017.Warning! Morning!
『warning……warning……warning……』
ビー、ビー、ビー、と突然爆音で流れる甲高い音と謎の機械音声。
「うわぁ!? なんだなんだ!?」
慌てて飛び起きると頭の中を直接揺らすような大音量の音声とアラームが停まる。
びっくりしてバクバクと早鐘を鳴らす心臓が痛くて胸を抑え、周囲を警戒する。
「うわぁ!? なんだこの窮屈な部屋は!!」
新しく増設した第二階層、六畳間のワンルーム——もとい、コアルーム。その人が一人暮らすだけで精一杯の環境にごった返すモンスターズ。
寝起きの俺は屍人に腕を噛まれながら、ツルツルのゴブリンヘッド五つに見下ろされ、窮屈そうに御座りしているコボルド二匹に見守られていた。
スライム二匹は俺の泉の中に退避してやがる。許さん。
「おはよー、シノミヤ。今日は起こし方に思考を凝らしてみたよ!」
「凝らさんでいいわ! つーかなんだこのギチギチ! 気色悪いわっ!」
「それはさすがにモンスターたちが可哀想でしょ。シノミヤが配置決めずに寝たから昨日死んじゃった子たちがここでリスポーンしたのよ」
「ああ……こいつらはそういうこと……」
六畳間にギチギチに詰まったモンスターたちの顔を見やれば、どいつもこいつも俺の罵倒に不満そうな顔をしている。特にゴブリンたちは元から愛想が悪いので明確に睨んでくるし、コボルドは半泣きだし、スライムは顔が無い……かと思ったら体の一部を丸めて泣き顔の絵文字みたいな形をしてる。スライムだけはやっぱりムカつく。
「悪かった、俺が悪かったよ。みんなごめん。それから、グレイスはいい加減離れろ」
「グルル」
自力では振り解けないので仕方なくグレイスに噛み付かれたまま起き上がる。
改めて見るとやっぱり窮屈だ。早いところ、こいつらのリスポーン地点を振り分けなければ。
「というか、それにしたってあんな起こし方はやめてよね。何かヤバいことでも起きたのかと思ったじゃん」
グレイスを引き摺りながらゴブリンとコボルドを掻き分け、泉の中からスライムを引っ張りだして放り投げる。
とりあえず寝起きの頭をしゃっきりさせるために泉の水で顔を洗う。ちょっとスライムの粘液が混ざっていてドロっとする。
ようやくあの洗面台から解放されたのに、今日も朝から不愉快だ。
「そうそう、ヤバいのよ。冒険者が侵入したわ」
「ごぼぼっ」
湧き立ての新鮮な水でうがいをしていて、コアちゃんの爆弾発言に溺れかけた。殺す気か。ダンジョン崩壊寸前だったぞ今。
「それ大丈夫なの?」
「今は第三トラップの底にいるわよ、脚を負傷して出られないみたい」
「第三っていうと……あれか。というか、無人では無意味な第一は仕方ないにしても第二も超えられたのか、冒険者やばいな」
第一トラップは最初に作った上下をハーフ壁にしたゾーン。第二と第三は作りは違うがどちらも落とし穴みたいなゾーンである。
「人数は?」
「独りだけね。斥候かしら?」
「一人だけねぇ」
俺が冒険者だったら、知らないダンジョンに一人で入るか、ノーである。そんな危険な真似は絶対しない。仲間はいるはずだ。
とはいえ、物語の主人公になるような英雄願望とその実力を持ったソロ冒険者という線がないわけでもない。
「まあ、ちょうど全戦力が揃ったんだ。全員で様子を見に行くとするか」
「おっけー、じゃあ急いでお化粧直しするね」
「いや、コアちゃんは留守番だから」
「何故……!?」
何故って、アンタが死んだら全滅だからだよ。
それを言ったら俺もそうだが、俺は少なくとも球よりは戦える。
あと化粧直しって何?
「それに俺にはどうやっても離れてくれない心強い護衛がいるからね。コアちゃんはここから俺たちのこと見守っててよ」
「グルゥ?」
「……仕方ないわね。グレイス、シノミヤをちゃんと護るのよ?」
「がじがじ」
頼りにしていいんだよね?
