025.始動
四つ目鹿との遭遇からしばらくの間、俺は森の観察に努めた。
具体的には、三日間はダンジョンの外には出ず、スケルトンたちのみに作業をさせた。鹿に咎められたからと言って、侵入者のいない我がダンジョンは金欠なのだ。何もしないという選択肢はない。
他のモンスターズはいつも通り、グレイスは俺を噛んでいるし、スライムは張り付いている。コボルドは迷路の中を走り回り、最近二匹は時折物陰でせっせと励んでいる。ゴブリンたちも変わらず森の探索だ。森や森の外の情報収集は必須だし、ゴブリンが鹿にやられた場合は、鹿が来た理由を推理するヒントになる。
話を戻してスケルトンだが、彼らに頼んだのは相変わらず木材収集だ。
鹿が姿を見せた理由として真っ先に浮かんだのが森の開拓……というか、木こりを始めたタイミングだったこと。俺たちが森を侵略する敵対行為と受け取られた可能性もある。そう思ったのだが。
「木こりは関係なかったみたいね」
というコアちゃんの言葉通り、三日間何事も起きず、木材も無事に手に入った。木材は順次、先端を削って落とし穴に設置していくつもりだ。
「という訳で、ダンジョンの外に出てみる」
そう宣言して、木こりをするスケルトンたちとダンジョンの外に出たのが四日目。
俺自身は何もせずぼけっとグレイスと揉み合いながら働くスケルトンを眺めていたが、これまた何も起こらない。
ゴブリンが森を跋扈しようと、スケルトンが木を伐採しようと四つ目鹿が再び姿を見せることはなかった。
「森に出たことがきっかけじゃない? じゃああとは何だ……? あの鹿の行動……遭遇したのは……」
一度目はダンジョンが誕生した日。二度目は冒険者を倒し、スケルトン召還後、森で活動を始めた頃。そういえば、ダンジョンの外での戦闘も何度かあった。
「俺やモンスターの動向ではなく、ダンジョンの成長を警戒している?」
ヒントがなさすぎて推理が雑に飛んでしまう。けれど、今思いつくものが他にない。人智を超えた存在ならば、混沌の気配を捉えることも可能だろうか。
そうして、頭を悩ませながら四日目は眠りにつき、明けて五日目の朝。
「今日はスケルトンたちは第三で待機。俺はゴブリンたちと森に出る」
「……え? 本気? シノミヤが外に出るの? あんなに怖がってたのに? 昨日のお肉、火の通りが甘かった?」
「病気とかじゃないから。怖いけど、このまま何もせずすり潰される訳にはいかないでしょ」
四つ目鹿は脅威だ。そんなものがいつまた現れるか知れない。だからと言って、引きこもっていればダンジョンはいつまでも育たない。それは俺自身も同じ。
死ぬ程嫌だが、死ぬのが嫌なら動くしかない。動きを止めれば鹿の手のひら……蹄? の上だ。蹄だから下か? それはまあ、いい。
「ということで、新たなモンスターを召喚しようと思う」
「わー! 突然ハッピーなお知らせ! でもなんで!?」
「生存ボーナスが貯まったから」
「よく覚えてました! 私も忘れてたのに!」
うきうきなコアちゃんがびっくりしているが、何もサプライズではない。むしろなんでコアちゃんが忘れてるのか。
生存ボーナス。ダンジョンが生きているだけで加算されるそれ。底辺ダンジョンである我が家は微々たるものだが、実はダンジョンが産まれてからそこそこの日数を生き延びている。
何度死ぬ思いをしたか、そのおかげで一匹だけ、狙っていたモンスターを召喚できる。
「ゴブリンメイジを召喚してくれ」
「……ゴブリンメイジ? ゴブリンの一個上のランクの?」
「うん。最弱手前のランクの」
「なんでそんな弱いモンスターなのー! もっと強いのがいい!」
「そんなお金はありません」
生存ボーナスなんて本当にちょっとしかないのだ。ゴブリンメイジだってようやく喚び出せるようになったんだから。
「それに、ちゃんと理由がある」
「シノミヤがそこまで言うならいいけど……」
そう言って渋々召喚を始めたコアちゃんは、いつもの元気の良いサモンコールもなくポンとゴブリンメイジを呼び出した。
え、サモン必要なかったの?
やっぱノリでやってたのアレ。
「ごーぶごぶ」
そんなこんなで召喚されたゴブリンメイジは、普通のゴブリンたちに比べてちょっとだけ背が高い。あとは、なんかダッサ……見窄らしいフード付きの蛮族みたいな格好をしている。肌はやっぱり緑色だ。
「メイジくんさぁ、きみ詠唱できるよね?」
「ごぶ」
「ちょっとやってみてよ」
「シノミヤが新人イビりしてる!」
さっそくメイジくんの実力を見ようとしたら、コアちゃんに茶化された。メイジ、いいからはやくやって。イビってないから。マジだよ、マジだから、そのボールの言うことは気にしないでいいから。
ゴブリンメイジを宥めて魔法を促す。俺の読みが正しければこのゴブリンは——
「ごぶ!」
ゴブリンメイジの一声がコアルームに響き渡り、小さなイグナイトが発生した。まあ、お試し魔法だからご安全にね。
「——じゃないよ! 詠唱は!? 魔法使いなんだから詠唱あるでしょ!? 喋れるんじゃないの!?」
「ごぶー?」
「え、なに? シノミヤまさか、ゴブリンと会話しようとしてたの? できる訳ないぢゃん」
ゴブリンメイジは首を傾げ申し訳なさそうに、コアちゃんはコロコロと空中で回転してゲラ笑い。
「う、嘘だ! ここでゴブリンメイジを召喚してゴブリンたちから森の情報を聞き取りして森に繰り出すって俺の完璧な作戦がっ!」
「ごっぶごぶ」
「アハハハハ、作戦もう終わっててウケるー! アハハハハ!」
やめろ、申し訳なさそうにするな。ゴブリンメイジ。
そこまで笑われると顔真っ赤になるほど恥ずかしいからマジでやめてコアちゃん。
「よ、よし。ゴブリンメイジは第三に配置する。トラップを渡ってる最中の侵入者に魔法で遠距離攻撃をしてくれ。うちには近距離の戦闘要員しかいなかったからな。きみのような遠距離攻撃を持っている戦力が仲間に加わってくれることを待ち望んでいたんだ」
「早口ダッサ! シノミヤ、ダッサ!!」
「うるさいなぁ! もう!」
俺の負けでいいから、もうイジらないで。
「ごぶごぶ、ごーぶ、ごぶご、ごぶー?」
え、なに、ゴブリンメイジさんまでやめてよ。え、違う? なになに? ボディランゲージじゃよくわからないよ。もっと細かく描写して。
それは……草? あ、正解! 余ってる雑草? 山ほどあるけど……スライム? うん。いるよ。今第二で粘ついてるだけ。暇してる。
雑草とスライムで、なるほど、成程?
空気を読んでくれたのか、恥ずかしさから逃げ出すようにダンジョンを飛び出そうとした俺にゴブリンメイジが優しくアドバイスをくれた。
「おーけー、それでいこう!」
それなら確かにワンチャンあるかもしれない。役立たずだった物とスライムも役に立つ。役に立たないのは俺の頭だけだったてわーけ。
「アハハハハ!」
笑うなよ! バレーボール!!




