうやら、ゴブリンたちは森を歩きながら俺に色々アドバイスをしてくれていたようなのだが、残念なことに俺にはゴブリンの言葉はわからない。だから適当に聞き流した。そしていつものごとく死ぬところだった。
オウルボアに出会った俺は、ついうっかり「ヘイ、イケてるね!」と陽気に声を掛ける。慌てたゴブリンたちが必死の形相で皆んなして取り囲んで押さえつける。ゴブリンに両手足を押さえつけられ、口まで塞がれた俺の心境は薄い本みたいにされる! という恐怖心。
「やめて! 乱暴しないで! ……もごもごっ!」
「ゲェッ!? ゴブッゴブッ!!」
そこにノシノシと近づいてきたオウルボアは、ゴブリンにもみくちゃにされた俺の姿を目を細めてしばらく眺めたあと「ホゥ」と頷くようにひと鳴きしてから去って行った。
「冗談じゃないっ! 待って! 誤解だから! 納得するのはやめて!」
「ホウ?」
「ゴッ!? ゴブッ!」
「あ痛ぃっ」
オウルボア界隈で妙な噂が流れては大変だと引き留めようとしたところで、ゴブリン・ペニーご自慢のコテカで頭をぶん殴られて正気に戻る。振り返ったオウルボアにそこでようやく血の気の引いた俺は「イヤァ! 乱暴されちゃうー!」と咄嗟に叫ぶ。オウルボアは「ホゥホゥ」と何度も頷き去っていく。オウルボア界隈は薔薇は後方で見守るスタンスのようで命拾いする。
そうして正気に戻ったのだが。
「いくらなんでもコテカで殴るのは違くない? 俺ダンジョンマスターなんだけど」
「…………」
正気に戻った俺に返事をくれるゴブリンはいなかった。ダンジョンを出た時は皆んなたくさんゴブゴブ言っていたはずなのに納得がいかない。
ともあれ、問題はありながらも俺たちはなんとか森を抜けることに成功する。オウルボアには出会ったが戦闘は回避。鹿にも出会っていない。
しかも、なんと運のいいことか森を抜けてさっそく、たった一人で馬車を走らせる商人に出会えたのである。
商人を脅し、存分にゴブリンの脅威を示したのだが、何故かなかなか逃げてくれなくて困ったものの、生きて逃すことに成功。ダンジョン外で殺してもDPにはならないし、あの男にはカナリアになって貰わなければならない。
現在の我がダンジョンは折角改築したというのに侵入者が来ない。来ないのならば呼び込むしかない。あの男はどれだけ鳴いてくれるだろうか。
さて、後は帰るだけとなって気がつけば、ゴブリンは馬と致そうとして失敗して馬に逃げられていた。うーん、人間の呼び込みが成功したら成人女性が来てくれるといいね。女の冒険者とかいるのかなぁ?
と、そういう流れで仕方なくゴブリンたちに馬車の荷車部分ごと、積み込まれた戦利品を運ばせているのが回想の冒頭。
現在は、既に森を抜けてダンジョン付近。出口がわからず彷徨った行きと比べて帰りはダンジョンの位置はわかっているので早かった。
そうして、俺とゴブリンたちは初めての森の外への遠征に成功する。
「コアちゃーん! 帰ったよー! 荷物しまってくれるー?」
ダンジョンの入口で、どうやってかこちらを見ているだろうコアちゃんに叫ぶと、荷車がダンジョンの床に飲み込まれていく。
「ゴブさんたちにはあとで分前を渡すね。あと、メイジを紹介したいから旧コアルームに転移させるね」
「ゴブ!」
そうしてゴブリンたちを送ったあと、スライムに別れを告げて俺も旧コアルームに転移する。
「グルルルルルル……」
「なにこれ?」
そこには、コアちゃんと泣き顔のゴブリンメイジの横に立つ、緑色に染まってブチギレたグレイス。
ゴブリンたちはグレイスに怯えて部屋の隅で震えていた。
「置いてかれたのが相当気に入らなかったみたいね。グレイスったら、メイジを脅して雑草汁を作らせてスライムまで拉致してきたのよ」
「グルァ!」
帰宅して早々、青臭いネバネバするゴブリン色のグールに飛びつかれて首を噛まれた。
「……わかった。次は連れていくよ、後何回かはやるつもりだし。ゴブリンメイジって感じじゃないから……ホブゴブリン夫人かな? そういう設定でよろしく」
「がじがじ!」
噛みつきながら頷くの痛いからやめてね。
遠征……カナリア作戦はあと何回かは俺が司令役でついて行くつもりだが、ゴブリンたちが手順を覚えたらあとは完全にゴブリンたちに投げるつもり。人間が来るようになったら止めるけど、物資は美味しいからDPが貯まったら、防衛部隊とは別に外で活動する遠征部隊も作りたいな。




