020.進捗はいかがですか?
コアちゃんの明かりを頼りにダンジョン二階層に戻ってきたら俺は、さっそく泉で四半身浴をしていた。水は冷たいが、凍える感じがないのは魔王体質なのだろうか。
「コアちゃん」
「なーにー?」
コアちゃんに手招きして顔の近くに浮いて貰う。モニター機能が使いたい。
「とりあえず、下にいるゴブリン五体に盗賊から巻き上げた武器を適当に持たせて出入口に転移。探索でイアンの付けた印とやらを探させつつ、森の出口を探させてくれ」
ゴブリンは本来、単独行動よりも集団行動が得意な器用な連中である。だからこそ、全員まとめて五人組で運用することにした。
初代ゴブリンにはこれまでも森の探索をさせてきたが、隠れるのがうまいのか森で襲われて死亡というのはなかった。
恐らくは森での動き方というのが本能的に備わっているんだと思う。
そういう訳で、使えそうなものを集めて貰いつつ、手頃な獲物がいれば連れてきて貰えれば良し、あわよくばイアンが残した印を消せれば尚良し。そちらは期待薄だけれど。
そうしてゴブリンたちにコアちゃん通信で指示を飛ばして森へと向かって貰ったところで、仕事を終えたグレイスが帰還する。
「ぐるる」
「ああ、もう。血だらけじゃないか。床が汚れるからこっち来い」
モンスターは本来食事は不要なのだが、グールの性質か、貪食の二つ名の影響かグレイスは人肉を欲する。食事を終えたグレイスはあまりにも酷く汚れていたので泉に呼ぶ。食後で鎮静化していたからか、素直に来てくれた。
「血脂は固まると取りづらいから、さっさと洗うぞ、ほら頭こっち向けて」
「ぐるぐる」
浅すぎる泉の水を手で掬い取って、灰色の髪と顔をごしごし洗う。喉を鳴らしているが怒っている様子はない。
それにしても、手で掬って拭うんじゃいつになっても終わりそうにない。
「グレイス、顔を水面に近づけられるか?」
「ぐる?」
グレイスが身を屈めるが、水面は浅い。なので、グレイスはうつ伏せに寝そべる姿勢になる。勿論、顔は浸っていない。
「うん。洗いやすくなった。よし、次は髪を洗うから仰向けになっ——こら、それは腸詰じゃない。噛むんじゃありません」
「ぐるぅ?」
「あー嫌だ嫌だ、シノミヤってヤラシっ」
「そんなつもりはないから、さっさと上をむきなさい」
グレイスの口に指を突っ込んでかわりに咥えさせて腸詰ではないものの安全を確保して、仰向けになったグレイスの髪をまたごしごし。
泉の中はもう随分と赤く汚れている。湧水のオーバーフローで入れ替わっていくにしても時間がかかりそうだ。
グレイスから出た汚れで俺の体も汚れでしまうし、これは長風呂になるな。
「コアちゃん、作業に戻ろう」
「そんないやらしい姿を見せつけながら、私にも何をさせる気なの!?」
「仕事だよ仕事」
いやらしいのはお前だよ。と言いたい所だが……コアちゃんの言い分も分かる。グレイスは明確に大人の女の形をしたモンスターだ。肌が灰色じゃなかったり、元になった肉や骨が何だったか知らなければ、イカれた性癖の持ち主にはエロく見えるんだろう。俺には無理。いくら巨乳でも元は女児とおっさんだ。性的には見れないし見えない。
俺の指先が触れている髪も肌も、俺が生み出した罪と業である。
「イアン……あの冒険者はもう吸収した?」
「したよー。スケルトンを作りたいんだっけ? 手持ちの骨を素材化しても三体までかな」
三体か……スケルトンはゴブリンたちよりもDP消費量が多いにしても、冒険者から得られるDPならもっと稼げるかと期待してたんだが……正直期待外れだ。まあ、戦闘職でもなかったし、低ランクらしかったから仕方ないのかな。
「じゃあ、とりあえずスケルトン三体で」
「あいよー! さもーん、かもーん、はもーん! スケルトン!」
相変わらず必要なのかわからない適当な掛け声に合わせてスケルトンが三体出現する。
見た目は……まあ、骨。それ以上も以下もない。動く人骨。
これまた、ワンチャン冒険者の骨から生まれたら強い個体ができるんじゃないかと思ったが期待外れ。全員同じ能力らしい。
「ユニークモンスターなんてそんなに簡単に創れるものじゃないってことね」
「俺も別にそこまでは期待してなかったけど、隠密能力とか引き継がないかなって思ったんだよ」
「たかがスケルトンに期待しすぎよ」
「ガラガラガラ」
俺を諌めながらスケルトンを刺し気味なコアちゃんのセリフにスケルトンたちが抗議し、骨が鳴る。最近のモンスターは俺にヘイト向けがちだったが、今回はコアちゃんの失態。ざまぁ。
「ガラガラガラ!」
……と思ったら、期待外れと言ったのもちゃんと聞こえていたらしく、俺も骨を鳴らされた。
「人を嗤う者はなんとかってやつね」
「なんとかってなによ」
どんな格言なのかちゃんと胸に響かせろよ。
それはともかく。
「スケルトンは……どうしようかな、第一ゾーンの最後の壁あたりに配置かな?」
今のうちのダンジョンのモンスターで暗闇で視界を気にせず動けるのは、グレイスを除くとスライムだけだ。スケルトンにはダンジョンに常駐してもらおう。第一の壁を這いつくばって越えてくる相手を一方的に襲う役割だ。
「コアちゃん、鉄系の武器は余ってるかな?」
「ゴブリンたちは小さい武器しか持てなかったから、重量のある剣と斧は残ってるよー」
「じゃあ、そこから出してあげてー、そういえば、イアンは何か良いもの持ってた?」
「はいよー、スケルトンたち武器を取りなさーい。はい転移ー。冒険者の持ち物なら吸収済みだよー。見るー?」
「見るー」
流れ作業で現場送りになったスケルトンたちに見送りの言葉をする暇はなかった。判断が早い。
「お、これもしかして塩か! やった、これで肉が食えるぞ!」
「あー、うさぎもニワトリもお肉ずっと手を付けてなかったものね。まさか、塩を待ってたの?」
「そうだよ! 味のしない肉なんて食いたくないからね! ゴブリンに石を集めさせたのもあわよくば岩塩がないかって期待してたんだよ。見つからなかったけどね」
このダンジョン周辺が森だった時点で、海はないだろうから岩塩狙いだった。丘や山があるならいつか見つかるだろうと思っていたけど、精製済みの塩が手に入ったのは有難い。
「これでようやく果物以外の物を食える」
盗賊たちから隠れている間に乾燥させた香草の粉末などは作っておいたし、火はいくらでも起こせる。
肉が食えると思うと、幸福度が増した気がするのはやはり、食事が必要のない体になっても精神は元の生活を忘れられていなかったのだろう。
「ぐるる」
「グレイスにはやらんぞ」
「グルる」
「あ、待て、それも食ったらダメだって」
肉という言葉に反応したのか、少しだけ狂気を取り戻したグレイスに再び腸詰ではないものに食いつかれた。
まだコボルドとスライムの配置が終わってない! なんでこんなに仕事が進まないんだ!




