019.冒険者
それから、イアンという男は数日間森を歩き回り逃げた盗賊を捜していたと言う。
森の中には巨大ニワトリや三尾狼の他、四つ目鹿——二つの目は世界を、二つの目は生と死を視るという——の群。梟の頭と翼を持つ猪——オウルボア——や、空中で停止しオールレンジからドリルの様な回転で鋭い嘴で革鎧程度なら貫くというハチドリ集団、雪斑豹などの怪物たちに遭遇しながら、天賦の能力で身を隠し、時に襲われて逃げ回り。苦労の果てにこのダンジョンを見つけたのだという。
「ダンジョンに入った目的は、怪しい洞穴の調査。天賦で暗闇に溶け込み軽く侵入し、盗賊が隠れていたり、ダンジョンが生まれたと分かった時点で引き返すつもりだった、と」
どうやら、この洞穴は外からではダンジョンとは思えなかったらしい。外は穴だらけで荒れに荒れ、入口には側溝程度の謎の溝。盗賊が便所代わりに掘ったかと疑ったとか。まあ、コボルド一匹が数時間掘っただけだしな。
その後は、能力で存在感を消し、迷路を探索するも、盗賊どころかモンスターさえ姿はなく、限りなく怪しいがダンジョンではない。ならば、歴史に残っていない古い遺跡の類だろうか。それならば盗賊に利用されていないかだけでも様子を見たい。
そうやって、闇の中でたった独りダンジョンの試練に立ち向かい——このザマ。
「あ……うあ……」
イアンは現在、一階層目の奥。元コアルームに運び込まれ瀕死の状態で薬漬けになっている。
というのも、第三トラップゾーンに到着した直後、俺に齧り付いていたグレイスが落とし穴の中に人間を見つけた瞬間、飛び降りて片足を引き千切り食い始めたのだ。
「あ、ああ……! やめろ! 殺すな!!」
あの時、俺が慌てすぎて悲鳴を上げてしまったのも仕方がないというものだ。いきなり情報源を食い殺そうとするなんて思わないじゃん。グール舐めてた。
イアンはその時には既に体にいくつも傷を作り、足は落とし穴で潰れ意識朦朧としていた。グレイスの突然の襲撃に何もできなかったのだ。
まあ、今になって事情聴取を終えてみれば、森で相当無茶をしてからここに辿り着いたらしい。
グレイスを止めるのには難儀した。本来ならモンスターは俺の命令には逆らわないのだが、血肉を前にしたグールの本能と俺に対する憎悪のせいか、なかなか言うことを聞かず、魔法で威嚇してイアンから離させた後に、薬草と医療用大麻を山ほど吸収させたスライム二匹を穴の底に放り込んでイアンの足の止血をさせた。
穴からイアンを引き上げたのもスライムたちである。ゴブリンやコボルドでは引き上げられないので、時間はかかるがスライムたちに引き摺らせた。
グレイスは自力で抜け出して来たがブチ切れていたので、俺も逆ギレして左手を手首までグレイスの口に突っ込んで黙らせることにした。
そうして今も「おえおえ」言いながらグレイスは俺の手に齧り付き、モンスターたちにここまで運び込ませた後は医療用大麻でなんとか痛みとショックを和らげ、ギリギリ命を繋いだイアンの尋問を終えたところだ。
盗賊がやってきた理由、このダンジョン周辺地域の情報、冒険者の動き。
「とりあえず必要な情報は手に入ったかな」
イアンの話を真に受けるならば、追加の冒険者の来る可能性はどちらとも言えない。ヒナトとかいう街の冒険者ギルドの動き次第だが、それを俺たちが知る方法はない。
「結局、備えはしなくちゃならないな。差し当たって、こいつの残した印とやらをどうにかして撹乱したいけれど、これ以上の会話は無理そうだよなぁ」
「ヒュー、ヒュー……ゼェ、ゼェ」
もう呼吸が大分浅くなっている。
質の悪い薬草と医療用大麻だけでは限界だ。というか、医療用じゃない医療用大麻を本当に医療用で使ったな。これは本当に医療用を名乗っても良いかもしれない。
「で、そいつはどうするつもりなの? シノミヤ」
念の為、階段まで避難して貰っているコアちゃん。聞かれるまでもない。
「この人はもう限界だよ。これ以上情報も取れないし、生かして捕虜にもできないなら……いい加減手を涎まみれにされるのもうんざりだし、グレイスに処分させてDPにしよう」
「おえおえ……がる?」
「オッケー、ちょうどいいし、照明でも追加する?」
「それはいいよ。今回、暗闇も役に立つと分かったし、次はモンスターを追加かな。スケルトンなんてどうだろう? 骨そこそこあるよね?」
「そうねー……そいつの分を足したら六体分はあるかな? でも何体作れるかは獲得DP次第だよ?」
獲得DP次第か……延命させてから殺す方が……いや、無理か。もう虫の息だ。数分程度何の足しにもならないな。
というか、六体分って、グレイスは筋肉だけじゃなく骨まで普通の人間の数倍の強度なのか。
ダンジョンマスターじゃなかったら俺の腕なんて一瞬で噛み砕かれてるんだろうな。
「スラさんたち、離れていいぞ。グレイス、骨以外なら食べていいぞ」
「グルゥ!!」
伝えた途端、グレイスは俺の左手から離れて、止血していたスライムたちを引っ掴んで投げ捨てた。右手の一振りで肋骨を砕き胸を貫き、まだ生きた心臓を取り出し旨そうにひと飲みにした。
真っ先に胸を狙ったのは、ただハツが食いたかったからなのか、これも俺の業なのか。
思えば、このイアンという冒険者もまた、俺とグレイスの因果のひとつ。
間に合わなかった救世主の末路。あと数日早ければ、二人とも生存していた未来があり得たのかもしれない。
「なんで、全部の悪い因果が俺に集まるんだよ」
「諦めなー、それが魔王の宿命よ」
「ダンジョンマスター辞めていい?」
「自殺でもする?」
「やめておくよ」
「どっちを?」
ちょっと弱音を吐いただけなのに、めっちゃ煽ってくるコアちゃんにうんざりする。隙を見せた俺も悪い。
とりあえずグレイスの食事が終わるまでコアルームに戻って休もう。
そういや、まだ朝風呂浴びてなかったな。