若干の不安を抱えつつ、取り敢えずゴブリンを先頭にスライムを乗せたコボルド、最後に俺とグレイスが殿に第一階層へと向かおうとして——ドアを開けた瞬間に先頭のゴブリンがすっ転んで突差に仲間のゴブリンの足を引っ張り、足を引っ張られたやつに後続が躓き、コボルドがひっくり返った拍子に落としたスライムで足を滑らせて俺もろともグレイスが階段を転がり落ちる。
「コアちゃーん! へぇーるぷ!」
「……何やってんのアンタたち」
「いや、それが……」
ゴブリンが、と喉まで出かけたのを辛うじて飲み込む。ついさっきゴブリンたちの不興を買ったばかりだ。
「このダンジョン、真っ暗なんだよ」
そう、ゴブリンが転んだ理由。それはドアを開けて一歩踏み出した瞬間階段という、貧乏ダンジョン故の構造のせい、そして、昨日の迷宮化作業中はずっとコアちゃんと行動をしていた為に気がつかなかった——というより、気にも留めなかったダンジョンの照明何もない問題。
初期ダンジョンは狭くて外の明かりが入ってきていたし、何より常時ピカピカ光るコアちゃんと行動を共にしていた。
「コアちゃん、やっぱついて来て」
「しょうがないマスターね」
呆れた風にそう言ったコアちゃんは、いつもよりパールホワイトな光沢を纏っていた。確かにお化粧直しされている。
そんなトラブルもありながら、コアちゃんを最後尾からルーメンマシマシでダンジョンを進む。
転移を使わずわざわざ徒歩の理由は二つ。
ひとつは、第一階層に現在進行形で生存している侵入者がいるため。侵入者のすぐ近くには転移不可。これはダンジョンの仕様で、好きなタイミングで侵入者の真後ろに転移させてバックアタックなんて不正はできない。
正攻法で罠に嵌めろというよくわからないダンジョンマナーである。
二つ目は、俺とコアちゃんとグレイス以外は改築後のダンジョンの構造を知らないから。案内がてらに何処にリスポーンを設定して、防衛に当たらせるかを指示するため。
とはいえ、防衛といってもこの迷路以外に迎撃ルームはないので、正直どこでもいいといえばどこでもいい。あとで適当にトラップゾーンに割り振るとして、今はただ最低限の案内をしつつ目的地に進む。
そうして、辿り着いた現在の第三防衛ラインであるトラップゾーン——五メートル程床を低く窪ませて落とし穴とし、その底にはゴブリンが集めた無数の尖った石を敷き詰めている。落とし穴の長さ自体は二十メートルもないが、このゾーンは落とし穴に落ちずに進む為には飛び石のようにランダムに下から伸びた、辛うじて片足で立てる程度の石柱を跳んで渡っていくしかない。
と、思わせてその石柱は乗った瞬間重さで崩れる土製である。石ですらない。コボルドがたくさん集めた土を固めたものである。
正解の渡り方は、左右の壁に指の関節一つ分程突き出した突起に指を掛けて懸垂状態で渡ること。尚、突起も直線ではなく途切れていたり、上下に分かれていたりして、ぶら下りながらジャンプしなければいけない。
参考にしたのは某忍者風アスレチック競技である。
ゲームのダンジョンものには一人称視点から見下ろし視点、平面から横スクロールまで色々あるけれど、ここは現実の立体世界だからね。
利用できる空間を制限して移動中に武装させないことを重視した。
グレイスが仲間に加わる前に計画したものなので最弱モンスターで一方的に攻撃できる状況を作りたかった。
それがこの第三トラップゾーンで、第二も似たような作りになっている。
「そして、石柱が足場だと誤認するか、途中で力尽きるかミスをしたら五メートル以上落下して鋭い石に体を打ち付ける。怪我をせずとも、五メートルは単純な身体能力だけでは登れない」
ダンジョンのルールというのは複雑で、完全に通せんぼはできないが、落とし穴に落ちた後に復帰できるようにルート作りをする必要はない。
一度墜ちた者に生存権は必要ないらしい。
俺の目の前で、穴の底で潰れた足の痛みに呻きながら恐怖に慄きこちらを見上げる哀れな男のように。
こんな明かりのないダンジョンでよくもまあ、ここまで一人でやってきたものだ。
やはり、この世界の人間は地球の人間と同じと思ってはいけない。全員漏れなく化け物だと思うことにしよう。
「あ、ああ……! やめろ! 殺すな!!」
哀れな男の悲鳴がダンジョンの中に響き渡った。




